アイデンティティの狭間でその③MIDORIの事 | ベトナムから大阪に逆進出:ベトナムのタマヌオイル、ハーブティー、精油

ベトナムから大阪に逆進出:ベトナムのタマヌオイル、ハーブティー、精油

ベトナム、ホーチミンでタマヌ天然ハーブ、生薬を使用した化粧品作り&販売をしている人のブログ。オーガニック、天然、自然派の石鹸、化粧水、乳液、クリームなど。

現在は日本日本帰国をしてベトナムのプロダクトを日本で展開中です

こんにちは。


病気の方は下がっていた好酸球が上がったりなど…多分、前の移された風邪の反動もあるかもです。


ホントに厄介ですが対処法がわかった今は前とはかなり気持ちの面でも違いますね。


少し、調子良くなって家族が行きたい所に連れてちょっと遠出したら回復に2日掛かったり。


前みたいに1週間、何も動けない状態よりはマシですし対処しながらこまめにチェックしていくしか無いですね。


子供の件に関しても4年生になってからは先生の相性やクラスの相性が良かったのか去年からしたら相当、落ち着いています。


それだけでも色んな事をかなぐり捨ててサポートに徹した事が結果として出始めていて安心しました。


まあ、落ち着けば私の出番は少なくなっていくでしょうし結局は困った時にどうするかみたいな部分が一番大事なのでね…。



さて…1.2では日本に来てからの移り変わり等を書き記しました。


実際にMIDORIの方はと言うと…。


私として、経済的な動向なども交えて客観的に書いていきます。

正直、現状はポジティブな見解ではないので気は進みませんでしたが気休めを書いても仕方ないですからね。




まずはこの1年半くらい眺めてみましたが日本にベトナムの物や文化自体が全く浸透していない。


フォーやバインミーみたいなのは少し流行ってるみたいですが多分、認知度としてはその程度でしょう。


ベトナムの自然プロダクトのポテンシャルの高さはホントに凄いのですがそこに関しては余りにニッチなジャンルなのもあり…。


そこからプロダクトそのものに関してはまだ認知に至るまではかなり長い時間を要すると考えられます。


それか産地では無くて例えば、タマヌオイルなどプロダクトそのものにブランディングする手法もありますが出発点がベトナム産って感じでしたのでこれ自体も先の拡がりが無い。


仮にどれだけWebマーケティング等を駆使しても即効性があるものではなく例え、お金を掛けて比例や指数関数的に知名度の問題は解決できるようなものではない。



そして、間違いなく円安傾向が続くであろう昨今において輸送費、通関なども含めたら間違いなく価格転嫁として試算してるんですが…。


正直、145くらいまでは予想はしてましたがこれ程になるとは想定外で…。


145を上限として採算ラインを計算していたのでこれは本当に…頭を抱えました。


これが日本で果たして需要が生まれる価格になるのかな?と言うことが1つあります。


マーケティングや客単価、客層、ペルソナなども考えた場合にこのモノが溢れている日本でどれ程の需要が生まれるのか…。


そこの想定が予想通りならなんとか…って部分が完全に外れたのは遅れてる要因の1つではあります。


品質に関してはベトナム中から良品中の良品を探してきたのでまあ、分かる人には分かるんでしょうけど…。


ちなみに日本人にありがちな良いものなら宣伝とかしないでも売れる的な実質剛健みたいな幻想は私にはありません。


ベトナムではそれはある程度は成立しましたがそもそも国が違いますからね。


あちらのやり方をそのまま持ってきて行けるなどとは毛頭考えておりません。


これはストーリーライティングなどを駆使して考えたらそこら辺はまだやりようはありますが、


その労力に見合うだけの対価が得られるのか?と言う話です。


まあ、対価は売り上げとかもありますがそれ以前の話がありまして…書きたいことは2つで


①税制や規格の問題

②そもそもの展開に対しての社会貢献の有無


について書きます。


①については、以前に話した税制やビザの関係上でもこの国の税体制は本当に罰ゲームと言いますか…。


私としてはコンテンツを突き詰めたいのに謎解きゲームのような穴埋めゲームのような…しかも、無意味に穴を掘って埋めさせられるみたいな感覚があってそれを上手くやる事が賢いみたいなのってどうなんだろう…って思ったり。


勿論、知ってるに越した事は無いですし調べてやる事はやってますし今の時点でもそこのスキームに関しては脱税にならない範囲の法に則ったギリギリラインには相当、詳しい位には既に知識もあります。


ただ、こういう事を延々とやっていたら生産性みたいな所にはどれだけ効率を良くしても限界あるよなぁ…と。


効率云々以前の問題と言うか…知れば知るほど、豊かな暮らしみたいな認識ではなくて


答えを知ってる人勝ちの謎解きゲーム


みたいな認識になっていくのは何なんでしょうね…?


もっと言うと


美大生が変にこねくり回して変な理由付けをして必死に意味を見出そうとしてる珍妙で奇怪で難解な現代芸術?


例えば、食べ物を作る→買う。突き詰めたらこれだけで本来は成り立つものが税やら規格やらこねくり回されて本来、売り買いに必要ない珍妙な制度がくっついてソレそのものを作ってる側がその道の専門家ではないか現場を見てない人達の机上の空論みたいになってますよね。


こういう部分がこの無限穴掘り穴埋め感を感じさせる1番の要素でしょうね…。


ここらへんはしばらく外に出ていたから余計に感じるのかもですね。




②に関しては、ベトナムでは現地人の人間としての生きる力や逞しさの部分に感銘を受けてその中から生み出されるプロダクトをMIDORIを通じてそれをより感じていただけにそこに関しての気持ちの折り合いをつけるのは今でも中々、難しいです。


まあ、それは日本はそういう国だから仕方ないにしてももう一つ、根本的な問題がありまして。


これに関しては病に苦しんだのもありますがそれ以上に根源の話で。


私がMIDORIを日本でやるに至ってのそれ単体としての


社会貢献的な事があまり見いだせていないと言うのも大きいです。


あちらでは原産者に還元してその循環から始まり最終的には自然のプロダクトを通じて身寄りの無い子ども達等の学びの場みたいなモノを作ると言う相方にも言ってなかった最終的な目標みたいなのがあったんです。


ベトナム人の生きる力や逞しさなどを通じて最終的にそこに社会貢献としての意義を見出せていたからこそだから、頑張れた。


個人の夢としてコンテンツを形にして流通させてと言う夢は叶いましたが原産者への還元やその先と言う意味ではベトナムではそこまで持っていけなかった事だけは心残りですがね…それ自体は前回に書いた家族との在り方なども含めて、後悔はしてません。


日本でやるに至って、あちらでも表向きに抱えていた


「ベトナムの良いものを知ってもらいたい」


みたいなそれしか無くなってしまってる現状、それだけだと日本をステージにしたビジネスとして考えた時に現状では客観的に見て多分、弱いんですよね。


仮に勢いだけで形を出しても現状のMIDORI単体では長続きしないで持続可能なコンテンツとは言えなかったでしょう。


これは日本仕様にデザインをいじるやマーケティングを考えるや薄利多売でも数をこなすみたいな小手先のモノでどうにかなるわけではなくて…結局はそこまでして拡めたいみたいな強い思いや情熱が無いと無理です。


現地に住んでる時はその思いをダイレクトに反映する場がありましたが今は自己実現みたいな思いよりも他に思考が行ってるのもあり。


特に私は商社みたいな大量ロットではなくてニッチな物に絞り込んでますからね。


ニッチなモノと言うものはある意味では優位性はありますがそれに付随する認知度の付け方やコスト面や価格勝負には圧倒的に不利なので。


そこに持っていかない為の戦略として色々とシュミレーションをしてますがそれが今の所は様々な前途の要因が重なり難儀してると言う状態です。


後は今でこそ手に入りやすくなりましたが今までは瓶やその他の小物が手に入りにくいってのもありました。


ロット1000からとかならまだしもそれ以上を絞り込んでやろうとすると非常にやりにくい…。


注文しようにもやたらとフォームが細かい仕様になっていたり思いつけばFBメッセージなどで注文したらGrabでその日のうちに届いて気軽に入ったベトナムとはその辺りの勝手が違って戸惑いました。



そして、仮にそれを体現するなら地元みたいなド田舎でベトナムに通じるプロダクトを作りながらとか日本の自然のものと融合させる形を最初は考えていました。


しかし、子どもの教育や閉鎖性なども考えると田舎に留まるとそれは本質的にベトナムの時の状況と変わらなくなってしまう。


それでは国を移して生活環境自体を根本的に変えた意味がない。





色々と書きましたが今のままでは勝算としてはどれだけ自分寄りのフィルターを掛けて見ても50%位がそれより少し、低いか…って言うのが客観的な私の予測です。


これを今、家族にやってるサポートを全てかなぐり捨ててやれば+で20%位の上澄みは積めるでしょうけどそれも場所を変えただけで根本的にベトナム時代と在り方は変わらなくなってしまう。


ひとまずは融資などは考えずにコストを掛けずにホントに個人の小さな所から試し試しにやりながらと言う形になるのではないでしょうか。


その点はベトナムの時と同じようなやり方にはなりますがなんだかんだで最初はそれが確実なんですよね。


これに関しては仮にベトナムに残ったままでもあちらの経済状況などを見てもコロナの時にあれだけやらかした結果がインフラ系に現れ始めています。


中国に対して親米派を追い出したことにより親中が露骨になった事とそれに伴い中国産EVへの急激なシフトも相まっての電力不足など目に見える形でジワジワと出てきてます。


これはあのコロナ時にベトナムに居なかったら数字上ではわからないかもですがインフラ系がとにかく壊滅的にズタズタになったのでこういうメンテナンス不備などは数年後から10年後位に時間差で顕著に出るんです。


そうではなくてもドル高による為替差損もそろそろ出始めてくるでしょうしコロナの爪痕とダブルパンチで襲いかかるのでもうそろそろドカンと弾けるかもですね。


ベトナムに仮に身体が元気で残っていたとしても様々な要素で国全体が嗜好品にお金を掛ける余裕が無くなってる現状では多分、売り上げとかは下がっていたと思います。


そして、以前に二人で回せる事を前提に特化して組んでいましたのでそれ自体を変えるのも難しかったでしょうね…。


日本での意義を見つけるというここが無いと何とも…色んな要素が絡み合ってるんです。


私は勝算が無い場所に好きだからと言うだけで無謀に突っ込めるほど、元から夢追い人では無いですしベトナムの時はある程度、先の動向が読めてその勝算があったから始めた事業でした。


その反面では私がハンドメイド自体はそんなに好きではないと表現してたのも途中からは「ベトナムに対しての社会貢献など」そちらの方に私はより意義を感じていたと言う事です。


趣味の延長と言うよりもお金になるからとかでも無く…理念、意義、社会貢献などを加味して人生を掛けて良いと思って始めたのがこのMIDORIと言うプロジェクトでした。


だから、品質の拘りとかはそういうベトナムのプロダクトに対して社会貢献や理念を1番伝えたかったから拘って当たり前と言う考えでした。


だから、ここまで苦心しながら…でも此処から先にどうしたら良いのかを必死で考えています。


ここまでが問題点でしたが解決に向けて考えてる事は


もし、日本でやるにあたって可能性を感じる部分があるなら1つには私自身、最近は子どもの教育や日本で生きづらさを感じてる子供や増加系傾向にあるこちらに在住してるベトナム人達。


そちらの方に実は関心が高まってきているのもありそちらの方面と何とかMIDORIやベトナムの体験を通じて、物事を伝えたりと連動して出来ないかなーと考えています。


これは子供に限らずですけどね。


異国の文化を知る事は特に日本みたいな島国文化に取っては凄く良い体験になると思いますしね。


これはあくまで可能性の1つですけど。



最近、良く感じるのは私がベトナムの体験などを話すとあまりに壮絶だったからか「日本はぬるま湯で…」みたいに卑屈になる人が凄く多いです。


私はそういう風に捉えられる事はあまり本意ではなく…日本の環境に生まれてこれだけ治安が良い中で平和で過ごせること自体が他の国ではどれだけお金を持っていても中々、得られる事ではない。


だから、日本にずっと居るとそれが当たり前になり不満が溜まるようになるが自由と平和と言うのはそれだけで尊い事であると言うことを伝えたいのですけどね…。


そういう価値観自体はベトナム生活を経たから多角的な視野を得れた事ですので大切にしたいんですよ。


もう少しでそこに道標が出そうであと少し出ないもどかしい昨今。


纏めると


ただ、ここをやるにも浅い所から…って根付かせようとすると時間が掛かり過ぎる。


焦ってそこを削ると逆に刺さらない。


これは行動したらどうみたいな話は過ぎていてその先にって話ですね。


このジレンマを解決するあと一歩が…その何かが見えそうで見えない。


私が子供の教育系に力を今、入れてるのはここらへんがヒントになりそうと無意識に思っていたのもあるかもですね。


後はあまりにも闘病が辛かったのでまだそこまでやる気力が無いと言うか余力が無いと言うか…。


それと出稼ぎ感覚で数年やってまたベトナムに戻るみたいな感じならまたやり方も違っていたと思います。


…正直、帰った当初はそういう考えがあった事も否定できません。


しかし、現状は日本に根付く為の仕様に生活を整えているのと私が壊れた場合にどうしようも無くなってしまったのを痛いほど味わったのでその為にはベトナムの時みたいな勢いだけでやる手法を取るわけにはいかないのですよ。


それと病気が自分の中でこれをやれば大丈夫、戻るみたいなものが完全に想定外過ぎてそれどころでは無くなってしまった。


同時に文化の違いや色んな事を根本から変えざる得なくて手続きやらも加味して心身共に一定の折り合いを付けれたのがやっと最近。


ベトナムの時もなりふり構っていなかったですが、別の意味でこの1年半位はなりふり構ってられない位に色んな事が降りかかりました。



それがやっと解決して次に進める手筈の前の客観的かつ、現実的な分析が今回の記事でした。


ベトナムの時から最初は勢いだけでトンチンカンな事を言ったり行動してると思われても時が経てばそれが実はゴールから逆算して緻密に計算されていた。


と言うのが多分、私の持ち味なので今は理解されなくてもそれが後には実はこうだった…みたいな部分と今回関連の記事は見ておいてもらえれば幸いです。


人が何と言おうとも自分の気持ちは自分にしか分からないですし、自分ならもっと早く出来たと言う人も居るかもしれません。


ただ、私にとってはこれでも出来る限りを考えて振り絞って1年半位でこのラインまで戻れましたし付和雷同で従っていたら後悔しか残ってなかったでしょうからこれで良いんだと思います。