土曜日も結局、出勤した。僕以外にも、出勤してくる人は少なくなかった。

窓際の少し大きな机に、予算関係の書類をいっぱい並べて整理していた。

暖房の効いていない職場は寒かった。温かいコーヒーなどを飲みながら仕事をしていた。


窓の外は雪が降っていた。そして、道路を挟んで反対側の建物の屋上では、何かしらの工事がされているようだった。

黒いカッパを着てヘルメットをかぶった作業員が、5、6名ほどいて、重そうな器具や材料を運んでいるのだった。

見ていて、あまりに大変そうでため息が出た。


結局、仕事は中途半端なところでやめた。やる気が全然、続かないのだ。

車に乗って文房具屋に行き、いくつか必要な文房具を買うと家に帰った。


家に帰って引き出しの整理をしていると、高校時代に書いた小説が出てきたので読んでいた。

あまりに今と同じ感覚だったので、少し笑ってしまった。


(高校の頃書いた小説より、途中から)

夏休みが終わった。自転車に油を差して高校に久しぶりに出かけていくとお利口なやつらが、下駄箱に靴を入れながら話をしていた。

「でる単どこまでいった?」

「一応、ひととおりはやったよ。」

僕はゲッソリしていっそこのまま帰ろうか、と思いながら下駄箱の前で立っていた。労働階級の英雄になるのはたいへんなことだよ。遠くの空に僕はぼんやりとつぶやいた。

勉強がしたくなくて、勉強から逃げていることは自分が一番知っていた。本ばかり読んでいることも、一日中眠ってばかりいることも、みんな自分に対する口実なんだ、勉強しないことのさあ。僕は自分に言った。

「卑怯だよ、おまえは。」

「ああ、僕は卑怯だ。でもそれがなんだって言うんだい?」

校内試験は2日後だった。僕はウイスキーを飲んだり本を大量に読んだりして少しも勉強をしなかった。口実づくりもたいへんだあ、僕はいつも自分に言った。俺の勝手だろ、僕は答えた。

作文は明と7月頃から交換して書いていた。

「最近、だんだん芸術性が失われてきた。」

明はある日信じられないほど真面目な顔で、偉そうに俺に言った。「俺のは始めっから芸術性なんてないんだよ」僕はそう思いながら少し笑って

「うーん、まったくなあ。」とうなってみせた。校内試験までの2日間はあっという間に過ぎていった。

(まだまだ続く)


思い出してみたら、僕は高校の頃、いろいろでめんどくさくて生きているのが嫌だった。

恋愛で悩むなんて、人生のことを考えて悩むより、ずっと小さなことだと思っていた。


あの頃、SFもかなり読んでいたせいもあって、僕は将来の自分がなんとか高校時代の今の自分に助言をしてくれないものかと、祈っていた。

「僕はどう生きればいいんですか?」あの頃はそう、真剣に悩んでいたのだ。


今なら、いくつも当時の僕に助言ができるけれど、とりあえず、「労働階級の英雄になるのは、やっぱ、たいへんなことだったよ。」と話しかけてあげたいなあ、と思った。

12月になって、仕事はますます忙しくなってきた。

12時近くまで帰れない日も多く、毎日、書類と数字の海に溺れていた。


人事調書に、現在の仕事は「適していない」うえに量も「多い」と書いて提出したところ、課長に呼ばれた。

「この仕事が始めから適している人はいない。今年、1歩踏み出したのだから、少なくとももう1年やって、もう1歩踏み出して、経理の仕事をしたと言えるようになってほしい。今後の仕事にも決して無駄にはならない。」と説得をされた。「予算作成過程を知らずに、事業提案なんてできないのだから。」と。


親身になって、考えてくれるのは嬉しかったが「もう1歩踏み出して、抜け出せなくなるなんてことはないですよね。」などと、最後まで僕の口から出る言葉は後ろ向きだった


仕事が多くなった上に、プライベートでは女にも振られた。

情熱が喪失感に、夢が虚無感に、愛が憎しみに、それぞれ変移して、軽い鬱状態になった。


資料を手直ししたり、コピーを取る必要があるのだが、めんどくさくて体が動かない。

指摘事項は、どれも、どうでもいいことにしか見えなかった。

そんなとき、早く帰れる部署の人を見ると無性に腹が立った。


「さっきから、どうして僕のこと睨むんですか?」

知らず知らずのうちに睨んでいたらしい。

「やる気が全然ないのに、やることだけはたくさんあるからだよ。」

「そんなこと、僕に言われても…。」

隣の席の同僚が彼に言った。

「ストレスたまっているときに、ウロチョロしてるからだよ。」

「ウロチョロって、僕も仕事で来ているんですから…。」


査定の最中にもやる気が湧かず、随分と怒られた。

「この「臨時職員」って本当に必要なんですか?係長が人件費の抑制のためにこの「臨時職員」のところに不要って書いた付箋を貼っているんで、理由をちゃんと説明しないといけないんですが。」

「必要があるから、予算計上してるんだろ。そんな付箋、うっかりはがしちゃえばいいだろう。」

「何言っているんですか。ちゃんと真面目にやってください。」


仕事中も、彼女のことを思い出して、ああすればよかった、こうすればよかったなどと後悔して上の空になることも多かった。

その度、ああしても、こうしても、ダメなもんはダメだったんだよ。と思い直して涙が浮かんできた。



12月8日はジョン・レノンの命日だ(真珠湾攻撃の日でもある)。

12月になってから、僕はまた、ジョンのCDを買った。今年のアルバムのタイトルは「WORKING CLASS HERO」(労働階級の英雄)だった。

ジョンの言うとおり、労働階級の英雄になるのは、たいへんなことだ。

SION(アル中のロッカー)のCDも買って、毎日、レノンとシオンばかり聴いていた。


結局、なんだかんだ言っても、最終的に聴いているのはレノンとシオンかよ。

高校時代と変わらない嗜好に自分でも苦笑した。



最近読んだ本は

カール・ハイアセン「トード島の騒動(上・下巻)」扶桑社ミステリー

島田洋七「文句あっか!!オレのトンデモお笑い人生」文春文庫PLUS

ジェームズ・P・ホーガン「星を継ぐもの」創元SF文庫

ジョン・コラピント「著者略歴」ハヤカワ文庫


「トード島の騒動」のストーリーには誰一人としてまともな人間が出てこない。人に薦めるかは微妙。面白さも微妙。

島田洋七の本は後半がまあまあ面白い。

「星を継ぐもの」はハードSFだから、科学に興味がない人にはきついと思う。でも僕は、主人公?の科学者が木星に行くときに、針の先の光点になった地球を見て「現実とは相対的なものだ。今の私にとっての現実はこの指令艦だけで、地球は不存在なのだ」と独り言をいうシーンを読んで、なんだか救われた気持ちになった

「著者略歴」は素晴らしい本だった。軽薄な作家希望の男が、突然大金持ちに、そして有名になり、本当に愛すべき女性と結ばれるのだが、真実は伝えられない、という主人公の苦しみを共感しながら読んだ。この本にも救われた。


振られてから、僕の甘くて優しかった部分が、死んでしまったような気がする。

でも、現実の社会を生きるには不要の部分だったのかもしれない。

だから、それがいいことなのか、悪いことなのか、僕にはわからない。


よく見る夢がある。

冬山を登っている夢だ。

あまりに何度も見るので、ルートも大体記憶している。


ピークは谷向こうにあって、見上げるように高い。

こんなところ、登れるのか?と不安になる。


新雪が少ないのか、ラッセルはしない。

アイゼンを履いて、妙に白いきれいなルートを登っていく。

寒くはない。

ただとても滑りやすくて、危険だという思いだけがある。

そして、多くの場合、頂上にたどり着く。


大学のワンゲル時代には、僕たちは三角点のある山では三角点が頂上だということにしていて、いつも競って三角点を踏みつけていた。

そして雪山の場合は、その三角点を必死になって掘り出していたのだ。

ときどき、他の大学のパーティーに「何しているんですか?」などと不思議がられながら。


夢では、なぜか三角点を探したりしない。

ピークにたどり着くと、なぜか赤と黄色の花が咲いている。

その花を見ながら一緒に登った友人や先輩達と、ほっとした気分でいるだけなのだ。

よく登ったなあ、などと思いながら。


あまりにリアリティがあって、これは現実でもあったことなのではないか、と思うことがある。

でも、やはり夢なのだ。そんなルートを行ったことは、冷静に考えると一度もないのだ。



昨日はそのルートに入る直前のアプローチの段階で邪魔が入った。

訳の分からない怪物に追いかけられたのだ。

アプローチルートも僕は詳しいので(そういうことになっているらしい)、僕は近道を抜けて山に行こうとする。

でも、どうしても逃げ切れずに怪物に捕まってしまう。


体は金縛りにあって動かない。声も出ない。

でも、と僕は思った。負けるものか。


「なめんなよ!」僕は抜けた力をかき集めて、そう叫ぶと力一杯右手で、その怪物の顔面を殴った。


「痛てて。」

痛くて目が覚めた。僕は、力一杯、右手の拳で左の腕を殴ったのだった。


週末は中学時代の友人と飲むはずだったが、大工をやっているその友人は、「疲れ果てていて、とても飲みに行けねえ。」と直前になって電話を寄こした。


「今日は、飲みに行かなくなったんだ。」

そう姉に言うと、姪がやって来た。来週、化学のテストがあるので、分からない問題を教えて欲しいと言うのだ。

「基本的なことなら教えられるけど…。」

「分野は酸化と還元だよ。」

「なんじゃそりゃ。」

「教えて。」

「教えてあげたいけど、その前に、俺が勉強しなくちゃ。」

「じゃあ、して、教えて。」

「わかった。じゃあ、また続きは明日な。」

可愛い(まじで)姪の頼みなので、ビールを飲みつつ勉強を始めた。酸化数だの、電子の増減だの。高校時代にだって、勉強しなかったことを勉強している自分が不思議だ。1クーロンが9.65*10^4molだったなんて初めて知った。そして、それは電流(アンペア)と時間(秒)の積でもある。へえって感じだ。


なんとか電池の直前までは終わった。電池の陰極と正極で何が起こっているのかは、面倒くさくて投げ出してしまった。姪には、記憶するか、捨て問にしろ、と言うことにした。


それで、森 絵都の「永遠の出口」を読み始めた。

勉強を投げ出して、本を読み始めるのは、中学時代からの僕の悪い癖だ。


それにしても…、なんという魅力のある本だろう。僕は「装画」の素晴らしさでつい買ってしまったのだが、内容もとてもわくわくするものだった。

一人の少女の思春期を描いたものだが、その描き方が素晴らしい。その少女の生き方がいいし、その思いを、万人に対してまっとうなものにせず正直に書いていることもとても好感が持てる。


多くの場合、作家に最も求められるのは記憶力だと思う。そのときに、自分がどう感じたのか。

森 絵都さんの本は、その辺りがとても正確だ。子供ならではの感覚がある。大人の合理性を抜きにした、でも正直な感覚を彼女は記憶していたのだ。


読みながら、「ああ、そうだったんだよなあ。」と何度も昔の自分を思い直した。

ずいぶんと前に出た本だから読んだ人もいるとは思うけれど、超お薦めです。


それから、そう言えば最近、沢野ひとしの「沢野文具店」も読んだ。暇つぶしには最適。



中学時代のその友人とは、今日の昼に会った。

10年ぶりくらいに会った彼は全体的に氣志團の綾小路みたいな風貌になっていた。この10年で1級建築士とインテリアコーディネーターと1級土木施工管理士の資格を取ったという。その前には宅建も取っている。


彼とは中学時代、いつもトップレベルで理科の点を争っていた。それでも、いつも彼は国語が全くできないので、その差で僕が勝っていた。


「あの頃はさあ、国語ができなくてテストで自分の名前も全部カタカナで書いて提出したりしていたんだよ。そしたら、先生に呼び出されて怒られたんだよ。電報だってカタカナなのに、何でカタカナじゃダメなんですか?って先生に言い返したんだけどなあ…。」と奴は言った。

「俺が先生でも、うるせえ、ちゃんと漢字で書けって言うよ。」


彼とは違う高校だったが、高校生になっても、よく一緒に遊んでいた。

「俺は、あきらめることが嫌いなんだよ。努力はしないんだけどさあ。」

そう彼が言うのを聞いて、ああ、俺たちって昔からそうだったんだよなあ、と思った。

昨日は6時に、今日は8時に仕事が終わった。


週に1度、6時に完全に仕事が終わることは地方のニュースにもなったようで、スナックの女の子から早速「仕事が忙しいからってもう来なくなって4か月になるけど、来週から来れるね。」とメールが来た。


仕事が早く終わることは最近は滅多にないので、昨日は嬉しくなってデパートで買い物をした。

あれこれ買っているうちに、本も欲しくなって買った。


今回買ったのは、絲山秋子の「ニート」、森 絵都の「永遠の出口」の2冊だ。

今はまだカール・ハイアセンの「トード島の騒動(上・下巻)」の下巻を読んでいる最中なのに、ニートだけは気になって、読み出してしまった。


司法試験受験生時代にTさんという友人がいた。彼は東大法学部を卒業し、司法試験を目指していたのだ。短答式試験には5回に3回くらい受かる実力だった。


一口に5回といっても、司法試験の場合1年に1回しかないから、5回受けると5年経ってしまう。

当時はまだ500人しか合格者がいなかったので、合格者の平均年齢も27歳だった。


僕が22歳で研究所に入ったとき、Tさんは34歳だった。

そして、僕が就職してからもずっと、Tさんは司法試験を目ざしていた。


「俺も、こんな試験していなかったらなあ。今頃、どっかの会社の部長にでもなっていたのに。」


Tさんは夜、眠れないからと変なクスリをいつも飲んでいた。それで酒を飲むので、翌日「昨日の夜、電話した話だけど…」と言っても「俺、電話で話したっけ?」と思い出せないこともあった。


ある時など、先輩の弁護士に飯田橋で酒をおごってもらったのだが、気付いたら、パンツ一枚で高田馬場駅で震えていた、ということもあったらしい。


どうも飯田橋で電車に乗った後、自宅と勘違いして服を脱いだみたいだ、と彼は言った。

それから、警察に連れて行かれ、職務質問をされたらしい。「何をしているんだ。」と聞かれたので「司法試験受験生です。」と答えたんだけど、あまり信じてもらえなかったらしい。ただ「出身大学は?」と聞かれたときだけは「東大です。」と胸を張って答えたという。


それから、Tさんは東大の院に入り直した。無形財産権を専攻するのだと僕に言った。

「これからは、そういうのが流行る時代だろ?」

しかし、長いこと実社会とは遮断された法律の世界に住んでいたTさんにはウィンドウズもマックも、何のことか分からないらしかった。

おまけに、その年は短答式試験にも落ちてしまった。教授に「教授からの課題が多すぎて準備期間がなかったからだ」と文句を言ったら「君の場合には、たっぷりと時間があっただろう。」と大勢の生徒の前で言われたと、凹んでいた。


いつもお金がないと嘆いていた。とてもいい人で、一緒にいると楽しかった。社会人になった後、Tさんがあまりに電話で「新聞に出ていた渋谷の風俗の○○って店の○○って女の子が可愛い。」と言うので「じゃあ、俺が連れてってやるよ。」というと「いいよ、新聞で見るだけなら400円だから。」などと言うので泣けてきた。


ニートとは学生でもなく、就業者でもなく、求職「活動」もしておらず、主婦(主夫)でもないという者をさす、そうだ。司法試験受験生とか、下北沢に山のようにいる役者希望の若者など、みな、この定義だと当てはまってしまいそうだ。


僕も就職しなかったら、ニートになっていただろう。

決して人ごとではない気がする。


そして、僕は知っている。その世界は決して、つらい世界ではなく、楽しい世界だということを。

もはや、その世界に踏み込む勇気はないけれど、僕はニートをバカにはしない。


ここで1曲リクエスト、岡村孝子の「夢をあきらめないで」をお願いします。

司法試験受験生時代、この曲に何度励まされたことか…。


あ、そうそう。忘れるところだった。「ニート」って本。前半は今ひとつだけど、中程から面白くなってきます。

それから、ゲッツ板谷の「ワルボロ」。時間が経つにつれて、あの本は名作だ、と思い始めてきた。ぜひ、特に男は読め、と言いたい。


昨日は久しぶりの飲み会だった。

嬉しくなってつい飲み過ぎてしまい、2次会を終えた後でラーメン屋に行ってラーメンを食べたのに、3次会を終えた後、またラーメン屋に行ってラーメンを食べてしまった。

こんなことでは痩せられるわけがない。


昨日はそんなわけで2時頃に寝たのだが、今日はちゃんと7時に起きた。

よく晴れていたので、洗濯をして、服などの整理をした。

それから車のタイヤをスタッドレスタイヤに履き替えて、オートマチックオイルの交換もしてもらった。


オイル交換をしている最中に、ガソリンスタンドの待合室で産業能率大学の通信研修で取っていた「ホームページかんたん作成」コースの問題を終わらせた。

やたらと時間ばかりがかかるコースで、進歩の自覚が持てない。こんなんでわかるようになるのか?と最後まで疑問だったが、当初は何が書いてあるのか分からなかった問題が解けるようになっていたので、少しは効果があったのかもしれない。

後は、清書して提出すればできあがり。今週末には終わるはずだ。

でも、正直、未だにホームページを理解できたとは思えないのだけど。


それから中尾山温泉に行き、1時間ほど温泉に浸かって、家に帰って昼寝をした。本格的に眠ってしまい、起きたら3時過ぎだった。


今日は県民文化会館の中ホールでフラメンコの発表会?があるので、そこに行くことになっていた。

しかしちょうど、大ホールでモーニング娘。のコンサートがあるので、既に駐車場はいっぱい。


あまり躊躇せず、近所の会社の駐車場に車を駐める。

「今日は休みなんだし、平気だよ。」

10年前までなら「これは住居権者の意思に反する立ち入りであり、不法侵入の構成要件に該当する」などとすぐに腰がひけてしまったものなのだが、最近は自分でもあきれるほど図々しい。


フラメンコは思ったよりみんな上手で、衣装も華やかだった。歌もギターもよかった。

もう少し、観客も盛り上がればいいのに、なぜかみなフラメンコを観察しているようで、手拍子一つなく、曲が終わるたびきちんと拍手をするだけなのだった。

「えーと。手拍子とかしちゃってもいいから。一緒に楽しみましょう。」くらい言わないとダメなのかもしれない。


フラメンコが終わって、文化会館から駐車場まで歩いていくと、目の前に大きなえびす講の花火が広がった。

空気が澄んでいるせいか、冬の花火は色鮮やかで、夏の花火よりもきれいな気がする。

しばらく見とれていた。


家に帰ってキムチ鍋を作って食べる。

あまりに大量に作りすぎてしまい、「あのさあ、俺って牛だったっけ?」と自分に突っ込んでしまった。

食い過ぎて腹が痛い。


そんなんで、一日はおしまい。楽しみにしていた休みの一日も過ぎてしまうとあっという間に終わってしまう。


週明けに職場に行くと、隣の課の人が死んだと聞かされた。自殺なのだそうだ。


彼は先週、ずっと残業をしていた。

僕も残業していて、彼のところに来年の予算のことを聞きに行った。


「あのさあ、どうしてこの看板って全部10万円ってことにしてるの?なんか根拠あるの?」

「いえ、別に。」

「ちょっと高くない?」

「一応、県産の木材を使ったりしてますから…。」

「ふーん。そうかあ。じゃあ、俺、上の部署に聞かれたら、看板は少し高いけど県産材の活用のために使っています。本当はいろんな価格のものがあるけど、一番安いのに統一しておきましたって答えるよ。それでいい?」

「ええ、じゃあ、それでお願いします。」

そう言って、彼は俺に笑ったのだ。それが、最後の会話になった。


なぜ、自殺する人間が、残業しているんだ?自殺する人間が残業なんかするのか?

大人しい人だった。でも、僕に必要な書類は全て整えてくれたし、何も知らない僕が、いろいろと聞きにいくと、いつも親切に教えてくれたのだ。

今もなぜ死んだのか理解ができない。



重松清の「その日のまえに」を読んだ。

僕はこの作者と相性が悪くて、今まで「ビタミンF」と「日曜日の夕刊」を読んだことがあるけど、どっちもまったくつまらなかった。強いて上げれば、ビタミンFのなかの「せっちゃん」だけは胸が痛くなったけど、後はどうでもいい話ばかりだった。


彼の小説は、おかずなしにひたすらご飯ばかりを食べさせられているような気になる。新しい世界も考え方も何一つとしてなく、ただたんたんと話が続いていくのだ。


でも「その日のまえに」は、そのたんたんとした話が、かえっていい効果を生んでいるようだ。読むとぐったりしてくる。それが、悲しいシチュエーションに妙に合うのだ。

僕にはまだ妻をなくすということの重さを理解できていないのかもしれないが、それでも、つらさが身にしみた。

でも、結論としてはあまり人に薦める本ではないなあ。


それからゲッツ板谷の「ワルボロ」を読み終わった。

よく、これだけ喧嘩をこなして、やられ続けたものだと思う。そして、よく生き延びてきたと感心する。

始めは読みづらいかと思うけれど、読むときっと(特に男は)感じるところがある本だ。

読みながら、生きるっていうのは、端的に言うとこういうことだと思った。


ゲッツ板谷の喧嘩ばかり、傷(正確には怪我か?)だらけの人生なんて、他人から見たら、死んだ方がましな人生かもしれないけれど、でもそれでも価値があるんだと、僕は思う。

それに人生なんていつ「逆転」があるか分からないんだし、もし、なくたって、生き抜くことに価値があるんだと、僕は思う。


天国でよく、反省しろ!と言いたい。


今日は、アロマテラピー検定1級の受験日。


昨日は人と会ったり、いろんな手続きがあったりして忙しかったにも関わらず、しっかりとそれなりに勉強した。○×式のテストは1600問解いたし、普通の問題も350問以上解いた。


今、数を見て驚いたけれど、もちろん、どの問題も以前に1回は解いた問題ばかりだったから…。


今日の朝、再度の復習を兼ねて実技の香りテストのため、20種類の精油を嗅ぎ分けながら勉強をしていた。スイートマージョラムとかカモミール・ローマンあたりを混ぜた選択肢で出されたら、ちょっと実技はあきらめないといけないな、と思った。でも、それ以外はまず、大丈夫だという自信があった。


試験は午後の2時からだったので、時間には余裕があった。気晴らしに体を動かそうと思って車のトランクの掃除などもしていた。


時刻表を使って、目的地までの行程表を確認して、10時35分頃に家を出た。

大宮まで行く新幹線のなかでは、一応、精油の学名だけ確認しておこうと思っていた。


鞄から問題集を出そうと思って、ふと、今日の会場のことを思った。そしてそのとき頭の中に、稲妻が走った。

「しまった。受験票を机の上に置きっぱなしだ!」

取りに戻ったら、もう試験には絶対に間に合わない。


「またやっちゃったよ。」

気分が沈んだ。


以前も司法試験の受験票を忘れたことがある。そのときは、間違えて前の年の受験票を持って出てしまったのだ。

東京の会場、明治大学理工学部に向かうはずの電車のなかで、試験会場「名古屋大学」という受験票を取り出したときのショックは忘れることができない。

そのときは、会場の係員に事情を説明し、大きく仮というハンコを押した受験票で受験させてもらったが、実力が全然足りずに落ちてしまった。


でも、今回は違う。試験時間は90分もあるが、やれと言われれば今の僕なら12分もあれば90%以上の正答率を出せる自信がある。

それなりの勉強はしてきたのだ。


もし、パスポートのように、「受験票忘れた?じゃあ、受けちゃダメ」と言われたらどうしよう、と思った。

「受験票なんてのは、単なる証拠証券に過ぎないんだから…」などとあまり現実では使えないような手形小切手法の半端な知識が頭をよぎる。

「来る途中の新幹線内で盗まれましたってのはどうかなあ。」などとも思う。

まあ、受けさせてもらえるかどうかは5分5分だよなあ、と思い、いずれにしろ取り乱さないようにしようと思った。それから、持ち物は受験票と鉛筆と消しゴムだけなのに、何でそのうちの一つ(しかも取り返しの付かないもの)を忘れるのだろう、と情けない思いがした。


今日の東京は小春日和で、暖かかった。

巣鴨は昔、三田線沿線に住んでいたので、よく使った駅だ。

巣鴨から三田線に乗り換えて試験会場の西巣鴨まで行くときに、まるで今までの人生が全部冗談で、自分はまだ司法浪人をしているような錯覚に陥った。

彼女もいなかったし、貧乏で時間だけはたっぷりあって、ひたすら勉強していただけだったけど、なぜか幸せだったあの頃。

受験票を忘れたストレスのせいなのか、痛切に、あの頃に帰りたい。と思った。


会場は女性だらけだった。なにしろ、男性用トイレも1つを残して、他は全て女性用に換えられているほどなのだ。

「すみません。受験票を忘れたのですが…。」

案内係に事情を話すと、すんなり仮受験票を発行してもらえた。


試験は香りテストから始まったが、楽勝。2種類のテストだったが、判別に10秒もかからないほどだった。

そして、知識問題も、超楽勝だった。

昨年受けた旅行主任者の試験は、思ったよりはるかに難しく、当日も苦しめられたものだったが、今回は簡単すぎて「もうちょっと僕、悩みたい。」と思うほどだった(これで落ちていたら、笑っちゃうけど)。


帰りの電車のなかでは、ワルボロの続きを読んで帰ってきた。

喧嘩の話が多く、読むと痛くなってくるが、胸にグンとくる話も多い。文章が下手で損をしていると思うが、内容的には椎名誠の「哀愁の町に霧が降るのだ」よりもずっと濃い「仲間」を感じる、リアリティのある小説だ。もう少しで、読み終わる。


正直、受験票を忘れたと気づいてからは、勉強が手に付かなかった。

簡単な試験だからよかったものの、ボーダー上の試験だったら、それだけでショックが大きくて落ちてしまうかも知れない。


これを読んでいるみんなにも、試験のとき鉛筆は忘れてもいいから(あとでコンビニで買える)、受験票は忘れない方がいいよ、と伝えたい。

本を読むときは、大抵、何冊か同時進行で読んでいる。今読んでいるのは、重松清の「その日のまえに」、ゲッツ板谷の「ワルボロ」、J・P・ホーガンの「星を継ぐもの」の3冊。


「その日のまえに」は死についての小説だし、「ワルボロ」は作者の不良時代の自伝的な小説。そして「星を継ぐもの」は有名なSF。これだけジャンルも方向性もバラバラだと、ストーリーを混同することもない。


今週末には、アロマの試験があるので、実際にはほとんど今は読んでいない。また、今はいろいろな仕事が重なって、だいたい午後の10時30分前には帰ることができないので、読む時間がそもそもない。


それでも最近、甘糟りり子の「肉体派」を読み終えた。

「肉体派」の表紙には太った女性が写っており、帯には「この脂肪が消えてなくなれば、もっと幸せになれるの?」の文字が…。


実は、ダイエットにはとても興味がある。

ひとつは、ダイエットと幸せの相関関係で、ダイエットすると本当に幸せはやってくるのか、という問題。

帯には、そのことについて書いてあるけど、本の内容はスポーツジムを巡るいろんな人間模様って感じで、必ずしもそのことをズバッと書いているわけではなかった。


それともう一つ興味があるのは、もしダイエットをするなら、どうするべきなのか、という問題。

一般論はともかく、僕自身はもう少し痩せるべきなのだ。


そして、この本によると…。


1 脂肪を減らすには、まず、筋肉をつける。減らすためには、とにかく体を鍛え、肉(タンパク質)を食べ、筋肉をつけることが必要。


2 筋肉が付きだしたら、食事制限。食べていいのは鶏肉(皮を除く)。魚介類全般、根菜以外の野菜、カッテージチーズ、卵の白身、ブラックコーヒー、ダイエットコーク、水のみ。


ただ、この方法を取ると、糖分が脳に行き渡らないため、注意力が散漫になったり、想像力が湧かないのだとか。僕のようなサラリーマンには難しそうというのが正直な感想でした。


ダイエットでは筋肉をつけるよりも先に食事制限というのはあまり意味がないらしい。

というのは食事制限をすると、まず筋肉が落ちて脂肪だらけの体になるので基礎代謝が減ってしまうからなんだって。

うーむ。なるほど。

本自体の面白さは?だけど、体の仕組みとかは考えさせられた。


それから、最近アロマの勉強をしていて気付いたことがある。

それは、どうして金縛りの状態になるのかということ。


僕は今まで1度だけ金縛りにあったことがある。岡田有希子が死んだ直後で、毎晩ふざけ半分で「幽霊でもいいので、僕のところに来てください」と祈っていた頃だったので、心底怖かった。


そのとき、叫び声も上げられず,体がまったく動かなかったので、すごく慌てたのを覚えている。


その経験のあと冷静な頭脳で考えて、夢か何かで恐怖感を覚えて、それで、たまたま体が動かなかったんだろう、と分析していた。


アロマでは睡眠についても勉強する。


睡眠には2種類あって、1つはREM睡眠(Rapid Eye Movement(急速眼球運動)の略)、もう一つはNON-REM睡眠というらしい。


そしてNON-REM睡眠時には、大脳が休んでいる。この間は夢を見ない。

そして、REM睡眠時には大脳が動き、夢を見ている。そして、その間、骨格筋が著しく緩んでいる。


おそらく、金縛りに遭うのはREM睡眠時で、やはり夢の続きなのだ。そして、夢を見ている間、骨格筋がもっとも緩んでいるので、体が動かないのは当然。


ああ、そうなっていたんだあ、と思いました。


あと、最近招待券をもらったので、「私の頭の中の消しゴム」という映画を観た。

悲しい映画なのだが、僕には幸せな生活の描写が印象深すぎて、映画を観ながら「いいなあ。」などと思っていたので、泣くこともありませんでした。


山登りをしていた頃、セキネという友達がいた。講談社のブルーバックスと宇宙英雄ペリーローダンシリーズをこよなく愛する男で(ちなみにペリーローダンは今日見たらもう313巻!に達している。あいつ、まだ読んでいるのかなあ。)僕たちは一緒に山に登るたび、SFや科学の話をしていた。


夏合宿は一緒に北海道の山に入った。夏だというのに北海道の山には残雪が多く、体が芯から冷えた。

頂上まで登っても、ガスで何も見えず、なんのための山登りなのかも分からなくなっていた。

道がはっきりと付いているので、途中からは地図も読まずに登っていた。

先輩に「次にどの山に登るのか言ってみろ。」と言われ「大雪山」などと答えると「それがこのピークだ。バカヤロー」と怒られたりした。

そのくせ、「先輩、この花って何という名前ですか?」などと聞くと「名を知るより、心を知れ」などと答えが返ってくるのが常だった。


2週間も山に入っていたので、ガスボンベは使わず、もっぱらホエブスを使用していた。ホワイトガソリン(僕たちは白ガスと呼んでいた)を燃料にしたボンベで、まずメタという固形燃料をホエブスの上で燃やし、ある程度、気化を促進してから、ポンプで圧力をあげて火をつけて使った。


手が切れるように冷たい雪解け水で食器などを洗っているときに、セキネが来ていつものように科学の話をしていた。

そして何かの話の最中に、セキネが「でもさあ、若い頃の苦労って買ってでもしろっていうじゃん。」と言った。

「うるせえよ。じゃあ、俺のホエブス明日おまえに持たせてやるよ。」そういうと、「ふざけるな。自分で持て。」と言ってテントに帰ってしまった。

ホエブスは重かった。ザックには重いものを上に積むので、いつも頭の後ろにホエブスがあってシャクの種だった。


そのホエブスももう、市場にはないそうだ。僕が大好きだった安くて温かいハンガリー製の手袋(僕たちはハンガリー手と呼んでいた。)ももう売られていない。セキネは大蔵省(現財務省)に入ったが、それから何をしているのか、もう連絡も取っていない。


スヴォミール・ラウィッツの「脱出記」を読み終わった。

シベリアから7人で脱走し、逃げ出すまでの過程はそれなりにスリルに満ちていたが、バイカル湖で17歳のポーランドの少女が合流してから、俄然、話が面白くなってきた。

彼女の両親はウクライナの農民に虐殺され、彼女自身も逃げている最中にソ連に捕まり、コルホーズでの強制労働をさせられた。そして、そこの監督官から強姦されそうになり逃げていたところを、偶然彼らと合流したのだ。

8人はソ連の国境を越え、モンゴルに入り、そして水も食料もないままゴビ砂漠を経て、ネパールを越え、インドまで脱出しようとする。

当然、犠牲者も出て、その悲しさに胸が痛くなる。


読み終わってから、温泉に行き、ぼーっとしていた。

彼らに比べれば、僕の今までの苦労なんて大したことないなあ、と思ったが、山登りの経験から、作者のつらさを少しは共有できて、ああ、セキネの言うとおり、若いときの苦労(ホエブスの運搬とか)は積んで正解だったなあ、と思った。