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middleofnowhere2011さんのブログ

今日ものんびりやっていきますわー

ちょっと久々の日記になりましたが、一応生きています。

前回の更新から劇的になにかが変わったとか良いことがあったということもなく、かといって最低な気分に陥ることもなく生きてきました。

つまり不安や心配や憂鬱な相変わらず継続しているってこと。

ただいまは夜勤中でとにかく無事に朝を迎えて家のベッドに潜り込むのを夢見ている。

8日の夜に東北で大きな地震や津波も観測されたりしていて余計に無事に過ごせることを願っている。


考えてみるとあの夜の時間帯に現地で俺と同じように夜勤をしてはった方々はどんな思いやったんやろう。

とにかく利用者さんの安全を最優先にして関係各所に連絡を入れて、インフラは大丈夫かとか職員の身の回りはどうかとか、考えるだけで頭が下がる。

間違いなく俺ならアワアワしてどうしようどうしようと右往左往していただろう。

本当に自然の前では人間の存在はちっぽけだ。


最近の俺はというと冒頭の通りに良くも悪くも変化がない。

仕事の時は毎日ダルそうに出勤してその日の業務に全力投球してるし、家に帰ったら妻がいてご飯を食べて風呂入って寝て翌日に備えるし、休みの日にはジムに行ったり妻と出かけたりするなどしている。

一見幸せそうに見えるが、脳内では先々の不安やったり人にどう思われてるのかなどふとした瞬間に襲いかかる。

そりゃ四六時中ずっと平穏で絶好調に生きていられる人なんてこの世にはいないとは理解してるけども、やっぱりこれからのことやったり仕事のことや家庭のことなど不安は尽きないものです。

最近は寒くなってきたからか、休みの日の活動量が減ってきて燃費の悪い人間になっている気もする。

自転車を漕ぐのも布団から出るのも非常にエネルギーを消費する。

だからそんな動いてないのに疲れやったり憂鬱はドカンと訪れるのだろう。

まだまだ本格的な冬にもなってないし春なんてまだまだ先の話やし気が遠くなり億劫だ。


今年は本当に色々なことがあって、巳年の年男やからもっと明るく幸せで人生史上で類を見ないエネルギッシュな一年になるはずやったんやけど、やっぱり思い返すと悪い思い出ばかりが占めている気がする。

そのなかで結婚式やったりOasisのライブやったりハウステンボスの旅行などの楽しかったことが極々小さく輝いているイメージでしょうか。

生きているだけで本当に幸せでありがたいことやと自覚せなアカンけどもまだまだその領域には辿り着けそうにない。

いつになったら大人になれるのやら。


最近の外食の写真を載せておこう。

やっぱり食べないと元気がでない。

















万全とは程遠いコンディションで夜勤中。


夜勤に備える日中はずーっとしんどくて家で寝ていた。

ここ最近で最高レベルの希死念慮に襲われた。

果たして俺が生きている意味ってなんなんやろう。

毎日毎日こんな苦しい思いしてまで生きる意味ってなんやろう。

俺が死んだら悲しむ人はある程度いるやろうけど、それについて考えられるほど余裕はない。

台所の包丁を使って腹に突き刺してやろうか、はたまた喉元を突き刺そうか。


などなどもう限界なのではと思うレベルで苦しんでいた。

そんな自分に情けなくて涙が溢れてもう動くことができなかった。


本当に自分が情けない。

あらゆる面でもっと限界の人はいるはずで、俺は相当恵まれて幸せな人間に違いないんやけどこんな最低な感情や考えを抱いていることが情けないしみんなに申し訳ない。

それなのに死んでしまうことへの恐怖や痛み、周りへの迷惑、仕事への影響といったことも頭にあるんやからどうしたらいいか分からない。


いつからどこからこんな状態になってしまったんやろうなぁ。

もっと大手を広げて人生について疲弊しながらも前向きに生きていたはずなんや。

それなのに今はどうすればいいか分からない。

楽をしようと甘えていることも承知しているし、もっとしんどいし大変な状況な人たちも世の中にはいる。

そんな人も平気な顔して毎日生きているし弱音は吐いてない。

本当にどうすればいいのかしら。

不謹慎ながらもなにかの拍子で休まざるを得ない状態にならないかと願ってもいる。

けどもしそうなれば仕事があること、周りの人に愛されていること、自由に手足が動いて身体も健康なことの幸せを痛感するんやと思う。

一回痛い目に遭ってみないと日々の幸せを感じることができない体たらくに嫌気が差す。


そんなこんなでも今は夜勤をしている。

無事に夜明けが来て早く帰れることを願って。

本当に思考が矛盾しているよな。

このドン底のメンタルなら今願うのは大地震で即死することやと思う。

しかし現実的な俺の思考は、いま宿泊利用をしている利用者さんの安全確保と他職員との連携や関係各所への連絡といった緊急時のムーブについて。

そんなめんどくさいことが起きないように祈っている。

ほとほと自分勝手な脳内である。


どうやら俺は被害者になりたいんやと思う。

周りに同情されるような可哀想な存在に。

みんなに心配されたくてたまらんのやろう。

男やけど悲劇のヒロインになりたい。

みんなからの温かいメッセージや支援を受けられてとても大切にされていると悦に浸りたいんだろう。

もちろんそんな下心は大嫌いだ。

そんな悲劇のヒロインにならなくても自分のことを大切にしてくれている人たちはたくさんいる。

それを分かっているのに期待する自分が本当に嫌いだ。


いつまでこんな情けない状態が続くのか分からない。

けど本当に疲れた。

さすがに毎日毎日こんな精神状態で生きていくのはしんどい。

とっとと終わらせるか問題の解決に至りたい。

なにが原因なのかいつまで続くのか答えが知りたい。

おかげさまで食欲も性欲も睡眠もしっかりあるんやから甘え以外のなにものでもないと熟知している。

いい大人なんやからその辺も意識して歯を食いしばって生きていけよと。

分かってはいるんです。

けど今はなにより楽になりたい。

それに尽きる。



翌日が夜勤のため夜更かしをしております。

メンタル面なんですがもう通常営業のローギアの低空飛行です。

仕事にしてもプライベートにしてもずーーーっと頭にモヤモヤが漂っていて、ふとした時に晴れるんやけどまたすぐにモヤモヤーっと押し寄せる不安や希死念慮や破壊・破滅衝動。

生きている限り多少は気持ちの上下はあるやろうと自覚してるけども、さすがに幅が広すぎてしんどいと思い始めてきた。

言葉や形にすることが難しく誰に相談もできひんし心配もかけるやろうしで八方塞がり。

この気持ちの乱高下を繰り返して徐々に高度が下がってきて俺は死ぬのだろうと思う。

そうやって死ぬときは苦しまずに穏やかにいきたいもんです。


自殺した人の行く末みたいなので初めての観点やなぁって思った記事を読んだ。

自殺した人が向かう世界は天国でも地獄でもなく自殺した人だけが集まる世界っていうもの。

まだ自殺はしてないので真偽は当然不明やけどそういう考え方もあんのかって思った。

先にこの世を去った方々に会いたい人はたくさんいるが、自ら命を絶った人って身近には一人しかおらんくて、それももう20年前の高校時代のことだ。

確かに会いたいなぁと思うしどんな気持ちでこの世を去ったのか聞いてみたい気もするけど、こんな軽弾みで俺が寄っていくのも違うなぁと思う。


前も書いたかもしれんけど、俺は自殺をすることについては絶対にNGってスタンスではない。

なんなら苦しい思いすることが分かってて実行に移せたすごい人と尊敬の念すら抱いている。

せやけど「さぁ自殺しなさい。さぁ!!」っていうような大賛成とは思ってなくて、できることならこの世から自殺なんてもんが無くなってみんな幸せになってほしいとも思っています。


そんな自ら命を絶った友達はどんな思いで旅立ったのかと考える。

15歳、16歳で終えた人生はどんなんやったんやろう。

俺も大学の時とかに死にたいなぁと思った時間はあったけど、当時の俺に声をかけるなら「この俺が結婚もするし、なんと36歳になってもまだ生きてるで。けど相変わらず死にたい死にたい、しんどい眠たいダルいめんどくさいとか息をするように嘆いている」ってことかしら。

大学時代の俺が36歳の今の俺を見たら「死んでおいたほうがよくね?」って思いそうだが、おそらく自分はどんな人と結婚するんやろうと興味津々で結局生きてみようとするんやろう。

なによりそんな死ぬ勇気もないやろうし…

残念ながら今になっても自殺を決行する自信は湧かないし、これからもそうだろう。

15年後とは言わないまでも、せめて来年の今頃の俺はどうしてるのかしら教えてほしい。


ウダウダ言いながらも生きているのか果たして死んでるのか。

今の状態ならとっとと死んでおいてほしい。