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middleofnowhere2011さんのブログ

今日ものんびりやっていきますわー

久しぶりの夜勤です。

まだ先日のOasisのライブの余韻が抜けきってないのと、仕事に対するリハビリでまだまだ本調子じゃない気がする。

ライブの後やったり、帰りの新幹線で「よし、頑張るぞ!」と気合は入ったけども、やっぱり行動に移すとなると時間はかかるもんです。

それでも辛い出来事や楽しかったことを少しでも前向きなエネルギーに変換して嫌々ながらも仕事や面倒な事柄に目を向けようと頑張っている。

大人である以上は当然ではあるのだが…


X(旧Twitter)を中心にメンタルが少しでも良化する術はないかと模索している。

様々な方法があって参考にしようと思いながらも、生活リズムを整えるの項目で仕事柄どうしても満点はいただけない。

やっぱり不規則な生活もまぁまぁ悪影響なのかもなぁ。

それでも夜勤があることで給与面では恩恵を受けているし文句は言えない。

さてさてどうしたものか。


おかげさまで自分も入籍して奥さんと暮らし始めて1年半くらいである。

まだまだ世間からしたら新婚、もしくは初心者夫婦といったところらしいが、どうしても生きていれば、毎日一緒に暮らしていると今までの常識が覆されることは多々ある。

世の中の夫婦生活を営んでいる方々はどうやって折り合いをつけているのか気になる。

別に不仲やったり対立しているわけではないんやけど、1年半一緒に住んできてまだ俺の知らない常識が登場すんのか!?と驚くシチュエーションが多々ある。

長年夫婦生活を送っている人からしたら「1年半で成し遂げたみたいな顔をすんな!」と怒られそうだが、どうしても未知の領域を目の当たりにすると驚きや凹みはする。

いつか子どもができたら大丈夫かという未確定な不安が頭をよぎる。

あんまり先のこと考えん方がいいんやけど、以前にも書いた通り自分は心配性なんです。

仲良く生きていきたい。


先の不安と言えば親の介護や仕事についても不安は満載だ。

もはやこれだけ未来の分からないことを想像して不安になる俺は天才かもしれない。

親が両親、自分からしたら祖父母の介護や支援してるのを見ると果たして俺に務まるのかと勝手に心配している。

両親とも還暦は過ぎてるけどもまだまだ普通に働いてるし大丈夫やとは思うんやけど、俺くらいの天才になるといつか転倒して寝たきりになったり、認知症になったら俺は適切に動けるのかとか資金は大丈夫なのかとか、俺の妻は介護に前向きなのかとか、もしかしたら俺も妻の両親の介護や支援に介入する必要があるのかとか無限に時間の許す限り不安と心配が頭を埋め尽くす。

繰り返しになるがまだまだバリバリ働いてるし、そんな心配してもしゃーないとは思うんやけど考えてしまうものは防ぎようがないんです。

もっと他のことに頭を使いたい。


自分は人に相談することが苦手やと自覚している。

この世の中で悩みや問題を抱えていない人間はいないでしょう。

そこに俺が相談することによって、自分の問題もあるやろうに俺という外部の問題を導入することで余計な労力を使わせるのではないかという不安があるのだ。

俺に付き合ってくれている人たちはみんな「なんかあったら相談してね」と言ってくれるが、やっぱり気を遣うんです。

特にうちの奥さんの妹さんのご主人は年下にも関わらずめちゃくちゃ親身に話を聞いてくれる。

先日は自分のことを本当の兄弟のように言ってくれて目頭が熱くなった。

そんな義兄も先日2人目が誕生したことでバタバタされている。

育児やったり仕事のこととか問題は俺以上にあると思う。

そんな大変やのに「なんかあったら相談して下さい」と言うてくれる。

めちゃくちゃ嬉しいんやけど、やっぱり俺は思うんです。

ただでさえ忙しい毎日の中に俺という外部の問題で疲れさせてしまわないかと。

おそらく本心で俺の相談を聞いてくれると思うんやけど、俺が相談することによって大切な時間を割いてしまうやろなぁという不安。

それならやっぱり自分で解決したほうがええなぁと思考は回帰する。

自分で抱えまくるのはよくないと自覚してるんやけどアカンねんなぁ。

生きるのって本当に大変だ。



これから自分はどうなるんやろう。

考えれば考えるほど行き着く先は不幸な未来ばかり。

喧嘩、逝去、失業、病気、離婚、厄災、貧乏、自殺…

そんなことばっかり頭に浮かぶ。

いつからこんなネガティブな人間になってしまったんやろう。

こんな姿を親やみんなはどう思うんやろうね。

今はOasisのライブを観たあとやからガソリンを大量に積んで毎日を頑張れるけど、いつか燃料切れを起こしたら俺はどうなるのやら。

そんな不安ばかりだ。



京都の家に帰宅した。

本当に今回の旅ほど心が温かくなったり、失くしたものの寂しさを痛感したことはなかった。

自分は本当にたくさんの人に愛されて生きられていることに心の底から感謝している。

そのぶん俺にできることはなんやろうとか、手伝えることや力になれることはなんだって行うつもりだ。


今朝はホテルを9時過ぎにチェックアウトした。

奥さんの推し活の一環で新宿のキディランドに行くが目当てのものが見つからずあえなく退散。

東京駅の地下にあるキャラクターストリートに場所を移して色々と買い漁った。


新幹線はひかり号にした。

なるべく時間をかけて帰りたかったから。

さすがにこだま号はゆっくりすぎるのでひかり号に。

東京という非日常の街並みから京都という日常の景色に帰っていくのにのぞみ号は速すぎる。

それでも静岡県内は停車せず駆け抜けるし、時間にしても岐阜羽島と米原くらいしか差がないので微々たるものなのだが。

将軍塚の山をトンネルで潜り出てきたそこは東福寺周辺の家々。

ここでもう京都に帰ってきたことを覚悟しないといけない。

新幹線ホームに降り立って見えるアバンティを見たらもう京都に帰ってきたことを実感。

そこから在来線を乗り継いで最寄り駅に停めたチャリンコに跨り帰宅。

明日から見る毎日の通勤風景を横目に。

無事に帰ってこれたことに感謝するのと、明日からの日常に対する寂しさ、また起こるであろうアクシデントに対する不安などなど一気に押し寄せてきた。


こんないい旅をしてきたのだからまた頑張らないとなと心では分かっているけどなかなか本心はそんなスムーズにならんよ?

できることなら好きなとこに行って好きなもの食べて、好きな音楽を聴き続けたいけどもそうは問屋が卸さない。

やっぱりそれ相応の対価があってこその自分へのご褒美なんやな。

逃げてばかりでは前に進めないし、自分を支えてくれる人たちにも顔向けできない。

まだまだひよっ子ながら家庭も築いているんやから甘ったれたことも言ってられない。

重い腰を上げて前を見ないと。

これから数々の問題が一気に押し寄せてくるであろう。

その都度悩んだり泣いたり話したりするんやろな。

いかにして乗り越えるか。

その先に待ってるであろう次の楽しみを信じて生きていかないと。

いい加減大人になれと。

頑張ります。












本日は夜勤ではなく御徒町のビジネスホテルにおります。

友達と晩飯を食べてさきほど帰ってきた。

本日はずーっと楽しみにしていたOasisの東京ドーム公演に行ってきた。

この日を迎えるまでに本当に色々なことがあった。

それこそ人生を辞めてしまおうかとも思った。

家庭のこと、仕事のこと、プライベートのこと、人生のこと、心身のことなど挙げればキリがない。

果たしてライブには行けるのか、行ってよいのかとギリギリまで自問自答していたが周りの方たちに行ったほうがよいと背中を押してもらって東京行きを決めた。


結果的にもちろんこのライブに行ったことは僕の人生の糧となった。

一曲目が始まるとこれまでのことや僕を大切にしてくれた人たちのことが頭に浮かび涙が止まらなかった。

今まで決して自分一人で生きてきたなんて微塵も思ってないけど、改めて自分はたくさんの人に支えて愛されて生きてこれたと満ち溢れた感謝の気持ちが止まらなかった。


そしてOasisのセットリストはまさに自分の人生を彩ってきた名曲の数々だった。

悩んでいたとき、ギターの練習をしていたとき、結婚式のとき、車を運転していたとき、一人旅をしていたとき、飛行機で目を瞑っていたときなどなど、自分が生きていた時間のなかでOasisの楽曲は耳元で鳴っていた。

そんな名曲の数々が目の前で演奏されていることにこの上ない幸せを感じた。

やっぱり音楽の持つ力は偉大である。

これからも音楽の可能性を求めて世界中の音楽を手にしていきたい。

確証はないけど自分はまだまだ幸せになれる。

大変なことや辛いことは次から次へと起こる。

その都度やっぱり悲しんで動けなくなると思う。

それでも生きて行かないといけない。

どんだけ悲しんでても時間は過ぎていく。

慰めてくれる人や応援してくれる人もいつまでもいない。

なにより再び立ち上がる力は自分が絞り出さないといけない。

大変で悲しい作業やけどやらないと。

落ち込むことの方が多いし不安なこともある。

それでも、それでも自分と仲良く生きていこう。


悲しいことあったけど今日みたいに素晴らしい一日も時々ある。

そんな日のために毎日毎日を頑張ろうね。

きっと大丈夫。

そんな悪いことばかりでもないはずよ。


さぁ、生きよう。