ライブハウスからニューヨークのブルックリンのアパートに戻ってまずしたことは
Facebookで彼のバンドを探すことだった。
彼のバンドの名前はブルースコ。
ファイスブックにはブルースコのページがあって、
私は彼の姿を見つけることができた。
友達申請をするような勇気はなくて、
ただ彼の姿を見て満足して眠りについた。
少しドキドキしながら、
でももう会う機会はないだろうと思いながら。
私にはフランス人の夫が居る。
フランスに住んで15年目の私の
二番目の結婚だった。
夫とであってから7年。結婚して2年と3ヶ月だった。
とても幸せな結婚生活を送っていた。
アーティストでキューレターの私の活動を応援して
理解してくれていた。
今回の2ヶ月半のニューヨークへの滞在も
喜んでとは言わないけれど
笑顔で送り出してくれていた。
そんな夫を裏切ろうとは思わなかったし、
だから彼にときめいたのも、映画で見た俳優や
好きなミュージシャンへの憧れに近い感覚だったと思う。
そして日々は過ぎて行った。
私は英語の語学学校に通い始めていたし、
9月から始まる展覧会の準備もしていた。
そして友人と食事をしたり、同じ時期にニューヨークに滞在していた
フランス在住の映画監督の友人の
試写会などに出かけたりしていた。
Facebookで彼のバンドを探すことだった。
彼のバンドの名前はブルースコ。
ファイスブックにはブルースコのページがあって、
私は彼の姿を見つけることができた。
友達申請をするような勇気はなくて、
ただ彼の姿を見て満足して眠りについた。
少しドキドキしながら、
でももう会う機会はないだろうと思いながら。
私にはフランス人の夫が居る。
フランスに住んで15年目の私の
二番目の結婚だった。
夫とであってから7年。結婚して2年と3ヶ月だった。
とても幸せな結婚生活を送っていた。
アーティストでキューレターの私の活動を応援して
理解してくれていた。
今回の2ヶ月半のニューヨークへの滞在も
喜んでとは言わないけれど
笑顔で送り出してくれていた。
そんな夫を裏切ろうとは思わなかったし、
だから彼にときめいたのも、映画で見た俳優や
好きなミュージシャンへの憧れに近い感覚だったと思う。
そして日々は過ぎて行った。
私は英語の語学学校に通い始めていたし、
9月から始まる展覧会の準備もしていた。
そして友人と食事をしたり、同じ時期にニューヨークに滞在していた
フランス在住の映画監督の友人の
試写会などに出かけたりしていた。