おはようございます、本日は何かとお騒がせな上重アナウンサーについてです。昨年の立教シリーズは八人衆にすれば良かったですね。

上重 聡(かみしげ さとし、1980年5月2日 - )は、日本のタレント。日本テレビ元アナウンサー。

来歴
身長181cm[1]。大阪府八尾市出身[1]。

小学2年から野球を始め、小・中ともに全国大会優勝を経験した[2]。中学時代はボーイズリーグの「八尾フレンド」で平石洋介とチームメイトとなり、共にPL学園高校へ進学した。

PL学園時代
エース投手として活躍。1998年の第70回選抜高等学校野球大会では、同級生の大西宏明や平石らと、準決勝で松坂大輔を擁する横浜高校と対戦して敗北した。同年の第80回全国高等学校野球選手権大会準々決勝で再び横浜高校と対戦するも延長17回の末(先発は稲田、上重自身は7回から登板)敗れた(PL学園対横浜延長17回参照)。

夏の甲子園敗退直後、5ヶ月前にPLの監督を退任した中村順司が指揮する第3回AAAアジア野球選手権大会日本代表に選出され、代表の優勝に貢献した。

立教大学時代
スポーツ推薦で[3]、立教大学コミュニティ福祉学部コミュニティ福祉学科へ進学[4]。

立教大学野球部では右肘を痛めたこともあり一時期外野手にコンバートされたが、2年次に投手に復帰し、同学年の多田野数人と共に投手陣の主力として活躍した。

2000年10月22日に、東京六大学野球秋季リーグ戦の対東京大学2回戦で、36年ぶり史上2人目となる完全試合を記録した。このウイニングボールは上重直筆による「完全試合」のサイン入りで、野球体育博物館に展示された。

しかし、野球続行ではなくアナウンサー志望を表明し、アナウンスセミナーに参加。プロも獲得を検討していたが、当時ひじの故障に悩まされ、4年時には主将を務めるもこの頃には思うような投球ができなくなっていたことを一因に自らその進路を絶ったとされる。

高校時代の甲子園出場時にインタビューを受けた経験が、アナウンサーを目指すきっかけとなったと語っている。東京六大学リーグ戦通算成績は、30試合登板、9勝3敗、防御率2.31。

日本テレビ入社後
日本テレビ・フジテレビ・テレビ朝日の就職試験を受けて全社から内定をもらったが、男性アナウンサーの活躍を考え、2003年に日本テレビへ入社。同期入社のアナウンサーは、鈴江奈々、森麻季、右松健太、望月浩平。入社後は、主にプロ野球をはじめとするスポーツ中継を担当し、2007年から2008年まで放送された東京六大学野球リーグ戦の中継でも実況を担当した。

スポーツ中継以外では、情報番組の司会などを担当。2010年4月から、『ズームイン!!サタデー』の5代目総合司会を務めた。番組内の愛称は「エース上重」(原辰徳が最終命名)。2015年3月30日からは、『スッキリ!!』のサブ司会に起用されたため、プロ野球の担当を外れている。

アナウンサーとして勤務する一方、2005年2月7日、茨城ゴールデンゴールズのキャンプで入団テストを受験し、萩本欽一より「監督」枠として採用された後[5]、投手として正式登録された[6][7]。また、2009年には、日本テレビアナウンサーユニット「ベアーズ」のメンバーに抜擢された[8]。

2015年4月2日発売の『週刊文春』で、前年2014年に自宅高級タワーマンションを購入した際、スポンサーのABCマートの創業者・三木正浩から1億7000万円と多額の融資を無利息での利益供与を受けていたほか[9]、社員就業規則にある「自家用車での通勤を禁止する」にも違反し、三木正浩の資産管理会社が所有するベントレーを無償で借りて乗り回していたことが発覚した[10][11][12]。同日にこの件について謝罪のコメントを発表し、3日の『スッキリ!!』番組開始直後に「大変申し訳ありませんでした」と改めて謝罪した[13]。

2016年3月25日で『スッキリ!!』を降板[14]。同年中は、スポーツアナウンサーとしての活動に事実上専念していた。2017年4月改編からは、スポーツアナウンサーとしての活動を続けながら、『シューイチ』のレギュラー陣に加わっている。

2019年の日本シリーズ・巨人対ソフトバンク第4戦(2019年10月23日)で自身初となる日本シリーズ実況を担当し、ソフトバンクの4連勝での日本一を伝えた。2020年の日本シリーズ・巨人対ソフトバンク第1戦(2020年11月21日)で2度目の日本シリーズ実況を担当。2023年3月31日の巨人対中日戦で入社以来最初で最後となる巨人のシーズン開幕戦の実況を担当した。

2024年3月末に退社[15]。退社後はフリーアナウンサー、タレントとして活動[15]。

日本テレビ退社後
2024年4月1日、オフィシャルサイト開設。

2024年4月18日放送の『ぽかぽか』に生出演し、「ぽかぽかトーク」に登場した際には「日本テレビの男子アナウンサーと腹を割って話せたことはない」の質問に対して迷うことなく「○」の札を示した[16]。その理由として「仲間ではあるけれど、ライバルでもある。腹を割って話したことはない」と言い切った[16]。さらに同時期に日本テレビを退社した藤井貴彦アナウンサーとの関係はないとした上で、夜のニュース番組も全く観ていないことを明かした[16]。なお、これがフジテレビ系番組初出演となった[16]。

人物
特技は料理。料理が得意になったのは高校・大学時代の7年間の寮生活をしていた経験がきっかけ。手料理の写真をInstagramに掲載することもある。

出演番組
テレビ番組
スポーツ中継
DRAMATIC BASEBALL(プロ野球)
ワールドベースボールクラシック(中継)
東京六大学野球中継(2007年 - 2008年、日テレG+・BS日テレ)
新春スポーツスペシャル箱根駅伝
アメリカンフットボール中継
ダイナミックグローブ(プロボクシング)
さきどり!Navi(2003年9月1日 - 2004年9月2日)
あさ天サタデー
大スポんちゅ(2005年10月 - ?)※『スポんちゅ』の拡大版
NNNスーパースポーツ24(2005年10月 - ?、NNN24)
全国高等学校クイズ選手権(2007年・第27回、2010年・2012年・2014年) - 代理司会
NEWS ZERO→news zero
ラルフ鈴木の代理(2007年8月15日・16日、2011年7月14日・15日、2012年7月16日 - 18日・23日 - 25日・30日・31日・8月13日 - 15日・10月22日・23日、2013年1月21日 - 23日・9月16日 - 18日、2014年3月17日 - 19日、2018年6月18日 - 21日)
川畑一志の代理(2018年7月27日)
岩本乃蒼の代理(2018年9月10日)
弘竜太郎の代理(2023年1月25日・26日)
安村直樹の代理(2023年9月11日・13日・15日・18日・10月11日・13日・18日・20日・23日・25日・27日・30日)
ズームイン!!SUPER
スポーツコーナー(? - 2009年3月)
代理総合司会(2010年9月1日 - 3日、2011年2月22日)
おもいッきりDON!(2009年3月30日 - 2010年3月26日) - サブ司会
DON! - アシスタント
火曜 - 金曜担当(2010年3月30日 - 2010年10月1日)
水曜 - 金曜担当(2010年10月6日 - 2011年3月25日)
ズームイン!!サタデー
5代目総合司会(2010年4月3日 - 2015年3月28日)
辻岡義堂の総合司会代理(2020年3月7日)[17]
蛯原哲の代理キャスター(2021年7月17日・24日・31日・8月7日)[18][19]
iCon(2010年8月30日 - 2012年3月) - ナレーション
中井正広のブラックバラエティ(元甲子園球児の経歴から、主に野球関連の企画の進行を行う。ブラックバラエティVS読売巨人軍では、投手としても活躍)
熱闘甲子園(朝日放送・テレビ朝日共同制作、2011年8月12日、VTR出演、1998年の対横浜高校戦について語っている[20])
NNNニュースサンデー(2011年10月23日 - 11月27日、2016年8月7日、シフト勤務)
ぐるぐるナインティナイン
帰ってきた!どっちの料理ショー ハラペコ復活祭(読売テレビ制作、2012年4月19日)[21]
ZIP!(2012年8月6日・7日、2014年2月18日 - 21日・8月11日 - 15日)- 桝太一の総合司会代理[22]
日テレアップDate!(2012年10月7日 - 2015年3月29日)
赤丸!スクープ甲子園(2013年4月15日 - 2013年8月5日)
Going!Sports&News(2013年10月6日 - 2015年3月29日)- 日曜アシスタント
スッキリ!!(2015年3月30日 - 2016年3月25日)- サブ司会[23]
シューイチ
ニュースキャスター(2017年4月9日 - 2019年9月29日)
スポーツキャスター(2019年10月6日 - 2024年3月31日)
「体格ブラザーズ」進行(2024年5月19日 - ) ※ スポーツキャスター時代は兼任
バゲット
水曜レギュラー(2018年10月4日 - 2020年9月30日)
隔週木曜レギュラー(2020年10月1日 - 2021年3月25日)
木曜中継レギュラー(2021年4月1日 - 2022年3月31日)
平松修造の代理MC(2021年9月29日)
火・水曜VTR企画レギュラー(2022年4月6日 - 2023年3月29日)
ヒルナンデス! -「レシピの女王」レポーター
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!(2021年8月8日放送、15日放送) -「呼吸厳禁!!息つがない部!!」司会
独占SPORTSチャンネル(BS日テレ、2022年1月11日 - 2022年11月26日) - MC
DayDay.(2023年4月6日 - 2024年3月28日) - 木曜ナレーター
日テレNEWS24(不定期)
5時に夢中(2024年4月5日、TOKYO MX) - ゲストコメンテーター[24]
千原ジュニアのタクシー乗り継ぎ旅(2024年9月28日、テレビ東京) ※ 松坂大輔と共にゲスト[25]
千葉県ボーイズリーグダイジェスト(2024年11月30日、千葉テレビ放送) - ナビゲーター
テレビドラマ
芸能界風雲録 一寸先は闇(2006年8月1日) - アナウンサー 役
霊媒探偵城塚翡翠 第2話(2022年10月23日放送) - 刑事 役
舞台
青空メロディーズ〜2nd melody〜(2024年7月26日、新宿村LIVE) [26]
CM
システムエボリューション「エボテックスクール」

著書
『怪物と闘ったPLのエース』(2015年8月、竹書房)ISBN 978-4801903319
『20年目の松坂世代』(2018年12月、竹書房)
同期入社のアナウンサー
鈴江奈々
右松健太( - 2016年6月1日)
望月浩平( - 2005年6月20日)
森麻季( - 2011年12月31日)

<上重投手と言えばもちろんこの試合ですね…>
PL学園対横浜延長17回(ピーエルがくえんたいよこはまえんちょう17かい)は、1998年(平成10年)8月20日に阪神甲子園球場で行われた第80回全国高等学校野球選手権大会準々決勝第1試合で行われた南大阪代表・PL学園高等学校と東神奈川代表・横浜高等学校の試合のこと。

概要
この年の横浜は春の第70回選抜高等学校野球大会の優勝チームであり、史上5校目の春夏連覇がかかっていた。また、この両チームは選抜でも対戦しておりこの時は横浜が3-2で勝利している。PL学園が選抜での敗戦の雪辱を果たせるか、もしくは横浜が連勝するか、注目をされていた。

試合経過
先攻横浜、後攻PLで8時30分試合開始。

イニング スコア 経過
1回表 P 0 - 0 横 三者凡退。
1回裏 P 0 - 0 横 2アウトからフォアボールで出塁するも無得点。
2回表 P 0 - 0 横 三者凡退。
2回裏 P 3 - 0 横 先頭の大西のヒットと送りバントがフィルダースチョイスとなり1・2塁、バントで送った後犠牲フライで先制。横浜の松坂が続けていた25イニング連続無失点を此処で止めた(P 1 - 0 横)
さらに松丸のタイムリーツーベースで2点目。ボークで3塁に進んだ後、田中一のタイムリーで3点目。その後井関のヒットで再び2塁に進むが3アウト。
3回表 P 3 - 0 横 1アウト後フォアボールで出て送るが無得点。
3回裏 P 3 - 0 横 先頭がフォアボールで出て送るが無得点。
4回表 P 3 - 2 横 先頭の加藤がツーベースで出て、2アウト後小山の2ランホームランで横浜が2点返す。
4回裏 P 4 - 2 横 1アウト後松丸、田中一、井関の連打でPL学園が1点追加。
5回表 P 4 - 4 横 先頭の斎藤と佐藤の連打の後、松本の2点タイムリーで横浜が同点に追いつく。
さらにファーストゴロの間に3塁に進んだ後、サードゴロの間にホームを狙うもタッチアウト。ワイルドピッチで再び2塁に進むが逆転はならず。
5回裏 P 4 - 4 横 三者凡退。
6回表 P 4 - 4 横 先頭の小山がヒットで出るがバントがキャッチャーフライでダブルプレー、三人で攻撃終了。
6回裏 P 4 - 4 横 三者凡退。
7回表 P 4 - 4 横 三者凡退。この回からPL学園は上重が登板。
7回裏 P 5 - 4 横 1アウト後フォアボールと大西のヒット、三垣のタイムリーでPL学園が勝ち越し。
8回表 P 5 - 5 横 先頭の加藤がヒットで出て、2アウト後盗塁で2塁に進み、小山のタイムリーで横浜が同点に追いつく。
この時イレギュラーバウンドした球がPLの捕手・石橋の顔面に当たり、田中雅に交代する。この間に小山は2塁に進塁するが後続なし。
8回裏 P 5 - 5 横 1アウト後デッドボールとヒットでランナーをためるが無得点。
9回表 P 5 - 5 横 三者凡退。
9回裏 P 5 - 5 横 先頭の古畑がフォアボールで出るが牽制で刺され、三人で攻撃終了、延長戦へ。
10回表 P 5 - 5 横 先頭の打球がショートのエラーとなり2塁を狙うが好返球でアウト、三人で攻撃終了。
10回裏 P 5 - 5 横 2アウトからフォアボールで出るが無得点。
11回表 P 5 - 6 横 先頭の松坂がヒットで出て送り、柴のタイムリーで横浜が勝ち越し、初めて横浜がリードする。
11回裏 P 6 - 6 横 先頭の平石がヒットで出て送り、2アウトから大西のタイムリーでPL学園が同点に追いつく。
12回表 P 6 - 6 横 三者凡退。
12回裏 P 6 - 6 横 三者凡退。
13回表 P 6 - 6 横 1アウト後松坂、小山の連打でランナーをためるが後続が凡退。
13回裏 P 6 - 6 横 三者凡退。
14回表 P 6 - 6 横 先頭の佐藤がヒットで出て送るが、セカンドライナーで2塁ランナー佐藤が飛び出しダブルプレー。
14回裏 P 6 - 6 横 三者凡退。
15回表 P 6 - 6 横 先頭の加藤がデッドボールで出るが、バントがフライになり1塁ランナー加藤が飛び出しダブルプレー。
松坂のヒットで再び出塁し、小山のツーベースで3塁まで進めるが無得点。
15回裏 P 6 - 6 横 好調松坂に4イニング連続の三者凡退。
16回表 P 6 - 7 横 先頭の常盤が出て送り、松本のヒット、小池の内野安打で満塁に。
ショートゴロの間にホームイン、横浜が延長に入って2度目の勝ち越し。
16回裏 P 7 - 7 横 先頭の田中一の内野安打で5イニングぶりに出塁して送り、ワイルドピッチで3塁に進む。
ショートゴロの間にホームを狙い、バッター本橋のヘッドスライディングでバランスを崩した1塁手後藤のホームへの送球が逸れて田中一がホームイン。
本橋はアウトとなるが得点は認められPL学園が再び同点。この段階で大会委員会ではもし引分となった場合に、翌日13時からの再試合を用意して準決勝と決勝戦は順延する予定だったと言う。
17回表 P 7 - 9 横 PLのレフト・田中一がダイビングで外野フェンスにぶつかりながら好捕して2アウト。
しかし次打者柴が本橋の悪送球で出塁し、常盤の2ランホームランで横浜が2点を勝ち越し。
17回裏 P 7 - 9 横 三者凡退で試合終了。最後の打者田中雅を見逃しの三振に抑え松坂は17回、250球を1人で投げ切った。12時7分試合終了。試合時間3時間37分。
スコア
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 R H E
横浜 0 0 0 2 2 0 0 1 0 0 1 0 0 0 0 1 2 9 19 0
PL学園 0 3 0 1 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 7 13 3
(延長17回)
横:松坂 - 小山
P:稲田、上重 - 石橋、田中雅
本塁打
横:小山(4回・2ラン)、常盤(17回・2ラン)
審判
[球審]岡本
[塁審]濱田・鹿多・三宅
試合時間:3時間37分
出場選手
横浜
打順 守備 選手
1 [右] 小池正晃(3年)
2 [中] 加藤重之(3年)
3 [一] 後藤武敏(3年)
4 [投] 松坂大輔(3年)
5 [捕] 小山良男(3年)
6 [左] 堀雄太(3年)
左 柴武志(3年)
7 [三] 山野井成仁(3年)
三 斉藤清憲(3年)
打三 常盤良太(3年)
8 [遊] 佐藤勉(3年)
9 [二] 松本勉(2年)
PL学園
打順 守備 選手
1 [左] 田中一徳(2年)
2 [右] 井関雅也(3年)
打右 平石洋介(3年)
3 [遊] 本橋伸一郎(3年)
4 [三] 古畑和彦(3年)
5 [中] 大西宏明(3年)
6 [一] 三垣勝巳(3年)
7 [捕] 石橋勇一郎(3年)
捕 田中雅彦(2年)
8 [投] 稲田学(3年)
投 上重聡(3年)
9 [二] 松丸文政(3年)
投手成績
投手 投球回 打者 投球数 被安打 奪三振 四死球 自責点
横浜 松坂大輔 17 70 250 13 11 6 7
PL学園 稲田学 6 25 78 6 2 2 4
上重聡 11 46 145 13 6 1 3
試合終了後
この試合の球審を担当した岡本良一が「いつもなら試合終了後、勝った学校の校歌演奏時にその試合でのプレイ風景が浮かぶんですが、あの時は全く浮かび上がらなかった。皆放心状態で審判をしていたのでしょう。」と述懐している。

試合終了後には敗者であるはずの上重投手に笑顔があり、勝った側の小山捕手が号泣する場面が見られ、それを見たNHK実況の石川洋(当時広島放送局)が「勝って泣く顔があります。負けて笑う顔があります。」と実況し、視聴者の胸を熱くさせていた。

なお、この延長17回をたった1人で250球ものボールを投げ続けた松坂投手に対して「延長18回制は長過ぎる」との意見が多数出たことから、高野連もそれを反映し2年後の2000年の春・第72回選抜高校野球大会、および同年の夏・第82回全国高校野球選手権大会から、従来の18回制から15回制に短縮変更されることとなった。(詳しくは「延長引き分け再試合規定」を参照。)[1]

エピソード
この試合中、横浜バッテリーはPL学園の打力が春に比べ大きく向上したと感じていた。因みに、PLの平石三塁ベースコーチは横浜のエース松坂の球種を小山捕手の構えから読み取り、ストレートの時は「行け」、変化球は「狙え」と大声で叫び味方打線に伝えていたという[2]。このエピソードは朝日新聞出版の「ドキュメント横浜vs.PL学園」などでも紹介された。
延長17回表に常盤がホームランを打った際に3塁ベンチ前でキャッチボールをしていた松坂は袖口で目元を拭う仕草を見せた。本人は泣いたことを否定しているが後に常盤に「泣いたよー」と打ち明けている。[3]
その岡本球審は当時、川崎重工業の営業課課長を勤めており、試合後に愛媛県の川之江市の製紙会社で産業用ロボットの提案を行う商談予定であった。ある程度の余裕も含めて午後3時に約束をしていたが、試合終了後の控室で同伴予定の部下から電話を受取り、商談を延期依頼した[4]。