久しぶりのブログになりました。

 

この間、ちょうど前回のブログを書いた24日、「行動」への決断をしました。

 

例えば、参加したいと思わない集まりには行かないとか、これまでお付き合いや惰性で「まいいか」とやってきたことを、本当にじぶんがどうしたいのかで決めるというような。

 

あと、とにかくとりあえずやってみようと。

そこでどう感じるのかから始めればいいやと。

 

色々考えなくなって、決断が早くなったら、そうしたら仕事でもプライベートでもポンポンポンと物事が進んでいきます。

 

でも、色々拾いすぎもして飽和状態になって、仕事で上司にコレというもの以外は流しなさい、と教わったりもしてます。

(上司は仕事を通した別角度からの第二の気づきのメンターです。私にはプライベートと仕事での2人のメンターが存在します。幸せ。)

 

気が付くと、プライベートと仕事での変化のきっかけや内容が重なってきているなと思います。

少し前になってしまいましたが、今日は冬至の日にあった心地よいすごし方について書こうと思います。

 

冬至は1年でいちばん昼が短く、夜が長い日。

夜が長い→暗い時間が多いので、じぶんの内側を見つめる時間を持つとよいと聞き、そんな時間を作ってみようと思いました。

 

私は内観はお風呂に入っている時がよく進むのですが、ふと、この冬至の暗さを活かしたいな。でも、暗い中にもほのかな明かりが欲しいな・・・と思い、家にあるありったけのキャンドルを集め、ゆず湯のお風呂に灯して入ってみました。

 

キャンドルの炎のゆらぎ。

ほのかな明かりにゆったり浮かび上がる湯気。

ゆずの香り。

陰影。

 

いつの間にか何かに引き込まれるように時間が過ぎていました。

あまりにも深いリラックスで、瞑想状態になったようです。

 

後から調べてみたら、キャンドルの炎のゆらぎは人をリラックスさせ、また炎そのものは、浄化や生命力や波動を高める力があるそうです。

 

それと、キャンドルが燃えるとマイナスイオンが発生し、それは滝の何倍も多いそうですよ。

 

そして、私はこのお風呂と共に歩んできたなと思っていました。

先が見えずとても辛く悲しい時も、またその反対の時でも、いつでもこのお風呂でたくさん考えたし、思ったし、このお風呂はずっと寄り添ってくれたんだと。

 

そうしたら、ふとある出来事を思い出しました。

それは、出産を控え、でもこれから夫婦としてやっていくことがほとんど絶望的で、この先一人でどうすればいいのか不安でたまらない状態で迎えた誕生日の日、両親が小さいホールの誕生日ケーキを用意して祝ってくれたことでした。

 

ケーキにはプレートが乗っていて、「みえ たんじょうびおめでとう」と書かれていました。

 

その時、あぁ、この人たちは確かに私の両親なんだ。私はきっとこの人たちを選んで生まれてきたんだなと思ったんです。

 

そんな深い愛情を思い出し、両親はずっと私に寄り添ってくれた、そのことに気づきました。

 

じぶんで感じるままの心地よいすごし方、おススメです。

前回、衝撃的な思いに気づいた中に、実は他にも気になる部分がありました。

 

今回はそこに繋がるお話です。

 

前回が、嫌だな、、、と思う人が現れて、というところから始まり、実はその後もまだ何か気になる、スッキリしない、と感じていました。

 

それはなんだろう?どういった思いが私にあるのかな?と考えていたら、また「言えない自分」に気づいたんです。

 

相手は自分のことは棚に上げ、相手の立場や周りの事も考えず、言いたいことを言ってくる。

 

じゃあ私は?

 

言いたいことはそのまま言うことができません。じぶんの立場でそれを言ってしまったら少々やっかいなことになりかねない。

 

なので、やり取りでは毎回そういう「我慢」が発生していました。

 

今こうして文章にしてみてはっきりと分かったんですが、相手は私が我慢しなきゃいけないことをきっぱりとやってのけてる!笑

 

相手の行動を通して、じぶんが本当はどうしたかったのかが見えた瞬間でした。

 

そして、この土台となるものがどこから来るのか・・・

 

それはなかなか自分では辿り着けなかったので、シータヒーリングの力を借りました。(多くの手法にあるように、シータでも自分の思いを掘り下げて土台をみつけて解消しますが、私はその土台のヒントもシータでもらいます。)

 

そこから見えてきたのは、5,6歳の頃の私でした。

 

私は、お金を持たされて、おもちゃ屋に行ってほしいおもちゃを買っておいでと言われ、一人で買い物に出されました。

お店では、これが欲しいけど、持っているお金で私にこれが買えるのかな・・・と不安な気持ちになり、結局買えずに帰ってきました。

 

もう1つ、やはりお金を持たされて、アイスを買っておいでと、近所に来たアイスの移動販売ワゴンに一人で買い物に行かされました。

アイスはコーンにぱかっと半円形のアイスをのせた簡単なもので、帰り道に上のアイスがぽとっと落ちてしまい、どうしたらいいのかもわからず、悲しさと母に怒られるかもという不安とで急いでコーンだけを持って帰りました。

 

今まで特に疑問も持ちませんでしたが、このヒントが現れた時、

ふと、現在親になった目線で、果たしてわが子がその年齢だった時にお金を持たせて一人で買い物に行かせたか?と考えた時、愕然としました。

 

そんなことさせてない。っていうか、まだできなかったじゃない!?

 

当時の私は母に言えなかったんですね、「お母さん一緒に来て」と。

 

いや、たぶん一度は言ったはず。でも、母は一緒に来てくれることはなく、私は不安と心配と怖さと、どうにもならないような気持ちを抱えて出かけるしかなかったんです。

 

実際にそういう気持ちのまま無理やり送り出されたことを今思い出しました。

 

「いやだ、こわいし行きたくない。」というと怒られるから、言えなかったんですね。

 

思えば、当時の私の記憶では、私はいつも一人で外でブラブラ遊んでいたり、朝ご飯を食べている時も一人でぽつんと座って食べていたり。

 

一緒に暮らしてるのに、何故かあまり母との交流の記憶が無い・・

あっても、「早くしなさい」と怒られるような場面・・・

 

母が一緒に来てくれなかったり、あまり交流できない理由、それはおそらく母が3歳下の小さい妹にかかりきりだったから。

 

私はもっと母に甘えたかった。

だけど、妹がいるから我慢して、言いたいこともあきらめて口に出さなかったんだな・・・

そう気づいたら、涙がぽろっとこぼれました。

 

ここまできて、私が妹に対して抱いていた思いがあることにも気づきましたが、それはまた次のお話として書きます。


こうして子供の頃の自分の感情に気づいた時に、ふと中学2年生になった今でも私にゴロゴロと近寄ってきては甘えまくってくる息子のことを理解できました。

 

あぁ、そういう姿を通して私に伝えていたのか!とね。