ここ数日、嫌だな、、、と感じる人との関わりが続いて、今日はそこから気づいたことについて書こうと思います。

 

そういう出来事があった当日は心がだいぶ乱れて、何が本質だろう?と探そうとしても全く辿り着けず、ゲームをしたり、ドラマを観たりと、現実逃避して過ごしていました。

 

でも、そうやっていたら冷静になれたのか、翌日ふと自分がどこに引っかかっているのかが分かりました。

 

私が嫌だなと感じたこと。

それは、相手が「自分の都合を一方的に押し付けてくる」ことに対してでした。

 

そしてそれは、現在も時折あるやり取りの中で元夫に度々感じることでもあると気づき、

 

更にはそれが私が中学生の頃に父の仕事上のことが原因で、半ば逃げるように転居しなければならなかったことに繋がりました。

 

それに気づいた途端、じぶんでも驚くぐらいの慟哭に襲われて、まさに「あ゛ーーーーっ!!!!!」と心が叫びながら泣いているような状態になりました。

 

私は当時、自分が感じたこと、思ったことを「言ってはいけない」と我慢し一切押し殺したことに気づきました。

 

「自分のお父さんをそんな風に思っちゃいけない。」

「なんでもないなんでもない。」

「こんなのたいしたことない。」

「私がしっかりしなければ。」

 

本当は、悲しいよ、苦しいよ、辛いよ、不安だよ、どうして?と私の心は思っていたんだ。

でも、そんなこと一切口には出せなかった。

 

憔悴した母を見て、自分が母を支えなきゃと思ったから。

私が明るく気丈に振るまえば、母は少しでも安心できるかなと思ったから。

 

本当は父も母もそんな状態で、妹もまだ小さいし、これからどうなるのか不安で不安でしかたがなかったのにね・・・

 

心に、無かったことにさせちゃってゴメンね・・・と謝りました。

辛かったんだよね、頑張ってくれたんだね、心からありがとう、と。

 

今回、このことに気づくまでのきっかけが2つありました。

 

1つは、子供の三者面談で進路についての話が出たこと。

ここで、じぶんは家の都合でそうできなかったけど、子供には行きたいと思う学校に行かせてあげたい、もしそうできたらどんな風になるんだろうな、と思ったことから。

 

もう1つは、今とっているフラワーエッセンスのトリートメントボトルについて、その意味から思ったことを考えていた際、「言ってはいけない」と我慢すること、というワードが出てきて、そこから導かれたこと。

 

気づきというのはただ一方からではなくて、複合的なことから導かれることもあるのだなと、今回のことで知りましたし、そうすると全てが意味のあることなんだなぁと。

 

多方面から物ごとを見れるようになると、幅や奥行きが広がって、そんな自分っていいなぁと思います。

そして、おもしろいな!とも。

その後も引き続き日々大小様々な変化と気づきが波のようによせてはよせての状態ですが、今日は、ここ数日驚いた事があったのでそれを書こうと思います。

 

仕事柄、様々な女性のお話を聞く機会が多いのですが、皆さんこれから何かしらのお仕事に就こうという方達で、自然とご自身の生き方の方向性についてのお話に及ぶ方が多いんですね。

 

これから自分が就職してどう進みたいのか?

そこをじっくりと考えてもらうと、おのずとそれは自分がどう生きたいのかに繋がってくるので。

 

そんな中多いのが、「こうしたい。でも・・・」とご自身の希望に何らかのストップをかけてしまう方。

 

「○○しておかないと~~でなくなってしまうから・・・」

「○○のためには~~しておかなきゃいけないから・・・」

 

本当の本心は別なのに、こうしておかないと、ああしておかないとと、頭で考えたことを選ぼうとする方がけっこういます。

 

そうすると、それは本心とは別なので、ぐるぐるぐるぐると考え悩み続けループに入ってしまう方が多いのです。

 

ここ数日そんなお話を聞くと、私は「じゃあ今一番したいことは何ですか?」と、何か考える前にとっさに口から出てしまうことが続きました。

 

すると私の言葉の勢いに押され、不思議なことに皆さん「○○したい!」とすぐに本音の言葉が出てくるんです。

なので私は、「じゃあそうしましょう!」と根拠なく言い切る、ということが続きました。

 

皆さんあっけにとられたように「はい・・・」と言ってまだ半信半疑でその方向に進むのですが、その後すぐに不思議な出来事が起こり始めたんです。

 

自分で「こうする」と決めたとたん、ずーっと待っていた連絡がその場で来て、その後の行動がとんとん拍子にスムーズにいった方。

 

条件は合わなかったけど、「やりたい!」と思って「やります」とお返事したら、その後自分の希望に沿った条件を向こうから提示してきたという方。

 

ご本人が驚いてる横で私も驚きですよ。

しかも、その流れがほんと一瞬~数時間の内にすぐ来たから。

 

共通していることはどれも「自分が本当にやりたいことを選択した」だけでした。

いずれもその時点では皆さん全く先が見えない状態でした。

そして、すぐにその道筋に光が差す出来事が起こるんです。

 

やっぱり今、自分のやりたいことをやっていく時代に移り変わっているんだな、だからそういう選択をする方への追い風と変化が速いんだなと、私はつくづく感じさせられました。

 

近頃色々なところで目にしますが、今、時代は「地」から「風」へ、220年ぶりの転換期なのだそうで、今回のことはそのことをまざまざと実感させられたことであると共に、私自身もそうありたいと思えた出来事でした。

 

私は一番どうしたい?

じぶん自身に問いかけ、それに素直に答えなくては!!

連続投稿は、ここ数日眠くて寝落ちしてしまい書きたいことがあるのに書けないから~

書ける時にバシバシ書いちゃいます。

 

最近の気になることの1つに「分かっているふりをする」ということがありました。

 

周りにそういう人が何人か現れ、そこが引っかかるのです。

それで、何が引っかかるのか?とみていくと、どうやら「分かったふり」をしているところに引っかかっているのでした。

 

これはきっと自分の中にあるからだと思い、早々そのきっかけとなった子供時代のことを思い起こしてみると、ある出来事を思いだしました。

 

私は幼稚園の時にエレクトーンのグループレッスンに参加していました。

ただ、家には電子ピアノしか無く、なのにエレクトーンのグループレッスン・・・

理由は未だわかりません。

 

当然、レッスンの時に操作(特に足。だって電子ピアノには無いから)が分からず、かといって分からないとも素直に言い出せず、毎回なんとかごまかしながらレッスンに参加していました。

もちろん周りの子や先生に悟られないように。

レッスンは母も見ているので、ちゃんと練習してるんだなと思われるようにも。

 

なので、内心いつもばれるんじゃないかと不安で、レッスンの日が憂鬱でしかたなく、いつも一刻も早く終われーと思っていました。

 

私、本当は分かっているふりをしなきゃいけないことがすごく辛かったんです。

辛い・・・辛かったね、よく頑張ったね!

そう思ったら泣けてきました・・・

 

もう1つ思い出したのですが、レッスンには同じ幼稚園に通うとてもモテる男の子がいて、母同士が仲良くなりその子の家に遊びにいくことになりました。

 

そんなことが知れたら、その子を好きな普段から意地悪な女の子達にさらに嫌な目にあわされる・・・と、私は誰にも言えませんでした。笑

 

ただ、その男の子はほんとうにいい子で、そんなことはどこ吹く風。同じレッスンのよしみかとても私に親しみをこめて接してくれて、こんな私に・・・

私は分かったふりしてレッスンに参加していることが後ろめたくて、その時も自分が場違いだという気持ちが拭えずに過ごしたことを覚えています。

 

それからその男の子は幼稚園でも変わらず周りも気にせず私に接してくれるようになり、内心その子の好意がとても嬉しかったのに、自分にはそんな風に仲良くしてもらえる価値はないと思い、自分から遠ざけてしまいました。

 

そして、とうとう念願かなってレッスンを辞めれる日、それはグループ発表会の日で(操作がほとんど分からないにもかかわらず発表会だなんて!)、無事に終わってとにかくホッとしたことを覚えています。

 

その後、母づてに男の子が私がレッスンを辞めてとても残念がっているということを聞きました。

 

今思えば、自分に自信がなさすぎて周りが全く見えていなかった。

自分が思うより周りの自分への評価はまんざらでもなかったのにと今なら気づける。

 

・・・あれ?これって私の初恋なんじゃないの?

自分の初恋の認識とずれがありました。今気が付きました。笑

 

「分かっているふりをする」自分に気づけたら、こんなちょっと素敵な思い出と、実は当時のじぶんがまんざらでもなかったことを知れて、ちょっと嬉しいかも *^^*