“自由”の定義 | ☆軽やかに情熱的に☆色彩心理画家MIEのBlog 「人生はアート!」

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常識に縛られていないで
“自由”な選択をすることは
とても ステキなことだと思います。
 
ただ 非常識なことが“自由”ではないビックリマーク
 
やはり 道徳や美徳
モラルってものもあるから↑
 
もともと わたしは 常識的な考え方や
権威的な捉え方は 得意ではありません。
 
良い学校へ行って
一流の企業へ就職して
そんな道に魅力を感じません。
 
でも それは それで
そこが大事な人もいて
決して悪いことではないと思います。
 
ただ 自分は選択しない
というか…
できないのだと思っています。
 
絵ばかり描いているような人間でしたから
進学は 美大以外は 視野になかったですが
実際 お勉強が好きではなかったので
所謂 名門の大学なんて
到底 行けなかったでしょうバカ殿
 
一流の企業でも 自由の利くところには
もちろん魅力を感じますが
学歴重視で 上昇志向の強い企業は
当然 興味はないですが
結局のところ やはり
自分の実力では 行けないと思います。
 
ルーチンワークが苦手ですからあせる
企業へ行っても 使いものにならないことは
自分が一番よくわかります。
 
でもLOVE... 今のしごとでは
自分らしく 創意工夫を楽しんで
充実した毎日を送っています。
 
企業や社会に反発したからではなく
シンプルに心の“自由”に従ったから
今 ここ にいるのだと思っています。
 
興味のないことと
できないことは 似ています。
 
潔く 自分にできないことは
できないビックリマーク
 
sao☆ フキダシ-×
 
心が縛られない
“自由”な選択を繰り返していくことで
見えてくるものがあると思います。
 
単に 社会に反することが
“自由”ではなく
常識を否定することが
“自由”ではないと思うのです。
 
常識的な中にも
誠実さや美しさがあります。
守り続けていった方がいいものも
たくさんあるのではないでしょうか。
 
だからこそ 反発や否定をしても
自分にとっての“真実”や“自由”は
見えてこないと思います。
 
そこをはき違えてしまうと
非常識なことが“自由”と錯覚してしまいますあせる
 
今や 起業家と称する人が
非常に 増えていますが
“自由”の定義が 様々すぎて
むかしからの秩序が
変化しているのだなぁ…
と思う 今日ころ頃でした。