前回、衝撃的な思いに気づいた中に、実は他にも気になる部分がありました。
今回はそこに繋がるお話です。
前回が、嫌だな、、、と思う人が現れて、というところから始まり、実はその後もまだ何か気になる、スッキリしない、と感じていました。
それはなんだろう?どういった思いが私にあるのかな?と考えていたら、また「言えない自分」に気づいたんです。
相手は自分のことは棚に上げ、相手の立場や周りの事も考えず、言いたいことを言ってくる。
じゃあ私は?
言いたいことはそのまま言うことができません。じぶんの立場でそれを言ってしまったら少々やっかいなことになりかねない。
なので、やり取りでは毎回そういう「我慢」が発生していました。
今こうして文章にしてみてはっきりと分かったんですが、相手は私が我慢しなきゃいけないことをきっぱりとやってのけてる!笑
相手の行動を通して、じぶんが本当はどうしたかったのかが見えた瞬間でした。
そして、この土台となるものがどこから来るのか・・・
それはなかなか自分では辿り着けなかったので、シータヒーリングの力を借りました。(多くの手法にあるように、シータでも自分の思いを掘り下げて土台をみつけて解消しますが、私はその土台のヒントもシータでもらいます。)
そこから見えてきたのは、5,6歳の頃の私でした。
私は、お金を持たされて、おもちゃ屋に行ってほしいおもちゃを買っておいでと言われ、一人で買い物に出されました。
お店では、これが欲しいけど、持っているお金で私にこれが買えるのかな・・・と不安な気持ちになり、結局買えずに帰ってきました。
もう1つ、やはりお金を持たされて、アイスを買っておいでと、近所に来たアイスの移動販売ワゴンに一人で買い物に行かされました。
アイスはコーンにぱかっと半円形のアイスをのせた簡単なもので、帰り道に上のアイスがぽとっと落ちてしまい、どうしたらいいのかもわからず、悲しさと母に怒られるかもという不安とで急いでコーンだけを持って帰りました。
今まで特に疑問も持ちませんでしたが、このヒントが現れた時、
ふと、現在親になった目線で、果たしてわが子がその年齢だった時にお金を持たせて一人で買い物に行かせたか?と考えた時、愕然としました。
そんなことさせてない。っていうか、まだできなかったじゃない!?
当時の私は母に言えなかったんですね、「お母さん一緒に来て」と。
いや、たぶん一度は言ったはず。でも、母は一緒に来てくれることはなく、私は不安と心配と怖さと、どうにもならないような気持ちを抱えて出かけるしかなかったんです。
実際にそういう気持ちのまま無理やり送り出されたことを今思い出しました。
「いやだ、こわいし行きたくない。」というと怒られるから、言えなかったんですね。
思えば、当時の私の記憶では、私はいつも一人で外でブラブラ遊んでいたり、朝ご飯を食べている時も一人でぽつんと座って食べていたり。
一緒に暮らしてるのに、何故かあまり母との交流の記憶が無い・・
あっても、「早くしなさい」と怒られるような場面・・・
母が一緒に来てくれなかったり、あまり交流できない理由、それはおそらく母が3歳下の小さい妹にかかりきりだったから。
私はもっと母に甘えたかった。
だけど、妹がいるから我慢して、言いたいこともあきらめて口に出さなかったんだな・・・
そう気づいたら、涙がぽろっとこぼれました。
ここまできて、私が妹に対して抱いていた思いがあることにも気づきましたが、それはまた次のお話として書きます。
こうして子供の頃の自分の感情に気づいた時に、ふと中学2年生になった今でも私にゴロゴロと近寄ってきては甘えまくってくる息子のことを理解できました。
あぁ、そういう姿を通して私に伝えていたのか!とね。