「津久井やまゆり園」のニュースを見て、思い出した話。
私の姉は「水頭症」という病気で脳性麻痺。言葉で意思疎通ができないので、事件を起こした被告の主張でいけば「安楽死させるべき」対象になります。
そんな姉は数年前「高校」に入学し、「卒業」しました。どんな教育があったのか具体的な話まで突っ込んで聞いてはいないのですが。
昨年、母が私に姉の高校在籍中の写真を見せてくれました。
少しずつ、表情が豊かになっていました。
私はそのとき思いました。
「脳性麻痺とはいいながらも、もの凄くスピードは遅いけど、『成長』したんだな」
これを母に言うと「そうかもしれないね」と嬉しそうでした。
この話をもって「津久井やまゆり園」の事件のことを「障害者差別」と声高に言うつもりはありません。話はそんなに簡単じゃないからです。
以前書いたかもしれませんが、あるとき母が
「本当は私が見送ってあげたいんだけどね・・・」
と言ったことがあります。私はそのとき、母の複雑な心境は感じ取れました。当事者の家族もこのような複雑な気持ちを抱えながら毎日の生活を送っています。今の複雑な家庭環境も背景にありますし。
ただ、ひとつだけ言いたいこと。
「殺人が社会の役に立つことはない」