夫の最後の講座 | ゆきんこのブログ

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我が家の犬猫、保護犬、そしてゆきんこのブログです。

夫は今月いっぱいで退職します。

1980年に水産庁に入省して

二度目の移動で水産工学研究所に来てから29年。

合計36年働いてきました。

私と過ごしたのはそのうち23年。

公務員の夫と結婚したのですが

途中で政府の改革があり、研究所にいた夫は公務員ではなくなりました。

研究所に来る前に水産庁で働いていた時は

残業200時間くらい働いていて、ほとんど役所に住んでいたと言ってました。

今だと過剰労働で問題になりそうです。

研究所に来ても結婚した頃は飲み会も多かったとは思いますが

帰宅が遅かったです。

今は飲み会以外で遅くなるのは自転車で遠回りして帰って来るときくらいになりました。

でももう退職だけど。

 

3/18、現役最後の講座があったので私も聴きに行きました。

 

内容は海岸工学という分野の研究なのでよくわかりませんでしたが

たくさんの論文をたくさんの人達と書いてきたことはわかりました。

今までで75編の論文を書いたそうです。

修論とは比べ物になりませんが、一つの論文を書くことは大変だということは

私もわかっているのでよく頑張ったと思います。

好きでこそできたことでしょう。

その共著してくださった方々が北は北海道から南は四国から

この講義のために来てくださいました。

このように来てくださることは珍しいことだそうで

大会議室は結構たくさんの人で埋まっていました。

夫の人間性もあるでしょうから、ちょっと妻の私はうれしいです。

酔った時は「ふざけた野郎」なんですがね。

結婚相手として彼は理想の人でした。

頭がよくて、運動ができて、容姿端麗。

経済力があること、性格がいいことは前提です。

学生の頃、こんな人とまず結婚できないだろうけどできればいいなと思っていました。

そういう人と付き合うこともなかったです。

でもそういう人と結婚できたのです。

小中学校からの友達エツの夫が彼の後輩で

ある日突然彼女から電話があり、「見合い、せーへん?」と聞かれました。

当時付き合っていた人がいたのですが、即答Yes。

紹介ですが一応見合いのようなものなので釣書を交換しました。

エツから聞いてはいましたが、出身校は「東京工業大学」

関西出身の私は大阪工業大学は聞いたことがあっても

その親戚のような東京工業大学のことは聞いたこともなく

その場で駅前、東西書房という本屋さんまで走り

大学ランキングを見ました。私の理想に叶っていました。

そして見合いすることになり、1992.10.11、彼の36歳の誕生日に奈良で会いました。

私、27歳。

付き合っていた彼には即日電話して別れました。

このようにして私は理想の男性と結婚しました。

理想に叶っているだけでなく、性格がいい加減、いや寛容なので

テニス三昧の生活ができるのも、二年に一回二週間もロサンゼルスに行けるのも

犬猫をいっぱい保護できるのも、彼が夫であるからだと思います。

本当は色々思うところはあるのですが、まあ、理想通りに世の中はいかないというところで

妥協して良しということにしておきましょう。

ちょっと褒め過ぎました。

 

 

 

退職祝いに花束と自転車に乗る時に使うザックをいただきました。

 

先日のサッカー部の送別会ではシャツと靴下をいただきました。

 

退職とは人生の区切りの大切なイベントなんだと初めて知りました。

お疲れ様でした。

しばらくは休むそうです。

サイクリング三昧をしばらくやるのでしょうか・・・