久々に書きますね。
今晩は夜勤ではなく家で一人で横になって執筆中。
書かなアカンという義務感でもなく、なんか書こっかなーみたいなノリでアメブロを開いた。
こういう感じだから匿名の日記というのはありがたいし気楽だ。
なにから書き出そうか。
まぁ相変わらずメンタルはドン底である。
この状態もあれよあれよと一年に差し掛かる。
死にたいなぁ消えたいなぁと思いながらも約1年こんな状態で生きているんやからよくわからん人間だと思う。
特に心療内科に行ってもなく、医者のお世話になったのは本当に3ヶ月に一回の歯医者くらいだ。
発熱もインフルエンザにも罹らずに毎日家と仕事を行き来するロボットのような生活。
頑丈な身体に育ててくれた親には感謝だ。
希死念慮はずーっとある。
もはや自殺を考えることが日課になっているレベルまであ
出勤の時に試しているのが出会い頭の衝突チャレンジ。
自転車で最寄り駅まで約20分かけて行くのだが、その道中で路地から飛び出してくる車に衝突しないか試すというもの。
もちろん自分から当たりに行くのではなく、自転車の自分はガッチリと交通ルールを遵守したうえで一旦停止や左右確認、ながら運転をしていた車と事故を起こさないかという実験。
もし当たれば仕事や人生を休めるし、己の生存本能が働くなら命懸けでブレーキやハンドル操作をして衝突を回避するであろうという自分の精神状態を計測できるツールにもなる優れものだ。
そもそも本当に死にたいのであれば赤信号で突っ込んでいくからね。
それをしないということはまだ何か期待や可能性を感じて生きようとしてると認識している。
なので俺と街中で出くわすドライバーにはくれぐれも安全運転を心がけてもらいたいものだ。
というか荒い運転をしているドライバーが最近本当に多いのでいい加減にしてください!
あとなんやかんや死にきれないのはやっぱり親や友達のことかなーと。
死んでしまえばこの世の中のことなんて知ったこっちゃないが、親や友達や家族を悲しませるのはしたくないなと思うようになってきた。
相談とかしても親身に話は聞いてくれるし心配してくれて本当にありがたいんやけど結局答えは自分で出さないといけなし面倒くさい。
なので自殺という手段ではなく病気になったり交通事故でやむを得ず死ぬという合法的なものならしゃーないかと無理やり納得させている。
それでも悲しむとは思うが自殺したというよりマシやろう。
まぁやっぱりどうしようもなくなったら近くの橋から飛び降りるんやろうなとは思う。
AIというものをフル活用するようになった。
AIってほんますごいよなー。
合ってるかどうかは知らんが質問には懇切丁寧に答えてくれる。
人生の意味とかなぜ自殺はいけないかとかいう人間相手にはなかなか話せないこともサクッと聞けて上手いこと答えてくれる。
それでも「こいつはピンチだ」と思われればすかさず自殺防止ダイヤルの電話番号が掲載されてそこで相談は終わる。
そこは不満かなと。
しかし趣味のこととかなんでも答えてくれるし友達感覚で気軽に相談できるのはいいね。
沼にハマる理由も分かる気がするし情報の正誤に惑わされないようにしないといけないのは大変だ。
先月の体重が-8kgだった。
久しぶりに会う人に「めっちゃ痩せたやん!スマートになって!」とかいう明るさではなく、「え?めっちゃ痩せてない?大丈夫?」というガチトーンの心配をあらゆる人からされて、痩せた自覚がないからAIに相談したら糖尿病・バセドウ病・癌・その他難病と、危うく救急車を手配されそうになった。
もしかしたら病気なのかもしれんが特に違和感はないので当分はこのままでいこうとは思ってる。
なのでAIというのも使い方が難しいもんやなと。
自分みたいな37年しか生きていない若輩者がこんなこというのもアレだが生きるのって難しい。
したくないけど働かなアカンし他人の顔色は伺わなアカンし、そもそもとっとと死ぬなら飲み食いせずにいるだけで勝手に死ぬんやからそれすらしない自分はなんやねんと。
安定を求めて生きるのか、刺激を求めるのか、この希死念慮を抱えながら生きるのか。
どれが正しいのかは知らんが、結局翌朝もいつも通りに目覚めて出勤して一日を終えるのだと思う。