退職後の進路として起業を考えていた。
世界を相手にビジネスをしたいと漠然と考えていた。

世界が、日本が、どう変わっていくのか、どう変わっていくべきなのか、しっかり見極めながら、住み心地のいい空間づくりに貢献したい気持ちがあった。
それは、自分自身が社会に対して何か居心地の悪さを感じていたから。
単に、自分自身が異端なのかもしれないが、そうであるならばそれを確かめるためにも、日本以外の文化の中で暮らしてみたいと考えていた。

そんなとき、WBSの特集で豪州が取り上げられた。
テレビの取材だというところを差し引いても、僕の目にはとても魅力的に映った。
いろいろと調べてみると、かの国が移民を積極的に受け入れて成り立っている多民族国家であることが分かった。(恥ずかしながら、豪州についてあまりにも無知であった。)
もちろん、いろんな問題もあるだろうが、様々な文化が融合して魅力のある街・国家ができているような印象を受けた。

自分の目で観てみたい!
そんな環境で暮らしてみたい!

そう思った。

初めて、海外移住を現実的なものとして意識した瞬間だった。
吸収合併。


ある日突然発表された。


グループ内の大会社に吸収されることになった。
エンジニアには異動の道が用意されたものの、事実上、会社は解散だ。


異動か退職か。


週末のまとまった時間で1冊の本を読んだ。
ネクスト・ソサエティ

大きな組織の中で抗っても無駄に消耗するだけだ。
かといって変な諦めを覚えることもしたくない。

僕もそろそろ次の社会を引っ張っていく世代だ。
もっと、大きなことを考えよう、大きな世界に飛び出そう。

決心がついた。
退職前はメーカーのエンジニアだった。
数年がかりの次世代商品開発プロジェクトのメンバーとして、仕事には満足していた。

ただし、会社自体は相当やばいと感じていた。

100名ほどの小さな会社だが、大企業の完全子会社で、社員の半分は親会社からの出向者。いわゆる大企業病の末期で、組織も個人も有効に機能していない。一生懸命がんばっている人もいるのだが、何をやるにもプロジェクト管理が疎かで、気持ちだけで乗り切ろうとするので無駄も多いし抜けも多い。
目標設定が曖昧で、厳しく結果を求める空気がないので、プロ意識が低い人が多い。だから、年中残業しているのに、出荷日程を守れない、品質問題を起こす。ネガティブ・スパイラルに陥り、中堅クラスが何人も倒れた。数ヶ月の休養を余儀なくされた人も1人や2人じゃない。

組織を変えたい気持ちもあったが、自らの力不足もあって限界を感じていた。独立志向もあったし、目先のプロジェクトが一段落する頃が潮時かなと密かに心に決めていた。

が、「その日」は突然やってきた。
実は、すでに、ニュージーランド(以下、NZ)への移住計画が進行中。
具体的には、現地法人と契約をすませ、就労ビザの申請中なのだ。

しかしこのビザ申請がそう簡単には進まない。
現地法人の担当者は、サボっているわけではないのだろうけどいまいち要領を得ない。
NZ移民局側の処理が遅れている面もあるようだ。

オーストラリア・ニュージーランド関連の書籍やウェブサイトを読むと、良くも悪くものんびり・ゆったりした国民性について書かれていることが多い。

郷に入っては郷に従え。

まだ、かの地の文化に入り込んではいないのだが、いまからその心構えで、ゆったりとした気持ちで待つことにする。
2004年 正月。
年明け最初のWBS土曜版
「和食基地オーストラリア」と題した特集。

WBSは日課だ。
そして、その時点ではオーストラリアは特別な興味の対象ではなかった。
ましてや、海外移住なんて。

ただ、僕自身の置かれた状況が普通とは少し違っていた。


2004年3月末に退職することが決まっていた。
(ちなみに、定年退職ではない。僕は30代。)


次はこれだ!
ピンと来たのだ。