宝くじ売り場に行ってロト6の広告を見るたびに、選択さえ間違わなければ、人生というのは本当に些細なことで変わってしまうよなあ、と思う。

ロト6なんかたった6つの数字を組み合わせるだけで(もちろん、それが当たっていればだけど)、数億円が手に入る。もし手に入ったら、人生は大きく変わるはず。


本屋に行って本を選んでいるときも同じ思いがする。この膨大な情報の中から、どれかとどれかを組み合わせれば、僕の人生ががらっと変わるのではないかと。


でも、実際にはそんなこともなくロト6では1つの数字も当たらず(これだけ外すのも才能だろうか?)、本は僕の人生をほんの少しだけ変えてくれるだけだ。それもいい方向なのか悪い方向なのかもわからないまま。



村上春樹の短編集「東京奇譚集」(新潮社)を読み終わった。

そのなかの一編「ハナレイ・ベイ」で、主人公の女性が頭の悪い日本の若者に説教をするシーンがある。

「女の子とうまくやる方法は三つしかない。ひとつ、相手の話を黙って聞いてやること。ふたつ、着ている洋服をほめること。三つ、できるだけおいしいものを食べさせること。簡単でしょ。それだけやって駄目なら、とりあえずあきらめた方がいい。」


ああ、その3つだったのか。と読みながら思った。僕はいつも3つ目しかしなかった。

その3つだったとは知らなかったよ。

ロト6で外したときと同じ気持ちになった。


昨日は雨の中、女の友達と戸隠の中社までそばを食べに行った。店の名前は「うずら家」といい、戸隠では有名な店なのだそうだ。そばがきを食べ、とろろそばを食べ、仕上げにざるそばを食べた。二日酔いで気分が悪かったにも関わらず、今まで食べたどのそばよりもうまくて完食した。店の人にも「たくさん食べて頂いて。」とお礼を言われた。

中社は雪の中に埋もれていた。お参りをするにも凍った雪の上を歩いて行かなくてはならなくて大変だった。

今年はいい年にしたいなあ、と思った。


そして、今日は松本の友達の職場までスキー靴をもらいに行った。松本は青空が広がっていて気持ちがいいドライブだった。

日本酒と引き替えに靴を受け取ったのだが、ふと気になって「この靴って幾らくらいの靴なの?」と聞いたところ「レース用の靴だから、75,000円くらい。」だとのこと。2,000円程度の日本酒ではあまりにバランスが取れないと思ったので、車に乗っていたスヌーピーのばかでかいぬいぐるみもあげることにした。

2月には4人目!の子供が生まれるらしい。

「誕生祝いということで。」

「本当は、どこかのねえちゃんに買ってやったんじゃないの?」

「俺、もうそういうことあんまりしなくなったんだよ。」



川上弘美の「センセイの鞄」(文春文庫)も読み終わった。

淡々と、そして段々と恋に落ちていく。

若者にはない、ゆっくりとしたその風情が確かにいいなあ、と思う。


でも、僕にはこういう恋愛は無理なのだ。

自分にも他人にも、一種のあきらめがないとこういう性格にはなれないと思う。センセイも主人公の女性も、何も頑張ろうとしない。ただ、流れていくだけなのだ。そこがいいんだけど。


僕はまだ、この境地に辿り着くのは早すぎる。まだ僕は自分を伸ばせると信じている。欲が捨てきれないし、他人の評価がまだまだ気になるお年頃なので。


あと、センセイがパチンコをするシーンの描写はどうも半分は想像で書いているようで、微妙にヘンテコだった。でも、とってもいい本です。僕もいつかは、こういう性格になりたいなあ、と思ったし。


それから「007ムーンレイカー」をDVDで観た。うーむ。

暇つぶしを目的に大金をかけて作った映画にしか思えない。ばかばかしいし。


先日、東京で食事をした女性が「私、映画好きな人が好きなんです。でも、ハリーポッターとか観て、映画好きとか言っている人は全然駄目で、アル・ルーバン監督(だったっけ?)の新作が観たいとか、そういう話ができる人がいい。」と言っていたのを思い出して「その気持ちわかるなあ。」と少しにんまりしてしまった。


でも、実際に話をしていたときには「ああ。アル・パチーノの弟でしょ。」とかつまらない茶々を入れて怒られていたんだけど。


自分を振り返って改める点は多いんだけど、とりあえずは「相手の話を黙って聞くこと。」から始めてみようと思いました。

スキーに行かないことにしたので、3連休は暇だった。

それで富山県にドライブに行くことにした。

富山県に行っておいしい、きときとの寿司をたくさん食べようと思った。


「富山県においしい回転寿司があるんですよ。」と言っていた女の子を誘った。

今日の天気は快晴。雪景色が眩しくて、美しい。

富山県に入ると青空の下に雪をかぶった立山連峰がくっきりと見えた。


高速道路は魚津インターで降り、それから辺りをドライブしながら富山市内へ。

遠回りをしたが、目的の寿司屋にはたどり着くことができた。


「本当にうまいのか?ここ?」

寿司屋はいかにも回転寿司、という感じの安っぽい造りだった。

それでもブリを食べる。確かにうまいような気もする。

「これ、おいしいですよ。」

「それはカナダ産のサーモンだろう?」

「私、何食べてもおいしいんですよ。」

「…。」


10皿ほど食べた。味はうまいのか微妙だったが、2人で腹一杯食べて3000円程度は安いのかもしれなかった。


その後、PLANT-3というスーパーに立ち寄り、大きなスヌーピーのぬいぐるみを買った。

背丈が90センチもある大きなぬいぐるみだ。4000円程度という安さに目が眩んでしまった。

いったい、俺はこのぬいぐるみを何に使うのだろうか?

「抱き枕に使えばいいじゃないですか。」

「抱き枕ねえ。」あまり気乗りがしない。


魚津水族館に立ち寄る。車から降りるとき、財布が見当たらず、少し騒いだりしたけれど、思いがけないところから見つかって一安心。


水族館では、かわいい受付嬢以外にあまり魅力を感じなかった。全体に水槽のトーンが暗いのだ。

「魚って、こんな環境に暮らしているんだ。」

「よかった。俺、魚じゃなくて。」

そんな会話が聞こえてきそうだ。


ただ、クマノミとイソギンチャクの水槽は、僕もいつか持ちたいと思っているだけに、興味深く見た。この水槽は明るく、イソギンチャクも白くて、クマノミの色とマッチしていてとてもよかった。


ついでに、近くにある魚津埋没林博物館にも立ち寄る。

建物のデザインはなかなかいいが、この陳列物ではお客は呼べないだろうと思った。


博物館で10分間の映画「蜃気楼」を見る。

僕の中では蜃気楼も逃げ水も同じ仲間なので、それほど感動しない。今どき蜃気楼を見て不思議だなどと思う人がいるのだろうか?

「蜃気楼」がいいのなら、「虹」とか「ブロッケンの妖怪」とか「夕焼け」なんかも作れそうだ。

ただ、上映施設は素晴らしい。

カリフォルニアを旅行したときに、自然科学館などに寄って短い科学ドキュメント映画を観たが、そんな施設にそっくりだった。


それから、長野に戻ってタイ人の経営するタイ料理の店に行き、グリーンカレー、生春巻き、アサリのスパイス炒め、鶏肉のレモングラス風味などを食べる。

グリーンカレーはうまくて辛くて幸せな気分になった。ここのコックは本当に料理が上手だ。

「おいしい。おいしい。」

彼女も喜んでいた。


たまにはこんなドライブもいいなあ、と思った。

父親が死んだのは僕の20歳の成人の日だった。

大学が冬休みになってから、僕はずっと昼間の間、父の病室で本を読んでいた。


医師には、できるだけ早いうちに重要な話を済ませるように言われていた。だんだんと頭の働きが鈍くなりますから、と。でも、大した話はしなかった。


「おまえは将来どうするんだ?」

「弁護士になろうと思っている。」

「学者の方が向いていると思うけどなあ。」

今、思うと父親は正解だった。結局、弁護士にもなれなかった。父親の言うとおり、学者になればよかったよ。


あと1か月の命だと、父親には最後まで伝えなかった。


早稲田出身の父親は早稲田のラグビーを観るのが好きで、僕も小さな頃から一緒に観ていた。昔は怪我をした選手がいても、ちゃんとした治療をせず、やかんの水をかけておしまいだった。

「あのやかんの水をかけると、骨折していた選手も立ち上がって、戦えるんだ。あれは魔法の水と言うんだ。」

そんなインチキな話を聞いていた。今考えると、ひどい話だ。


今では伝説となっている雪の早明戦。

縦に突進してくる明治の重量フォワードを早稲田が、必死で耐える。

何度も早稲田のゴール前で5メートルスクラムが組まれ、明治が押し、早稲田が耐える。

雪の中で組まれたそのスクラムから、汗が大量の水蒸気になって、もうもうと立ち上がる。

圧倒的な迫力だった。明治の執念と、早稲田の抵抗。


僕は、それを父親と病室で観ていた。

1年生の今泉や堀越の活躍を観ながら、俺も頑張らないといけない、と思っていた。


1月になると病状が進み、脳に酸素が行かなくなって、だんだんとおかしな発言をするようになってきた。

僕には「次のラグビーの試合はいつだ。」と2時間おきくらいに聞いてきた。

「もうすぐだよ。」

聞かれるたびに答えていた。


意識を失ってからは、病室からテレビも運び出された。僕はずっと父親の隣に座っていた。

人工呼吸器が取り付けられ、機械の力で呼吸をしていた。ときどき目を開けたり、涙を流したりするので、手を握る。医師の話では、でも、もう意識はないとのことだった。


僕の成人の日には、ラグビーの日本選手権があった。

夕方、姉が病室に来て「お父さん、早稲田勝ったよ。」と言った。早稲田は東芝府中を破って日本一になった。それ以来、日本選手権で学生が社会人を破ったことは一度もない。

それから2時間ほどして、父は死んだ。


成人の日と聞くと、僕の頭にいつもよぎるのは、父親と観た、あの雪の早明戦であり、東芝府中戦である。東芝府中戦を僕は見たはずがないのだけれど、なぜか父親と観たような気になっている。


僕は祝ってもらうことが嫌いなので、成人式なんかあっても出なかった。あのとき、父親と観た早明戦が、僕の成人式だったことに僕はしている。それで、僕は十分。


今日、早稲田は大学選手権を勝った。圧倒的な強さだった。伝統的には早稲田はフォワードが弱くバックスの展開力が優れていたのだが、展開力にプラスしてフォワードが力を持ったら、とてつもなく強いチームができてしまった。


次は日本選手権。早稲田に頑張ってもらいたい。

スキーリフトの無料券が手に入ったので、久しぶりにスキーに行こうかな、と思った。

一応、昨年も行ったが、それは韓国の人にスキー場を紹介するためだった。

だからスキーもしたけれど、熱気球に乗ったり会議もあって、なかなかスキーには集中できなかった。

仕事なのだから当たり前なのだけど。


実家には、スキー用具が一式あるがもう、すっかり古くなっている。

使えるのはストックぐらいだろう。


そんなわけで、スキー用具を買いに行こうと思った。

スキーに詳しい友達に電話をして助言をしてもらう。

彼は、スキー1級とか2級とかといったレベルではなく、そのスキーの級を判断する検定員の資格を持っているのだ。


「板なんか、なんだっていいんだよ。短めで、カービングのカーブのきつくないやつなら。問題は靴だよ。足が痛くなってくると耐えられないからな。」

「特に、どうやって選んだらいいんだ?」

「メーカーによって特徴があるんだよ。俺みたいに甲高幅広の足ならアトミックとかがいいんだけど…。」

「あ、俺もそうだ。」

「じゃあ、1足余っているのがあるから、やるよ。履いてみて合ったらそれを履けばいい。まともなスキー用具全部揃えたら、10万はいくぞ。」


彼が靴を実家から持ってきてくれるのは、15日だという。スキーをするのはまだまだ先になりそうだ。



結局、昨日の休日は本を読んだりジムに行ったりして過ごした。

読んだのはジャック・リッチーの「クライム・マシン」(晶文社)。短編集である。


クライム・マシンはさほど感心しなかったが、「ルーレット必勝法」から「縛り首の木」までは見事な作品ばかりだ。


「ルーレット必勝法」はギャンブルを知れば知るほど納得できる短編だ。本当の必勝法は、これしかない。演技力のない僕には無理だけど。


僕は今まで、ラスベガスを始めとしてソウル、リヨン(フランス)、シドニー(オーストラリア)、ラスベガスなどでカジノに行ったことがある。


勝ったり、負けたり。


オーストラリアでは泥酔した友人が知らない間に警備員に連れ去られた。

パリでは、バスに乗っているときに「カジノ」というの看板を見つけたので、ホテルに着いた後、ジャケットを着て大喜びで出かけていったらカジノという名前のスーパーだった。カジノは大きなチェーン店らしく、プチ・カジノというコンビニまであった。

その話を聞いた通訳がおもしろがって、リヨンの市長に話したら、市長が本当のカジノに行く大型バスを手配してくれた。50人乗りのそのバスに乗ったのはたった4人。このときは鼻血が出るくらい負けた。

パリの郊外の競馬場にも行った。シャリオット・レースというものを初めて観た。


ギャンブルを通していろんな経験をした。


いろいろな必勝法といわれるものを試したり、ブラックジャックでは自分でも編み出した。しかし、ブラックジャックのその方法は、ソウルでは規則で禁止されていた。


話がそれてしまった。

後半「カーデュラ探偵社」からは暇つぶし程度の作品ばかりになってしまうが、まあまあお薦めできる本だと思う。

年末は、実家に帰った。

小さな頃は、大掃除を頑張ったものだが、最近はすっかり手を抜いてしまい、寝ている時間の方が長い。

「窓ふき?今度の夏にやるよ。」

母親が不満気なので、家を出て、墓参りなどに出かけていく。

線香を上げて、空を見上げる。素晴らしい青さだった。


実家に届いたお歳暮を開ける。

三重の生牡蠣と蛤、兵庫のカニ、福井の甘エビなどが届いていた。


早速、高校生の姪を呼んできて、牡蠣の殻を開ける。

最近の生牡蠣は細い針金がついていて、それを引っ張ると牡蠣の貝柱が切断されるようになっている。

簡単であっけないほどだ。


「私の家は、昨日もカニだったんだ。今日もいくらが届いていたし。毎日、こんな料理が続くのかあ。」

姪はため息混じりで言う。

「あのなあ。」

つい、おじさんは怒ってしまうのだけど。

でも、わかる。おじさんも今では経験から言える。エビとカニは飽きる。


「牡蠣は飽きないだろ?」

「うん。牡蠣は飽きない。不思議だねえ。」


牡蠣の殻を剥きながら、ときどき、つまみ食いをする。海の香りが口いっぱいに拡がって、姪と顔を合わせて笑ってしまう。


日本酒に炙ったフグ?のヒレを入れてヒレ酒にする。

そんな風にして「うまい、うまい」と言いながら、年末を過ごした。


で、今年になった。

新年の抱負はこんな感じ。


1 アロマテラピー・インストラクターの資格を取る。

2 英検2級を取る(今まで英検って受けたことないから。)。

3 TOEICで730点以上を取る。

4 ジムに週に2日くらい通う。


新年になって、携帯の着信音もナックのマイ・シャローナからトゥルー・ロマンスのテーマに換えた。

バカみたいな曲から、静かな曲に変わって気分も少し和らぐ。

待ち受け画面も姪に変えてもらった。

姪は先月の1か月間に890件のCメールを発信したという。携帯電話については、本当に詳しい。

「暗闇で鍵穴を見つけるには、携帯のフォトライトを使うんだよ。」

他にも携帯電話のいろいろな使い方を教えてもらう。

ギャル語の手ほどきもしてもらった。世界一、役立たない知識であることは間違いないけど。

それが、昨日の話し。


今年はいい一年にしたいなあ、などと思っていたら、今日は朝からいきなり風邪をひいて高熱が出てしまい、今も気持ちが悪い。

でも、実家から運転して宿舎に戻ってきた。

運転している最中にも、ときどき意識が遠くに行きそうで大変だった。


人生はままならないものだ。

今後もいろいろあるだろうけど、でも頑張ろうと思う。

クリスマスだというのに、何もないと嘆いていたら、スナックの女の子が家に車で迎えに来た。

スナックでクリスマス会をするのだという。


路面が凍り付いているのだが、彼女は「キュイーン」などと言いながらスピードを上げる。

「大丈夫なのかよ。」

「大丈夫。大丈夫。それより、この前、マスターに送ってもらったとき1000円渡したんだって?」

「まあな。でも、それは君がそのくらい出すべきだって…。」

「私なんか何度も迎えに行っているのに、一度も払ってくれないじゃん。」

「はあ?」

「それにこの前、私の体触ったし。」

「それは、マッサージしてって頼まれたから…。」

「いいけどさあ、この車のガソリン代払ってくれないかなあ。私の体、マッサージするのに5万円払ってもいいってお客だっているんだよ。」

「なんでもかんでもお金で計算するな!俺に関係ないだろ。」

「クリスマスなんだし。私、あんたにクリスマスプレゼント買ってあるんだよ。私に何か買ってくれた?」


結局、6000円のガソリン代を払わされた。プレゼントはトミーフィルフィガーの靴下1足。



森絵都さんの「いつかパラソルの下で」(角川書店)を読む。

厳しい教育を受け、家を飛び出した主人公の気持ちがよくわかるような気がした。そして、親を恨む不毛な気持ちの愚かさも。親のせいにしても何も解決しないのだということも。


読んでいるうちに佐渡に行きたくなった。イカイカ祭りなんて楽しそうだ。

いつか食べることと飲むことの好きな人(女性)と行きたいと思った。


話は全然変わるけど、今年、僕が読んだ本のベスト10はイカのとおり。じゃなかった。以下のとおり。


1 「いつかパラソルの下で」 森 絵都 (角川書店)

これは、「永遠の出口」(集英社)も併せてって感じだけど。どうしても読んだばかりだから、よく感じるなあ。


2 「サウスバウンド」 奥田英朗 (角川書店)

本を読むことのわくわく感を感じられたからなあ。


3 「風味絶佳」 山田詠美 (文藝春秋)

まあ、文句なしだよなあ。


4 「穴」 ルイス・サッカー (講談社)

児童書なんだけど、単純に面白かったから。


5 「袋小路の男」 絲山 秋子 (講談社)

これも「イッツ オンリー トーク」(文藝春秋)も併せてって感じだなあ。面白かった。


6 「宮殿泥棒」 イーサン・ケイニン (文春文庫)

別に新刊じゃないんだけど、知的で面白かったんだよなあ。


7 「著者略歴」 ジョン・コラピント(ハヤカワ・ミステリー文庫)

面白かったなあ。映画化されるみたいだけど、本の方が面白いと思う。


8 「ナラタージュ」 島本理生(角川書店)

恋のつらさがわかる本。最後の無理矢理ハッピーエンドはどうかと思いましたが。つらい部分は共感できる。


9 「ワルボロ」 ゲッツ板谷(幻冬社)

殴られる痛みをこれほどリアルに感じる小説もないと思うなあ。


10 「夜のピクニック」 恩田 陸(新潮社)

俺も、もっと早く大人になっていればと思いました。


その他にも、「少年時代」 ロバート・マキャモン(ソニーマガジンズ)、「星を継ぐもの」 ジェイムズ・P・ホーガン(創元SF文庫)、「ふたりジャネット」 テリー・ビッスン (河出書房新社)あたりが面白かったなあ。


村上春樹「海辺のカフカ」(新潮文庫)なんかもまあまあだったけど。天童荒太の「永遠の仔」(幻冬社文庫)なんか話題にもなったし、長くて(全5巻だったっけ)頑張って読んだ割には、最後までつまらなかったなあ。


実は、読んだだけで忘れている本もあると思うけれど。でも、こんな感じでした。


東京へ出張に行くことになった。1泊2日で会議を4つ掛け持ちする。


会議で使う資料を受け取る。300枚近くもあるので、東京の事務所でタイトルを付けPDFファイルに変換して共有サーバーに突っ込む。これで、田舎の職場でも、資料を印刷できる。


久しぶりの東京は暖かくて春のようだった。ブーツを履いて、ワイシャツの上にセーターを着込んでいた僕は、会議室のあまりの暖かさに、気分が悪くなるほどだった。


今日の分の会議は6時頃に終了した。

友達の女の子と四ツ谷駅のアトレで待ち合わせる。


彼女と会うのは1年ぶりくらいだろうか?

最近は、韓国ドラマの仕事をしているらしい。「毎日、韓国ドラマを観ているから、韓国料理が食べたい。」と彼女は言った。

「俺は、あんまり食べたい気分じゃないけど。ちょっと遠ざかりたい気分なんだよね。」

それでも、以前、よく行っていた四ツ谷三丁目のお店まで歩く。会議の資料が重くて、腕がちぎれそうだ。


忘年会シーズンだからだろうか。店はどこもいっぱいだった。目的の店もいっぱいで、さすがにがっかりした。

「いいんじゃない?もう。つぼ八かどこかで。」

「もう少し探してみましょうよ。」


四ツ谷三丁目は数多くの料理店が並んでいた。

「こんなに店があるんだ」久しぶりに夜の東京を歩いているうちに楽しくなってきた。


新宿区丹町3番地にある「ハレルヤ亭」という韓国料理の店に行く。ちょうど団体客が出るところで、席も空いた。


酎ハイを飲み、サムギョプサル、コリチム、ユッケ、スンドゥブチゲなどを食べる。今まで、日本で食べた韓国料理のなかでも抜群にうまい。スンドゥブチゲは優しい味であまりのおいしさに幸せな気分になった。


お店で働いている女の子も可愛かった。

「俺、ああいう女の子が好きなんだよ。」

「なんか、いい感じの子ですよね。」


店はいっぱいだったが、閉店時間が近づいてきたのか、最後は僕たちだけになった。デザートにスジョンガが出てきて、それを飲む。賄いが始まったのか、奥のテーブルでは、働いていた人達も食事を取っていた。


会計をするときに、女の子に「あなたは、とても可愛いですね。僕たち、そう話していたんですよ。」と言うと、恥ずかしそうに笑った。

「こんなところで、ナンパしないように。」と友達からは注意された。


お店の人が全員で見送ってくれた。女の子を褒めたせいなのか、お店の人たちは「あなたたち、本当にかわいい。」とあまりよくわからないほめ方をしてくれた。


それから、四ツ谷のママス・アンド・パパスまで歩いて行き、うさぎを食べ、ラムベースの不思議なカクテル「モヒート」を飲む。グラスの中のペパーミントの葉をつぶしながら飲むのだ。


「韓国ブームってもう冷める、なんて言われながら定着しちゃったじゃないですか。だから、もう韓国の仕事が多くて。毎朝10時半に出社して、夜は毎晩、終電ですよ。土日もですよ。休日なんて、最近全くありません。それでいて、残業代は出ないし。今度の3連休も全部出社です。」

「そっかあ。俺、君の友達で本当によかったよ。俺、イブももう何にも関係ないし。連休の予定がなくて世界中で一番かわいそうだと思っていたけど。よかった。俺より下の人がいて。君の友達じゃなかったら、俺が一番下になっちゃうもんね。」

「ふざけるな。来年こそは仕事やめて、上に行ってツバはいてやりますよ。」と言って彼女は笑った。


東京は夜も暖かかった。頑なだった心が、おいしい料理を食べて笑っているうちに溶けてしまった気がした。人はこうして快復していくのだ、と思った。


仕事をしていると、スナックで働いている女の子からメールが来た。

「今日9時半ころいえにいる?肩こりひどくてマッサージしてほしいんだけど。」


仕事がとりあえず終わったのは9時だった。タクシーに乗って帰る。路面では雪が凍り付いていてタクシーは何度も軽くスリップした。


家について着替えていると、彼女がやってきた。

「私も着替えるから、スウェット貸して。」

彼女は着替えて、ベッドに横になった。

「早く、肩もんで。」


アロマポットを灯して肩を揉んでやる。サンダルウッドとクラリセージの香りが拡がる。

「本当、あんたマッサージは天才だよ。仕事やめてマッサージの資格取ったら?」

「やだよ。俺、若い女の子の肩しか揉みたくないし。」

「ねえ、変な気は起こさないでよね。私、もう今日、済ませてきたんだから。」

「起こさないよ。」ため息が出る。


「ため息つくのやめてくれない?」

「あのさあ、俺、女に振られたばかりなんだよ。」またため息。

「なに?その女ってそんなにいい女だったの?年は?」

「君よりは上。」

「かわいいの?私より美人?」

彼女は一見すると矢田亜希子に似ている。そう言うと喜ぶ。藤本美貴にも似ている。そう言うとムッとする。

「美人とかそういう問題じゃないんだよ。」

背中をマッサージする。ため息が出る。


「こんな24歳のピチピチの肌を触りながら、ため息をつくってどういうこと?私、かわいそう。」

「触るって、マッサージしてるだけだろ?」

「あんたねえ。私にマッサージできるって、すごいことなんだよ。数万円は出すお客だっているよ。ねえ、その子から、好きとか言われたことあるの?」

「うるさいなあ。ないよ。」また、ため息。


「ねえ。本当にため息つくのやめてくれる。今度から、ため息つくごとにお金取るよ。不幸がうつる。」

「うるさいなあ。」

「私は、今まで振られたことってないんだよね。振られたらどんな気持ちになるの?私も振られるときってあるのかなあ。」

「あるよ。きっと。俺だって、今までなかったんだから。」またため息。


「今度、ため息ついたら、私、もう帰るから。人の体触りながら、そんなおばさんのこと思い出すなんて失礼じゃない?」

「おばさんって言うな。」

「だって、私に比べたらおばさんでしょ。」

「そりゃそうだけどさ。」


「彼女のどんなところがよかったわけ?私はさあ、一人の男に愛されるより、多くの男に愛されたい。そっちの方が絶対得だよ。」

「そうかもな。」

「振られて、もう2週間くらいは経つんでしょ。まだ好きなの?」

「はああ。」


彼女の腰の辺りを揉みながら、今までにない大きなため息をついてしまったので、彼女は怒って帰ってしまった。


昨日も仕事に行った。

思ったよりも自分の宿題は少なかったのだが、たまたま職場にいたせいで、他の課の人から思わぬ宿題を出されてしまい、なかなか帰ることができなかった。


雪が降り出しそうだった。寒波がやってくるのだと天気予報でも言っていた。

どうでもいいや、そんなこと。


職場から帰る途中でいろいろと買い物をしてきたので、荷物も多かった。

それで車を駐車場ではなく、宿舎の前に停めた。

まあ、明日、クリーニング店に行って、それが終わってから駐車場に停めよう、と思っていた。

今晩、一晩くらい路駐しておこうと。


今朝、雪かきをする音で目が覚めた。

窓を開けて外を見ると、小雪の中7、8人の人が宿舎の前の雪かきをしている。

5センチメートル以上雪が積もったら、雪かき当番の人は宿舎の周りの雪かきをしなければいけないのだ。

慌てて、雪かき当番表を見る。

大丈夫、僕は違っていた。


問題は車だった。あんなものが、停まっていたら雪かきの邪魔だろうなあ、と思った。

それでなくても、この宿舎に住んでいる人から宿舎の前に週末、駐車しっぱなしの人がいて困る、と苦情の回覧板が回っていたばかりなのだ。


「どーもすみません。」と言いながら、取りに行こうかとも思ったのだが、それも面倒だと思った。

雪かきはもう30分ほどで終わるだろう。終わってから取りに行こうと思った。


雪かきの音が良心をちくちくと責めるので、シャワーを浴びに行った。

シャワーから出るともう、雪かきは終わったらしかった。


車は雪に埋もれていた。

フロントガラスの雪をどけると、見つからないようにすぐに車を走らせた。

コンビニとクリーニング店に行き、今度はちゃんと宿舎の駐車場に停める。

朝から一仕事、やり終えた気分だ。


昨日買ってきた、スパイダーマンとソードフィッシュのDVDを観て、「容疑者Xの献身」東野圭吾(文藝春秋)を読む。


スパイダーマンは単純に面白かった。

ソードフィッシュも悪くはなかった。でも、どちらも人には薦めないなあ。

「容疑者Xの献身」も面白かった。

トリックの存在すら気付かず、はじめから結論がわかっているコロンボみたいな小説だなあ、などと思っていた僕は愚かな読者だった。たっぷり暇がある人には、お薦めできるけど。


最近、何をしていても、空しい気ばかりがする。

仕事は仕事で嫌なんだけど、暇なときも何をしていいかわからない。

アロマテラピーの本を眺めたり、ダンベルで体を鍛えたりしている。

空しいときに効くアロマは僕も知らない。


昔、山登りの仲間が部室で「何かいいことないかなあ。」と呪文のように唱え続け、「何かいいことないかなあ教」を立ち上げるのだ、などと言っていたことをぼんやりと思い出した。


…何かいいことないかなあ。


今日は人間ドッグに行った。

毎日、職場にいても仕事が次々と来て余裕が全くないのに、職場から離れて人間ドッグなんかに行っていていいんだろうか?と思ったけれど、強引に行ってしまった。

俺の亡き後、嵐よ来たれって気分だった。


待ち時間がたくさんあることは想像できていたので本を持っていこうと思い、山田詠美の「風味絶佳」(文藝春秋)を持っていった。

いろんな雑誌や新聞で、いろんな人が今年度ベスト10を選んでいたけど、どのベスト10の中にも必ず入ってくる本で、興味があった


昔、山田詠美の「僕は勉強ができない」を読んで、何を書いているんだこいつは!と腹が立って、本をゴミ箱に捨ててしまったことがある。つまらない本を書く作家だとその頃は思っていたのだが。


最初の2編はどうとも思わなかったけれど、タイトルになっている風味絶佳のあたりから、すごい本だというのがわかってきた。海の庭、アトリエと読み進めるうちに、「ああ、いいなあ。」と思い始めてきた。


最後の春眠も素晴らしかった。読み終わって、最初の2編を振り返ると、確かに素晴らしいのだ。ああ、いい本だと思った。


昼休みには売店に行って森永のミルクキャラメルを買って食べながら読んでいた。キャラメルが食べたくなる本なのだ。


本を読みながら、自分の計算高さが嫌になってきた。

僕はもともとはあまり計算高い方ではなかったのだけど、法学部に入ってからそう訓練されたような気がする。法律書を読んでいると、自分の頭の次元が一つずつあがって行くようで、嬉しかった思いがある。

高校時代、Y君という天才的に世渡り上手な友達を見ていて、ああなりたいと思ったのも一因だった。


でも、その一方で、少しずつ計算高い嫌な人間になっていったんだろう。

読んでいるうちに嫌われる原因がわかったような気がした。でも、今さらどうにもならないのだけれど。


中途半端に優しいのもいけないのかもしれない、とも思った。そして、それはたぶん正解なのだ。


家に帰ったら、産業能率学校の通信研修の結果が来ていた。2回とも100点だった。テキストから出題されて、しかもテキストを見ながら解答していいのだから当たり前なのだ。

そういえば、アロマテラピーの1級も受かっていた。

でも、それも当たり前で、大して嬉しくもなく血圧が1.5くらいあがった程度の喜びだった。


人生はままならない。もういいや、どうだって。


そう思うのだけど、どうでもよくできないのが、俺の嫌な面なのだ。

ああ、まったく。どうしたらいいんだろう、俺…。