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今日ものんびりやっていきますわー

俺がこの日記を書いたということは、夜勤の最中ですね。

10月にもなり夜明けが遅くなったからまだまだ夜が続くのかと少しばかりうんざりもしている。


自分は通勤で阪急を利用しているのだが、この夜勤の出勤時に人身事故の遅延に巻き込まれた。

幸いに遅刻することなく出勤して業務に入れたのだが、実にギリギリセーフであった。

普段から死にたいや消えたいや休みたいなど嘆きつつも生きている俺が言うのも変な話だが、人に迷惑をかけて死ぬようなことはしたらアカンなと。

人生色々あって死にたいくらいに辛い気持ちやったのかもしれんけども。

もし自分が自殺するってなったら賠償とかのことから電車は使わへんかなぁと思う。

それでも一刻を争って死ぬしかない状況や、鉄道会社に恨みがあったりすると冷静な判断ができるかと言われれば不明や。

やっぱり自分は勝手な生き物であるとつくづく思う。


10月10日はFoo Fightersのライブで神戸に行ってきた。

神戸という街は好きだ。

阪神タイガースの大ファンというのを抜きにしても、山と港と街並みが本当に大好きだ。

自分が5歳のときに阪神淡路大震災があって、街が燃え盛る光景や、子どもながらに認知していた阪急電車が横転してたり脱線してたりする映像を観てショックを受けた。

また高速道路が倒れてる映像も鮮明に覚えている。

自分が住んでた京都も震度5強の揺れで、弟や俺を身を挺して守ってくれた母の姿も覚えている。

そんな壊滅的なダメージがありながらも今ではそんな傷跡など感じさせない活気や雰囲気で俺を出迎えてくれる。

そしてなにより神戸ってご飯が美味しいのよ。

そりゃ高級なところもあるんやけど、JRのガード下の大衆的なお店はついつい入ってしまいたくなる。

そんな神戸の街と最高に盛り上がったライブに生きる活力を得て夜勤に臨んだわけである。

おかげさまで今のところ体調的な面では好調に夜勤を過ごしている。

このまま朝を迎えたい。


しかしやはりネックなのはメンタル面。

予期不安やしっくりこないモヤモヤは相変わらず脳内に存在する。

もっと人や周りを信じられたらいいのになと。

何回か前の日記で人を信じるということは覚悟と自分を信じること的な内容を書いたと思うけど、やっぱり現実はなかなか簡単に切り替えられませんよ。

もはや病的なまでに俺の不安体質は悪化してると思う。

さっきなんていつか訪れる両親の介護のことなんて考えてたからね。

まだ我が子も産まれてないし、両親はバリバリ働いてるのにだ。

そしてなにより今から考えたとてどうにもならんのに。


不安やったり心配が脳内を支配するスピードは異常だ。

今俺は36歳。仮に38歳で父親になるとする。

成人するころには58歳で両親は80歳を過ぎたところか。

けど病気やったりなんやらで介護サービスの利用やったり入院とかで子どもと親の面倒を同時にこなさないといけない。

お金もかかる。

妻の理解は得られるか。

方針についてケンカもする。

仲違いが発生する。

自暴自棄になる。


と、こんな感じで頭の中で無限に最悪のシチュエーションが構築されていくのだ。

それも猛スピードで。

自分でも病気やと思う。

こんなこと今考えてもどうしようもないのに、夜勤入りに備えて昼間寝ようとしている最中に頭を支配する。

別に寝れてないわけじゃないんやけど快眠ではないよね。

この感じいい加減になんとかならんかとうんざりする。




今晩も夜勤やってます!

いやぁ2週連続の2夜勤はなかなかしんどい。

とっとと帰って休みたいですね。


昼間に軽く目が覚めて競馬を観て撃沈し、ふて寝して出勤したあとフロア内のテレビでグリーンチャンネルの凱旋門賞中継を観戦して撃沈してとストレートに馬券は当たりませんでした。

あくまで趣味の範疇とはいえ外すのは悔しいな。


今日についてはまだメンタルは前向きな感じ。

昨晩の夜勤終わって帰宅して、妻の仕事を見送ってシャワーを浴びてベッドに横になって一息ついたときはメンタルが最底辺になっていた。

特にこれから先への不安が一気に襲ってきた感じ。

まだ子どもはいないんやけども、将来のことであったり妻との将来であったりと前向きながらも不安やったり、起こるかもしれない不安に潰されそうになってたね。

いやいや今からそんなこと不安に感じててどないすんねんみたいなところはあるんやけど、どうしても頭の中から排除するのが難しくてなかなか眠れなかった。

自分の選んだ人生に間違いはなかったか、まだまだ修正も効くんじゃないか、はたまたもう手遅れではないか、もしそうならやり直せず命を断つしかないのではなどなど。

もっと気楽にベッドに横になれていることに幸せを感じろよとも思う。

藁にすがる思いでスマホでX(旧Twitter)や人生について調べまくっていた。

そのなかでもちょっと自分に刺さった名言というか文章として『選んできた道を正解にするしかない』や『結局人はないものねだり、隣の芝生は青いものでやっぱり今の生活を手放してみたら以前の生活のほうが良いのではと結局回帰する』みたいなもの。


確かに今まで無数に自分の人生を選択してきたけど引き返すことはできひんもんなぁ。

その結果今こうして生きてるんやからしょうがないよなと。

それならこの道を正しいと信じて歩くしかないわなと、単純な俺はすぐに飲み込んだ。

それと隣の芝生は青いってやつは、確かになにもかも投げ出して自由気ままに生きてみたらそれはそれは楽なんやろうけど、結局は仕事やったり結婚生活やったり、何か誰かに必要とされる人生が恋しくなって後悔するんやろうなと。

ないものねだりの自分勝手な思考そのものやな。

ありがたいことに自分は誰かに必要とされてる存在。

そんな大役ではないけれども、俺がいることで誰かが安心や幸せにいてくれるのってちょっと嬉しかったりもするよね。

腹の中まではどう思われてるか分からんけども、必要とされてる限りは自分は頑張って生きないとアカンのやなと。

結果それが悲しく辛いことになっても受け入れるしかしょうがない。


正直そんな大変な未来に対する不安は無限大に考えてしまう。

けどそれを信じてやってきた自分を正しいと思えるような覚悟を持つことが信じるということなんやろうと納得せざるを得ない。

そんなこと俺にできるかしら。




夜勤してます!

もはや夜勤の時しか日記を書かない生存記録日誌になってる気もする。

そりゃあこの思いの丈をダラダラと書いてるのを妻に見られたら心配されるし怪しまれる。

別に道は外れてないので怒られることはないけど心配かけるね。


それはそうと、夜勤の前にチャリを漕いでいたら車に轢かれそうになった。

明らかに左から来てる俺を見ないまま車を出発させやがった。

上手いこと避けて無事故だったが、悲しいことに再び漕ぎ始めた駅への道中に思ったのは車の運転に対する怒りでも助かったことへの安堵でもなく轢かれといたらよかったってことだった。

そりゃあ無事でいたから口にするのであって、実際に轢かれて怪我しようものなら俺が一旦停止すればよかったと心の底から思うに違いない。

とても自分勝手な脳内であると感じる。

けど実際に反応するままに身体が車から避けようとしたのはやっぱり自分が生きたい怪我したくないという防衛本能やったんやろう。

命をかけて授かったこの身体を大切にしようと心の底では思ってるんやなぁ。

それとやっぱり今改めて思うのは今月末のOasisのライブに絶対に行くという強い強い思い。

今週末のFoo Fightersももちろんやけど、ライブというのは俺の心の拠り所です。

なかでもOasisはずーっと生活の近くにあった存在で、Whateverに関しては結婚式でも使わせてもらった。

これまでNoel GallagherやLiam Gallagherのソロはライブで観たけども、Oasisについては別格の存在。

間違いなく東京ドームで俺は友達の目も憚らずに涙するであろう。



しかしやはり相変わらずメンタル面的にはずーっと不調。

原因は分からんまんまもう3ヶ月くらいかしら。

それでも仕事やプライベートは変わることなく進み続けてて、悲しかろうが苦しかろうが休みたかろうが時間は留まることなく延々と進み続ける。

休みたいなと思いながらも置いていかれるのが怖い。

おそらく一回歩みを止めてしまうと二度と歩き出せないと思う。

それが本当に怖くてね。

なので嫌々ながらも命を削らないといけない。

生きよう。