小さい頃、父親から教えを受けた。
「兵隊というのは、朝の集合時間に遅れると殴られ、そのあと手当てしているうちに次の食事の時間に遅れて殴られ、それから一日中、殴られることになる。だから、時間は、特に朝は厳守しなければならない。」という時間厳守の教えだった。今までの人生の中で父親から3回くらいは聞いた。
その遅れると殴られるという法則は、その当時の日本の兵隊には適用されても、今の俺には関係ない、と今なら当然、口答えするが、当時はそんなものかと思っていた。大学のワンゲル時代、時間厳守の習慣は役に立った。1年生は、午前3時30分頃には、自然に起きて、朝食の準備を始めるのが当たり前だったからだ。そのあと、社会人になったが、それからも俺は時間厳守をして、よほどのことがなければ遅刻しない人になった。
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土曜日は、今年度、最後のスクーリング。午後には試験も予定されていた。
授業の開始は9時30分。俺は、今まで、いつも8時50分頃には学校にいて、授業が始まるのを待っていた。
しかしながら、今回のスクーリングは、ひたすら計算するだけの授業で、おまけに一人も友達ができず、また、作業する内容もなく、席まで決まっているので、急いでいく必要がなかった。
それで、俺は9時10分頃に学校に着けばいいや、と思って用意をしていた。
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朝は6時に起きて、食事をして、洗濯もして、それからテスト対策の勉強もした。それから時計を見て「間に合うけど、ちょっと早めに出よう。」と思って家を出た。
金山駅に着いたとき、「あれれ?」と思った。人が多く、朝9時なら準備をしているはずの屋台がもう営業をしていた。それで腕時計を見たら、もう9時50分を過ぎていた。
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昔、東京で仕事をしていた時、鳥取県の人が、朝10時頃に電話をかけてきて「タイムスリップが起きました。朝7時には起きたのに、瞬きしただけで3時間も経っていたんです!」なんてふざけた遅刻の報告をしてきたので、「さっさと出てこい。」と怒った経験があるが、俺も今回は、マジでタイムスリップが起きたと思った。
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教室まで、俺は小走りに走った。頭の中の整理がなかなかつかなかった。
「俺、本当に8時20分頃に家を出たよな。」
そう思っていたが、心のどこかで、「あのとき、既に9時20分だったのでは?」という疑問がわいてきた。
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授業は1時間40分までの遅刻が認められている。今まで、遅刻なんて認める必要ないのに、なんて思いながら人生を送ってきたが、この制度に助けられた。
それでも、自分のしでかしたことのショックがでかく、授業にはなかなか入っていけなかった。
先生が問題を出し、俺は結構簡単に答えを出した。俺は、ここのところテスト対策で、簡単な方法での答えの出し方ばかり磨いていた。
しかし、授業は答えを出せばいいってもんじゃない。俺にとっては無駄としか思えない、複雑な計算式を使って解かなくてはいけない。そして、その計算式を、俺はいきなり「述べよ。」と当てられた。
答えだけなら答えられるが、その複雑な計算式のことなんか1行も書いてなかったので、先生が「プラス2KNですね。」「そうそう。+2KNです。」「で、プラスMCDですね。」「はい。えーと+MCDです。」なんて、何にもわかってない、超間抜けな100%誘導方式の発言をするのが精いっぱいだった。先生が答えを促すために、黙るたびに、泣きたくなった。
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「遅刻と今の発言で、試験ができても、単位ぎりぎりだな。」と落ち込んでいたが、窓から外を眺めているうちに、なんだか気分が明るくなってきた。「俺も、遅刻したなあ。」という思いが心に満ちてきた。
今まで、遅刻してきた人の思いなんか知らなかったけれど、これはこれでいいものだと思った。
そしてまた、今まで自分は時間厳守のことばかりが頭にあって、実際の授業では、ロクに聞いてもいなかったことも思い出してきた。
時間厳守なんか入り口の問題で、本当に大切なのは中身だと、今まで気づいていなかったなあ、なんて思った。
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午後は試験があった。基本的な問題ばかりだった。俺は計算式なんか、ほんのちょっとしか書かず、あとは簡単な方法を駆使して、いきなり答えを書いた。
時間があまったので、1次関数を積分して、2次関数にするという、先生が「どこかメモしておいてください。」といっただけの全く求められていない技も駆使して、答案のグラフに書き足しておいた。
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日曜日は、実家のある地域で運動会があった。準備は朝7時から。それで、土曜日の夜、車を運転して実家まで帰った。
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日曜日はよく晴れていた。俺は運動会準備と片付け、それから役員のお手伝いをした。
久しぶりに見た運動会は楽しかった。あちこちで地区の応援団が出て応援合戦をするのだが、俺たちの地区はガラの悪そうな人たちが学ランを着て応援するという、昭和を感じさせる応援だった。
近くに中学校の校長先生がいたので、「今でも中学校には、ああいう学ラン着るような生徒っているんですか?」と聞いたら、「いない。」ということだった。「校舎内をバイクで走るような人も。」「いない。」のだそうだ。
今はそれよりも、引きこもって学校に来ない生徒の方が問題なのだとか。時代によって教師の悩みも変わるようだ。
毎年、俺の地区は運動会で最下位というのが定番だったが、今年は好成績が続出し、「これは、大波乱になるのでは。」とドキドキしたが、そんなことはなかった。順位を決めるのに重要な役員リレーでは、最初の役員からダントツの最下位だった。
結果発表の時、最後に、俺の地区が呼ばれたとき、拍手とともに歓声があがった。みんなで笑いながら拍手して、本当にこの地区でよかったと思った。
そして、運動会の片付けの後、また名古屋に戻ってきた。
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アル・パチーノの映画「ミッドナイト・ガイズ」を見た。

ボスの息子を誤って殺してしまい、25年の刑期を終えて出てきた男。彼を親友が迎えに行く。その親友は、ボスから、その男を翌朝の10時までに殺すように言われている。
いかにも、俺が書きそうな脚本で、演じている役者たちも「俺達って演技うまいだろ」っていいながら演じているような映画だ。
でも、そういう映画ってすごく嘘くさく感じる。役者は「役をうまく演じる」ことが大切なのかもしれないが、俺が見たいのは「役」なんかじゃなくて、その立場になった「人」だ。
「うまく演じている」人なんか、実生活にいない。みんな真剣に生きているだけだ。どうも役者っていうのは、「役を生きる」ことよりも「うまく演じる」ことの方が偉いって思っているようで、この映画はそういう意味で、気に入らなかった。
いや、端的に、つまらなかっただけだけど。ちょっと理屈っぽくまとめてみた。