★歴史を創り変える御用学者
御用学者
御用学者、、、辞書によると
学問的節操を守らず、権力に烏合、追随する学者(広辞苑)
研究者と企業、研究者と国家
つまり学者と企業や国家が結託して、利益を貪っている者を
御用学者といいます。
自分たちの利益のためにだけ、企業や国家と結託しているのだから
企業や国家の都合のいいことだけしか、国民には知らせません。
都合の悪いことは、徹底的に隠します。
日本にはこの手の学者がたくさんいます。
もちろん令和の今だけでなく、いつの時代にもいました。
●山脇直司 東京大学教授 哲学者
安保理決議のないまま、ブッシュ政権主導で2003年3月
イラク戦争が始められたことへの日本政府の対応について
アカデミシャンとしての私が、今一番懸念していることは
アメリカを無邪気に支持し、フランスなどを非協力的といって
批判する小泉首相や川口外相の、お粗末極まりない答弁の
背後にいる外務省お抱えの、御用学者の存在です。
外務省お抱えの御用学者の知的退廃を、暴く必要を今痛感しています。
●松永泰行 日本大学助教授
私の知る限り政府は、研究者の実力よりも政治家や官僚の都合で、
彼らの望むことを言ってくれる学者を起用している。
こういう御用学者という存在が、権力側にいつもいます。
権力側も自分たちに都合のいいことだけを言ってくれるので
御用学者を大変重宝し活用します。
学者も数々いるが、こういう御用学者しか権力側は使わない。
この御用学者を最大限に使ったのが、孝明天皇殺害の時の
御用学者、吉田常吉(百科事典執筆者)の言葉です。
この吉田は歴史学のプロです。
「天皇毒殺事件をデマ(それが急進派の政治的陰謀にせよ
単なる噂にせよ)と片づける以上、天皇が御疱瘡で亡くなられた
ことを典薬寮の医師の公式な発表以外に、何か特別な方面から
これを裏付ける史料が欲しい。
そこで筆者は、疱瘡が伝染病であるところから、天皇がこれに
御感染なされた伝染経路をたどってみることにした。
もとより医学知識に乏しい筆者のことだから、それが果たして
伝染可能な状態にあったかどうか、断定することはできないが
ともかくもニ、三の史料を得た。
その一つは、鳥取池田所蔵の「慶応丁卯筆記」に
慶応二年十二月二十四日、関白殿下御子様方とも御疱瘡にて
御逝去に候えども主上御大事につき、御発相成らず、御出勤
あらせられ候事、、、と見えている。
関白とは二条斉敬である。
そこで二条家譜を見ると、果たして彼の子息二人が死んでいる。
すなわち一人は、十二月五日に十三歳で、一人は十二月二十二日に
三歳でそれぞれ死んでおり、斉敬は別勅によって十二月七日と
二十三日に除服出仕していることがわかった。
このように見てくると、当時天皇の御周囲で、疱瘡を患っていた者が
全然なかったとは言い切れない。
藤谷某といい清水谷の女といいともに天皇の側近で奉仕する人たちである。
従って九重の奥深くおわします天皇は、疱瘡のごとき伝染病には
絶対に隔離され安全であられるとは、誰が保証できよう。
何事にも保守的な朝廷では、かかる予防対策には全然無関心でおられた。
それゆえ一度周囲の者が、疱瘡に侵されれば九重の奥でも浮世と同断だ。
以上で天皇もまた疱瘡に御感染し得る御環境にあられることを
実証したわけだが、こう見てくると従来の定説すなわち
天皇が御疱瘡にかかられ、これがもとで亡くなったという事実は
余程確固たる反対史料がない限り、これを覆すわけにはいかない。
二つ目、三つ目の史料には藤谷某と清水谷の女の例が出てくるのですが
ここでは割愛しました。
要するに藤谷某も清水谷の女も、天皇の側近として仕えており
その者たちも疱瘡に罹ったことを説明しているわけです。
これが御用学者、吉田の歴史学の論文です。
さっと読んでみると、それなりにうなづけるように見えるから不思議です。
天皇暗殺論を急進派の政治的陰謀というのは、こういういい方は
文部省をはじめとする体制派が、正しい史論を弾圧するときに
使う常套手段です。
また、余程確固たる史料がない限りこれを覆すわけにはいかないと言っている。
これは国民を欺き、権力におもねる御用学者の言うことです。
警察調書を否定するためには、余程確固たる史料がない限り覆すことが
できないならば、これはもうほとんど誤判の原因ではないか。
警察調書といえども、不合理なものは排除するのが、法曹界のコンセンス
国家が権力によって、歴史を抹殺しようとした時代に、吉田のような
説を主張したら、岩倉や伊藤といった暗殺者は大喜びであろうが
真実は永久に闇の中であろう。(松重楊江)
吉田は天皇の疱瘡が、いったん治癒したと言えるまでに回復した事実を
まったく無視しています。
ほとんど全快した病状が、突然悪化したことを合理的に説明できないため
ことさら疱瘡、疱瘡と伏して死因をごまかしているのです。
吉田がなぜこんな珍説を主張したかというと、天皇暗殺説を世に
広められては困る人種がいるからです。
それはもちろん、時の権力者たちです。
この連中は、権力体制を維持するため吉田をアカデミズムの
学奴として利用したのです。
歴史のプロの吉田がいうことなら、国民も納得する。
それが真実であろうと考える、、、、、ということ。
御用学者がいれば、歴史はいくらでも作りかえられる、、、、