朝、家のポストに「清掃当番確認表」というファイルが入っていた。

ドアを開けると、そこにはほうきとチリトリが。


理由はよく分からないが、どうやら1階から5階までの階段と、東側の通路と駐輪場辺りを掃除する当番になったらしい。


めんどくさいなあ。


それでも、今日は、その掃除当番をするために、早く帰ってきた。


1階から5階までの階段は、あんまり汚れていなかったので、ほうきとチリトリを持って歩いたから、それでよし。ということにした。

東側の通路には、石ころや木の枝がいっぱいあったので、中庭目掛けてインサイドキックで上手に蹴って終了。

駐輪場は自転車を盗まれたところなので、見るのも嫌。


ファイルに、日付と気付いた点の欄に「ゴミ少々」と記入して、なんとか掃除を終えることができた。


ほうきとチリトリを持って、今日はよく頑張った、などと自分を褒めながら、部屋に帰ってきたのだが、どうも玄関の辺りが汚いような気がする。


昨日、すのこベッドを衝動買いしてしまい、今週の土曜日には配達されることになっている。

それで、昨日から部屋の掃除や家具の移動などをしていたので、汚いところに目ざとくなっているのだ。


それで、さっそく、ほうきもあることだし、玄関の掃除を始めた。

靴を全部片づけて、傘も移動。

ほうきで掃いた後は、水を流してデッキブラシでゴシゴシ。


玄関はだいぶきれいになった。


ところで、玄関をきれいにするときに、洗剤(中性)にカビキラーを混ぜて使っていたのだが、今日、電車の中で化学の本を読んでいたら、マイナスイオンと陰イオンは別物だと書いてあった。


今まで、カビキラーは塩素だから、水に溶けると塩化物イオン(=陰イオン)になるから、風呂で使って、多少残っても体にはむしろいいのだ、と勝手に理解していたのだが、大間違いらしい。


最近、薬用石けんにカビが生えているのを発見し、「殺菌するはずでは…。」などと間抜けな感想を持ってしまったり、科学的な心がゆがんでしまっているような気がする。


()内は暴走です。無視してください。

(これも、みんなが反対した地動説が正しかったから、みんなが反対した郵政公社の民営化も正しいなどという、科学と主張をごっちゃにしたふざけた政治家がいるせいだ。

ここで、1曲リクエスト。尾崎豊の「銃声の証明」をお願いします。)


これから、部屋もきれいにして、心も立て直し、アロマテラピーなんかも勉強していきたいと思った。









実家に帰って、4日間の夏休みを過ごした。


毎日、早く休みにならないかなあ。平日が長すぎるんだよ。などと思いながら仕事をしているのだが、実際に休みになると、あっという間に終わってしまう。


楽しい時間は短い間に、過ぎてしまう。僕は今の仕事が大嫌いなので、平日は長くて泣きたい気分だ。


休みの間、朝起きてビールを飲み、食事してビールを飲み、本を読みながらビールを飲み、夜は親戚と話をしながらビールを飲んでいた。ずっと、キリンビールだった。

キリンビールの会社に表彰してもらいたいような、夏休みの過ごし方だ。


ジリアン・ホフマンの「報復」を読み終わった。

すごいなあ、読み応えがあるなあと思っていたが、最後まで手を抜かず、しかも細かいところまで全ての謎が解ける。こんな作品って書けるもんなんだ、と思った。


ただタイトルなんだけど、「報復」の方が、一般性があるからだろうけど、正確には「応報」が正しいんでしょうね。絶対的応報刑論を唱えたのがカントで、相対的応報刑論を唱えたのが、ヘーゲルでしたっけ。なんだか、何もかも、遠くへ行っちゃったような気がするなあ。


今、東野圭吾の「怪笑小説」もぱらぱらと読んでいるけど、「報復」を読んだ後なので、軽すぎてつまらない。思いつきを思いつきのままで書いてるから、つまらないんだと思う。それでも、その中の短編「一徹おやじ」は読む価値あり。笑えます。


休みの間はシンガポールの空港で買ったイー・リン・シーの「マイ キアス ティーンエージ ライフ イン シンガポール」も読んでいた。こちらは英文なので、なかなか読み終わらない。ようやく3分の1が読めたところだ。


主人公は15歳のマレーシアの女の子。ASEANの奨学金をもらって、シンガポールで学生生活を送ることになる。ところが、奨学金をもらった優等生だということで、なかなかクラスになじめない。意地悪をされたりもする。


彼女の目から見ると、シンガポールの学生は、行儀がよくないらしい。制服のボタンを外して歩いている同じ学校の生徒を見ると、学校をバカにされているようで、悲しいというのだ。


その本を読んでいると「MRT(地下鉄)乗り場には「ドリアン禁止」の文字が描かれている(臭いから)」とか、「伊勢丹でファッションショーを見てきた」とかいう記述が出てくるが、自分も行ったところだけに親近感がわく。


マレーシアには彼女の親友、メイ・イーがいて、彼女に毎日、多い日は1日に2通手紙を書く。

その手紙が、この本のメインなんだけど。

この親友のメイ・イーは物理で93点を取り、ピアノとヴァイオリンを弾き、ダンスも絵画も歌も上手で、テコンドーで黒帯を持っているというすごい友達なのだ。「あなたがいてくれれば、もっとずっと楽しい生活になるのに。」と主人公の女の子はしょっちゅう手紙を書くのだ。 


みんなが優等生扱いするけど、本当の私は、小説のエッチな部分ばかり読んでしまってなかなか読み終わらなかったり、みんな英語が上手っていうけど、マレーシアではマレー語以外に英語が話せるのは当たり前なのに…。と彼女の悩みは尽きない。


今年、高校生になったばかりの姪にもいろんな悩みがあるのだろう。最近、笑顔がすっかり減ってしまった。

夕食の席で、いつまでも暗い姪に、

「あのさあ、いろいろあると思うけど、これでも観て元気出せよ。」

と「下妻物語」のDVDを貸してあげたら、「嬉しい。観たかったの。」とようやく笑顔を見せた。

「土屋アンナがいいんだよなあ。」

僕が言うと

「土屋アンナは最近、確か妊娠したんだよ。」

と姪が言った。

「嘘だろ?」

「ううん。雑誌に書いてあった。」

そういうことには耳ざとい姪なので、きっと本当なのだろう。


「何もかも、みんな遠くへ行っちゃうんだなあ。」

楽しそうな姪の顔を見ながら、僕は少し暗い気分になってしまった。


先週、事務監査が終わった。


監査調書は全部で100ページ以上にも及び、僕も作成の段階では数10ページを担当した。


でも、実際の事務監査では、僕が答える必要はほとんどなく、担当を呼び出したり、書類の運び込みを手伝ったりするだけだった。実際、答えを求められても、僕自身、もうすっかり忘れてしまったし、何も答えられなかったと思う。


40人近くの人間が(しかも9割以上が男)、真剣な表情で(実際、真剣なんだろうけど)指示を聞いたり、説明をしたり、注意を受けているのを、後ろの方の席に座って、ぼんやりと見ていた。


そもそも監査などというものは、業務の違法性をチェックするようなものなんだけど、違法性がある業務なんて、今時はまずないので、効率性だとか、効果だとかまでチェックするのだ。


でも、もともと監査する側が業務についてはド素人なので、くだらない質問も多く、答えるのにも時間がかかる。資料も増える。


「くだらねえよ。」


つい、そう言いたくなる。


「適正にやってるよ。泣きたくなるくらい何度もチェックしているよ。くだらない制度のおかげで、持ち回りの決裁が多いけど。何度も偽造しちゃおうとも思ったけど。でもちゃんとやってるよ。3回行って、1回いればいい方な課長もいるけど、何度も足を運んで、ハンコもらってるよ。ちゃんとやってるよ。本当に。勘弁してくれよ。」


後ろの方の席で、そんなことばかり考えていた。



昨日は久しぶりに休日で家にいた。

それで、安野モヨコの「働きマン」1巻・2巻(漫画)を読んだ。

主人公の彼氏が苦労する「あやまりマン」の話は胸にずしっと来た。


「この仕事のどこが好きか」なんて考えているヒマがあったら、どんどんやりゃよかったよ。


現場から、営業に回された彼氏の台詞が重かった。

やるしかないんだよな、やっぱり。と思った。


それから、島田洋七の「佐賀のがばいばあちゃん」を読んだ。

その昔、B&Bという漫才コンビを組んでいた洋七の本だ。

佐賀県で暮らしていた頃の貧乏生活が書いてあるんだけど、面白くていい本だ。


おばあちゃんの台詞がいい。

「金持ちは大変と。いいもの食べたり、旅行に行ったり、忙しい。ああ、貧乏でよかった。」


なかでも「最後の運動会」という話はとてもいい。ちょっと感動します。


あと、今、ジリアン・ホフマンの「報復」というサスペンスを読んでいて、半分ほど読んだ。

内容が濃い。読み応えがある本を探している人には、ぜひこの本をどうぞ。

アメリカの刑事司法の世界もよく分かります。なんたって、作者自身が検察官だから。

最後まで、読んで、面白いかどうかはまだわかりませんが…。


そのうちに、お知らせします。
















顔から腫れがひいた。

月曜日のことを思うと、顔が0.5個分くらい小さくなったような感じだ。


先週末も名古屋に行ったとき、「随分、太ったね」と言われて心外だった。

痩せたはずなのに…。


日焼け止めが原因で、腫れてただけなんですよ。顔。

あのときの出席者全員に、報告したい気分だ。

顔が面白いからと、写真もいっぱい撮られちゃったけど、ちゃんと修正してくれ、といいたい。


それで、名古屋事務所の元の同僚に電話をした。

「この前、俺、太ったってみんなに言われてたじゃん。でも、太ってなかったんだよ。日焼け止めで顔が腫れ上がっていただけだったんだよ。」

「そうなんだ。」

「今はもう治っちゃって、0.5倍くらい顔が小さくなって、目も二重がばっちりだし。」

「ふーん。」

「あのときの俺と、今の俺だともう100倍くらい格好良さが違うね。」

「へえ。100倍も変わっちゃうんだ。」

あまり相手にしてもらえない。どうも信じていないらしい。


「じゃあ、あつみ君にも勝てる?」

あつみ君というのは、無茶苦茶、格好がいい男なのだ。

「おう。10人女の子がいたら、3人くらいは俺を選んでくれるんじゃないかなあ。」

「3人。微妙…。でも、あつみ君相手だったら、健闘した方だよね。」

「なんだかさあ、紅の豚みたいだったよね、俺。本当は格好いいんだけど、あえて、豚の格好しているっていうか…。」


電話を切って、鏡を見る。

3人も難しいかな、と思った。


「飛べない豚は、ただの豚…かあ。」

そんな台詞が浮かんでくる。

豚になった気分だった。


※ブックマークにあるぱすかさんのブログ記事「ナウシカ気分」に対抗してみました。





仕事帰りに、カレー屋で、ビールを飲みながら、貫井徳郎の「慟哭」という小説を読んでいた。


幸せな人間が誰1人として登場しないこの小説を読んでいると、やりきれない思いばかりが募ってくる。

また、この小説に出てくる刑事達の生活は、そっくりそのまま、僕のこれからの生活にも当てはまるように思えた。


「9月後半になれば、もう帰りたくても帰れない生活が続くから、帰れる今のうちに早く帰って英気を養っておいた方がいい。」と職場の先輩は言うのだ。

その言葉を思い出すたび、5月、6月の頃の忙しく憂鬱な日々が甦って、気分が暗くなってくる。


先日、姪に化学を教えていた。

何を教えても、「そんなの人生を生きていく上で、何の役にも立たないじゃん。」という姪に、少し苛ついていた。


「BOAは、耳にピアスの穴を13個も開けているんだって。しかも、耳の入り口の所にあるここにも開けてるんだって。ここに穴開けるのすごく痛いらしいよ。」

夕食のとき、少し明るい声で話す姪に、「そういう知識は人生を生きていく上で何か役に立つの?」と厳しい声で言ってしまった。


言った直後に、言わなければよかったと思った。

悲しそうな顔をして黙ってしまった姪を前にして、大人げないなあ、俺。とか思った。

彼女だって、僕が知ったら喜ぶ話だと思ってしてくれた話なのに…(大ハズレだけど)。


そんなことを思い出しながら、カレーを食べていたら、本格的に気分が暗くなってしまい、パチンコに行って7000円ほど負けた。


負けたら、自分への怒りで少しは気分が良くなった(どういう感情の持ち主なんだ、俺は?)。


それから帰りの電車に乗って、駅から家までウォークマン・スティックで原田知世の「空と糸 talking on air」を聴きながら帰った。

この曲は青空の下で聴いてもいいけど、夜空の下で聴くのも悪くない。


家に帰って、「慟哭」の続きを読んだ。


先ほど読み終わった。

読み応えがある本を探している人にはいいかも。

でも、気分が暗くなります。とっても。








朝、起きてフラフラと体重計に乗って、ついでに鏡を見た。

「うひゃあ。」

すごいことになってるなあ、と思った。


僕の目は二重になったり、奥二重になったり、日によって違うのだけど、今日は完璧な一重で、しかも腫れ上がっていた。こんなに細い目になったのは生まれて初めて。頬も腫れ上がって真っ赤。


さすがに、これ以上、日に当たるのはやばいと思ったので、今日は電車で行くことにした。

駅前のいつも行く、スターバックスでも、僕の定番のクロックムッシュを出しながら、相手が息を飲むのが分かった。


職場に着くと、周りの人達が「おいおい」という感じで声をかけてきた。

「週末、何してたの?」

「名古屋に行って飲んでいました。」

「何か悪い遊びしてきただろ。」

「今回はしてないんですよね。」

「おたふく風邪じゃないの?」

「早く、医者に行った方がいいよ。」


行った方がいい、という言葉があちこちからあがり、「絶対に行け。さっさと行け。」としか聞こえなかったので、1時間休みを取って病院に行った。


看護士に言われて熱を計ったら、35度9分しかなくて笑ってしまった。


「どうしたの?」医者が言うので、「なんだか、日に焼けたのか顔が腫れちゃって。」と答えた。

「ふーん。」医者はしばらく頬の辺りを見てから、「これ、日焼けの赤さじゃないね」と言った。

「これは、かぶれだよ。日焼け止めとか塗らなかった?」

「日焼け止めも塗ったし、ニベアのボディークリームとかも塗りましたけど…。」


その後、僕の肌は紫外線にも薬品にも弱いらしい、という説明を受けた。

今度から自転車に乗るときは長袖の服を着なさいとも言われた。


そう言えば、数年前までは、僕とポール・ニューマンは半袖のワイシャツが嫌いで、夏でも長袖のワイシャツを着ていたことを思い出した。


それで、今日、帰りに山の道具屋(山登りをする人は通常、山屋と呼ぶ)に行って、自転車に乗るとき用の長袖のシャツを買ってきた。

近々、山に登るんです。と嘘をつきながら、買い物をしていたら、どういう訳か、ズボンまで買ってしまった。


「ズボンはニッカを穿いているんです。」と言ったら、「最近はもっといい素材のもありますよ。」などと言われてしまい、つい…。


家に帰って、鏡を見た。

まだ、頬のあたりは赤く腫れているけど、随分、腫れも治まってきていた。


そのとき、ふと山屋でズボンまで買ってしまったことを思い出し、鏡に向かって「あのなあ。」と言った。


あんまり反省していないようだったので、「早く治せよ。」と言い捨てて、それから鏡はもう見ていない。



以前、名古屋の栄にある中日ビルで働いていたことがある。

土曜日にその中日ビルで、同窓会があり、それに出席するために、金曜日の夕方から名古屋に行った。


セントラルタワーズができたせいだろうか。

久しぶりの名古屋は随分と都会に思えた。


中日ビルでは昔の同僚と会い、何名かとは話をした。


その後、新しくできた三越のオイスターバーに行ったが、なんだか今ひとつという感じだった。

牡蠣はいいんだけど、飲み物とかサービスとか、何か物足りなさを感じた。


錦に新しくできた観覧車にも乗った。

ビルの中に突然立っているのだ。

小さな観覧車で、どんなものかと思ったが、見た目以上に高くまで登り、思ったより楽しかった。

待ち時間がないのもいい。


金曜日の夜はもう一軒飲みに行って、ホテルに戻った。


翌朝、セントラルタワーズで、大学の同級生とお茶をして、買い物をした。


午後、同窓会に出席。

ひょっとこのお面をかぶって踊らされたりしたけど、楽しかった。

昔の女性の同僚は、ほとんどが結婚していた。

「ねえねえ。私、子供、産んだんだって。」などと声をかけられたりもした。


最近、自転車に乗って通勤していること、おかげで両頬が日に焼けてしまい、今日は痛くて仕方がない、などということを話した。結婚した女の人達は辛辣だ。

「精神的に成長していない。」

「太ったんじゃない?どうして、頬の部分だけ、赤く焼けるの?」

などと随分と、いじめられた。昔はもっと優しかったのに。


青森、秋田、福島や、宮城、石川、福井、滋賀、高知、宮崎等からも出席した人がいて、盛会だった。


土曜日は同窓会のあと昔の同僚と手羽先を食べ、昔の所長と別の店で酒を飲んで帰った。


今日、朝起きたら、顔は日焼けで痛いし、なぜか顔がぱんぱんにむくんでいるし、で、早々に帰ることにして、電車で戻ってきた。


今回、名古屋での滞在の間にサリンジャーのナインストーリーズを読んだ。

野球をしたことのない女の人が、「これでなければ嫌だと言い張って、キャッチャーミットを持ってセンターを守っている」シーンがある、笑い男の話が、気に入った。

でも、この本はお薦めできない。

難しいし、よく分からない小説だからだ。







朝、寝不足のまま、自転車に乗って職場に行った。少しきつかった。

頭の中で、こんな自問自答をしていた。

「あのさあ、初日が一番きついって言ったじゃん。あれ、嘘。本当は6日目が一番きついんだよ。」

「なるほどなあ。きついよ。」


職場近くの跨線橋のところで、自分がいつも乗っているはずの電車を見るのが好きだ。

少しだけ自由になったような気がする。



中学生の頃、プラモデルで扇風機を作ったことがある。

ちゃちな代物で、たいして涼しくもなかったが、ボタンを押すと首を振るという機能が、どのように作られているのかよく分かって、それはそれでよかった。

最近はそういうプラモデルって見かけないなあ。


日本コカコーラ社のキャンペーンで、KUMAの卓上扇風機とマウスパッドが当たった。

シールをはがしたら当たりだったので、ずいぶん前に申し込んでいたら、ようやく品物が届いた。


さっそく組み立てたのだが、よく、船のプラモデルのスクリューに使うマブチモーターの音がする、なんだかちゃちな、プラモデルの扇風機よりもちゃちな代物だった。


職場でいじっていたら、他の課の女の子が「それなんですか?」って聞いてきたので、マウスパッドと一緒に彼女にあげてしまった。


その後、廊下で作業していたら、彼女が通りがかった。

「扇風機もらって嬉しかったけど、うるさいし、風があまり来ないの。」

少し苛ついた声だった。

「うん。そうなんだよね。」

「もう少し、羽が大きければいいのにね。」

「そうだね。」

「ところで、海外旅行のおみやげって私にはないの?」

「ああ、ないんだよね。」


その後、用があって彼女の机の前を通りがかった。

卓上扇風機は、彼女の机の上にはもはやなく、物置と化している別の机の上に移動していた。


久しぶり(3ヶ月ぶりくらい)にスナックに行った。

どういうのがスナックなのか、僕にも正確にはよくわからないんだけど、だいたい20代から40代くらいのホステスが客よりもはるかに少人数でいるのが、スナック、というように理解している。


今日、行ったのは、昔の友達が、スナックで働いているからだ。

その友達とは合コンで知り合った。

生意気な女で、合コンのときふざけるなって怒っていたのが、逆に気に入られたらしい。

まだ20代前半なのだそうだ。


家まで迎えに来てもらう。

駐車場から彼女の職場までミニスカートをはいているので、訳もないのに罪悪感を感じてしまう。

「私とクラさんって全然合わないよね。一緒に歩いていたらみんなどう思うんだろう?」

「パパとホステスって感じじゃないの?」

「パパっていうほどおごってくれたこと一度もないじゃん。」

「…まあな。」


働き始めた頃「ちょっと時間貸して」と言われて、車を出したことがある。

行った先は質屋。

「お客さんからプレゼントされたんだけど、いくらの物か分からないと、お返しもできないから。」

なるほどなあ、とは思いながらも、男の気持ちをお金に換算するのはどうかと、文句を言った覚えがある。


こういう世界が向いていたのか、スナックでの彼女は水を得た魚のようだ。

男を手玉に取るって言うのはこういうことなのか、と思う。

でも、限られた数時間を、気分良く帰ってもらおうとしている気持ちは、よく分かった。


今日はその店のマスターに家まで送ってもらった。

「どう、彼女?」

「こういう仕事が、向いてますよね。」


人はいろんな分野で能力を発揮するものだ。

俺がやってみろと言われても、決して真似できない世界で、彼女は生きている。

人がどう言おうと彼女は立派だと思う。


俺はどうなんだろう。

仕事が向いているのか、いないのか。

全力を出しているのか、いないのか。

俺は、どう生きるべきなのか?


僕にはよくわからないことばかりだ。


カナダに住んでいるジェニファーからメールが来た。

ジェニファーは以前の職場の同僚で、僕達は、よく一緒に仕事をした。

彼女は美人だけど、そういうことをあまり気にしていないようだった。


一緒に仕事をするのは楽しかったけど、彼女はいつもそれは僕には無理、といった仕事を頼んでくるのだ。

でも、それを一つ一つこなしていったおかげで、彼女にいろんな能力や道徳心といったものを伸ばしてもらったような気がする。


彼女は、ここ数ヶ月、アフリカへボランティアに行っていた。


メールの中で「数多くの難民を見てきたけど、彼らの笑顔が印象的だった」という。

ボランティアの世界では、「キューバにボランティアに行くと、理想の国家を語り出し、アジアにボランティアに行くと禅の思想にのめり込むが、アフリカにボランティアに行くと笑顔になるだけ」と言われているらしい。

でも、それは本当だと、ジェニファーは言うのだ。

http://www.aoiyume.com/jen/africa

僕たちは、確かに信じられないくらい豊かな国に住んでいるのだけど、あまり笑顔になることが少ない。


僕の職場でも、昼に休憩室に行くと、入りきれないほどの人が、昼寝をしている。

皆、一様に疲れて、うんざりとした表情でいるのだ。僕もその1人だ。


でももっと、単純に、僕らはもっと幸せになっていいんじゃないのかあ、と僕は思う。

死ぬ瞬間に「せっかくの人生だったけど、なんだか無駄にしちゃったよ。」って思わないように、少なくとも幸せになる方向に目だけは向いていたいものだと、メールを読みながら思った。