「ハナ肇(はじめ)とクレージーキャッツ」のメンバーとして活躍し、「ガチョーン」などのギャグで人気があった俳優、谷啓(たに・けい、本名・渡部泰雄=わたべ・やすお)さんが11日午前5時7分、脳挫傷のため東京都内の病院で亡くなった。78歳。9月10日夕、東京都三鷹市内の自宅で転倒、病院に運ばれていた。葬儀は近親者で営み、お別れの会を後日開く。喪主は妻和子(かずこ)さん。
東京都生まれ。高校時代からトロンボーンを始めた。中央大在学中に「原信夫とシャープス&フラッツ」に参加。米国のコメディー映画が好きだったため、コメディアンのダニー・ケイをもじって芸名を谷啓に決めた。
その後、「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」を経て1956年、クレージーキャッツに移籍した。59年に始まった「おとなの漫画」以降、コメディアンとして「シャボン玉ホリデー」など多くのバラエティー番組に出演。「ガチョーン」「ビローン」「谷だぁ!」などの流行語を生み出し、茶の間の人気者になった。
俳優としても、映画「釣りバカ日誌」シリーズで主人公の上司役を演じたほか、多くのドラマで名脇役として活躍。舞台でもミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」などで、ひょうひょうとした持ち味を発揮した。
「シャボン玉ホリデー」のディレクターだった斎藤太朗さんは「音楽的にもお笑いにも天才。突然テンポが変わったり変な音が出るクレージーキャッツの音楽は、彼なくしては難しかったろう。素顔はシャイな人。小さな声で『こんな話あるんだけれど』と言ってくるのが、すごくおかしかった。あのキャラクターを二人と探すのは無理でしょう」と、突然の死を惜しんだ。
1953年、フランキー堺から「スパイク・ジョーンズのような音楽をやろう」と誘われ、フランキー堺とシティ・スリッカーズに参加し、音楽ギャグを盛んにやる。だが、フランキーが日活に引き抜かれ、フランキー不在のシティ・スリッカーズは「普通のジャズバンド」になってしまう。
そのため、同じバンドの植木等の紹介で、ハナ肇に会い、ハナのバンド「キューバン・キャッツ」に1956年
2月に移籍。のちにバンド名はクレージーキャッツと変わる。ジャズ喫茶に出演し、多彩なギャグで人気を博す。
大映映画「スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられねえ」(1962年)、松竹映画「クレージーの花嫁と七人の仲間」(1962年)、大映映画「サラリーマンどんと節気楽な家業と来たもんだ」(1962年)。
東宝のクレージー映画「ニッポン無責任時代」他は、1962年から1971年まで第30作品。
クレージーキャッツの映画は、喜劇に本格的な音楽で大人気だったようです。私はテレビ放映やレンタルで何本か見ました。「シャボン玉ホリデー」のコントを、そのまま映画にしたようなサラリーマンの悲哀をおかしくした話が、高度成長期に受けたのだと思います。
谷啓さんは、テレビアニメの「スヌーピーとチャーリーブラウン」のチャーリーブラウンの声優でした。
どーもくんでも、うさじいの声優さんでしたね。
「おらぁグズラだど」の主題歌も歌っていました。
クレージーキャッツのメンバーが一人、一人いなくなっていって、寂しいですね。
慎んでご冥福をお祈りいたします。
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