仕事が忙しいです。
もう一人人員を雇う、という話を、相手に反故にされてから、うやむやに。なんか、社員の知り合いが仕事探してるらしいので、その人がくるかもよー、ってことなのですが、

いつくるんじゃー

で、ございます。
わたくし、パートタイマー10:00~16:00のはずなんだけど、連日19:00すぎにおかえり。ハードスケジュールに身体が慣れていないからなのか、だるいですわー。
仕方ないので、

家ではほとんど寝てます。

隙を見て、休もう。と思っています。
いっしょに働いてる上司は、今日10:00に
「…(昨日から)家に帰ったの、今朝だったんだよねー(トホホ)」
「えっ」
「朝の六時」
「…ええっ。だいじょぶっすか?」
そんな感じで。私にはまだ手伝える技術は、少しなので、できることは代わりにドンドンやりますから!
だから、もうちょっとだけ頑張って、Mさん! (鬼?)
そして私は、頭と身体が壊れないうちに、こっそり休ませてもらいますから!(やっぱり鬼?)


にしても、私はうつがひどいときは、

一生、親にお金をもらって生きていくんだなー。
私はもうきっと、アルバイトすらできないよ…。
だって集中力ないもん。ぼーっとしてるし。
親が死んだらどうしよう


などと将来の心配をしていたのですが、

働けている自分に、びっくり。

でも、時期というのは大切だと思います。少しでも早かったりすると、仕事がつらくてよけいに自信を喪失したりします。

私自身も、二年前の夏ごろ、町の講座で「三味線講座」つーのがあったんですね。で、常々三味線をやってみたいと思っていた私は、「これはひとつの社会復帰」と思って申し込んだんですよ。

でも、だめでした…

講座のレッスン中、じっとしていられなくなっちゃうんです。

好きだと思って始めたのに、好きな事もできないんだ!!
ぎゃーす!とゆー感じでした。好きなこともやり遂げられないのに、仕事ができると思いますか? できないと思いましたね。
でも、今思えば、そういう段階じゃなかったんだなって。そゆことです。

とりあえず、今は無理しないようにしまっす。
「死ぬ方法」にトラックバックしていただいた先、キャシー瀬戸内さん「死」を思う。で、読んだものの感想が長くなったので、エントリにしました。トラックバック先を先に読んでいただけるとよいかと思います。


私は、自分自身はたぶんうつ病で死ぬ、ということはないと思っていました。今も思っています。私はうつ病では死にません。

おそらく多くの人が感じるであろう、死ぬ欲求、

「自分が嫌い、生きているのがつらい」→「死にたい」

ということがないからです。不安感と一緒で、「理由もなく死にたい」というのが多いからです。でも、理由のないものを実行する行動力は、相当のものがないとできないだろう、と思うのです。だから、きっとそこまで行動はしない気がするのです。


こういう言い方をすると誤解を招くかもしれませんが、キャシー瀬戸内さんのお母さまは、ご自身の為に自殺されたのだと想像します。キャシーさんをあとに残すことも、もちろん考えたのでしょうが、それよりもご自身が「死のう」ということを選んでしまったのだと。
ですから、キャシーさんもご自身を一番に考えて「死」と向き合ってよいのだという気がします。お母さまはもっと生きたかったのに亡くなった、だからその分自分も生きなくては、というのではなく、「自分は生きたいのだろうか。それとも死にたいのだろうか」ということなのではないかと思います。

とはいえ、肉親を自殺でなくした事のない私には想像のつかないつらさであると思うので不適切な表現もあるかもしれませんが、正直な気持ちを書きました。


また、私がうつ病で死ぬことがないだろう、と思うのは、「死んでしまいたいという欲求」があまり訪れないからです。ネットで見ていることが多いのでよけいにかもしれませんが、うつ病の人はよく「死にたい」と書き「自殺未遂」をします。リストカットをくりかえしたり、オーバードーズをしたりします。しない人は書かないから、私が思っているよりも「特にしたくならない人」という人もいるのかもしれないけど。

私にはそういう欲求がほとんど訪れません。
だから、「死にたい」と思ったときは、「確実に向こうへ!」とよけいに思うのかもしれません。あいまにある隙間には落ちたくないのです。
また、欲求が訪れないのは、病状の違いであって、私の死生観がどうとかはまったく関係がないと思ってます。強いとかそういうこともなく。「手首気になるな」ってことはたまにあるんですよ、でも切らなくてもすんじゃう程度なのです。だから、切らないといられない人の苦痛は大変なものと想像するしかないのです。

ま、まとまらないですが。
死ぬことはきっとないけど、死ぬときは本気でズバッといってしまうかもね、というお話でした。でも死なないほうが、いつ幸運がめぐってくるかわかんないから、よくなる確率にかけたいとゆーことは、常々思っております。人生悪いことばっかり続くもんじゃないでしょ。
私はあんまり「自責の念」ってやつが、すごくない方だと思うんだけど、うつ病の症状として、「死にたい」っつーのがやっぱりたまにある。

土曜日そんな感じになって、でも「私なんかいなくなればいい」とか「生きているのがつらい」とかいうんじゃなく、ただ

「死にたいという欲求」が一番上にある

っていう風になった。たいていいつもそんな感じだ。お腹が空いているけど、眠い方が強いから寝る。のと一緒。死にたいのが一番欲求強いから、死にたい。
病気の症状の一つなのかな? わかんないけど。
私は自分は自殺しない、とおもっていたけど、「ああ、こういうノリの時だったら、一気に向こう側にいくこともあるんだなー」とおもった。しかし、未遂ではいけない。「どうやったら確実にいけるのか」そういう方法をとらなくてはな、とおもった。

投身自殺は確率が不確定だと思った。やっぱり川かな? 確実に足を取られてしまいそうだし、発見もしてもらえそうだ。樹海はやめよう、死にたくなくなっても帰れないから。電車は家族にお金がかかるらしいので、それもやめよう。ハラキリは一番死ぬのに時間がかかって、しかも痛いらしい。だから介錯をするのだそうだ(関係ない)。
止めて欲しくないので、誰にも電話はしない。
ただ申し訳ないという遺書は家族宛に書こう。友人たちにも「ありがとう」と伝えてもらうように書こう。家族も友人も私の人生を楽しく豊かにしてくれたのに、私が死んだらはた迷惑だろうと思うが、死にたい欲求が一番上なので、「そういう事情でございます」とかこう。でも伝わらない気がする(笑)。やっぱり医者に説明してもらわないと、こういうのは納得しづらいかなぁ?

とかなんとか。そのうち電車で眠くなったので寝た。
「死にたい欲求」はいつの間にかランキングダウンしてしまった。

そういうわけなので、このブログが更新されなくなったら

あ、あいつは欲求を満たしたのだ。

とおもって、かるーくスルーしてもらえるとありがたい。「つらかったね」とか「お疲れさま」とかいってもらえるような死に際ではないからだ。
とりあえず今は「眠い欲求」がランキングトップなので、おやすみなさい。
うつ病になりやすい性格

といわれるものがある。
そういわれると、おもいあたる項目がいくつもある。

だから私はうつ病になったのか?
譲れないものは譲らない。それはいい加減で面倒くさがりの私が、自分の中で自分に嘘をつかないため、後悔をしないために、誇りに思っている性質だ。でもそれはうつ病にあてはめると、きっと「頑固」という項目にチェックが入るだろう。

筋が通らないものはイカン

というものある。
「誰かが私に嘘をついてもいいけれど、一度ついた嘘は最後までつきとおせ。嘘をつきとおす努力をするべき。それが筋を通すということだから」
という話をしたら、
「筋が通らないからといってばかりいて、自分が損をするなら、たまには見逃すことも賢い生き方だ」
といわれた。なるほど。もうちょっと大人になれるだろうか(いい感じに緩く)。

でも一番「うつ病になりやすい性格」っていって欲しくない理由は

うつ病になったばかりの人が、自分を責めたりしないだろうか

そういう心配があるからだったりする。
いきなりおちててビックリしました。
リセットされたのか…! はっ、もう十二月?(きょろきょろ) 師走?(気づくの遅いよ)

夢のような十一月でした(ブログ上)、ふふふふ。ランキング上がると人の目にはつくようになるということは、少なくとも分かりました。