皆さま、おはようございます。
9月20日、日曜日の朝です。
またまた久しぶりのブログ更新になりました。
今日は、現在、最終盤となっているNHKの連続テレビ小説「風、薫る」の一場面から思ったことに触れたいと思います。
「風、薫る」は、明治時代に日本で初めて近代看護学を学んだ大関和と鈴木雅をモチーフに、二人の生きざまをフィクションとして再構成したもので、主人公は、栃木県那須地域の町で元家老の家に生まれた一ノ瀬りん(見上愛)と、生後間もなく親に捨てられてキリスト教の牧師に育てられた大家直美(上坂樹里)となっています。
明治時代、日本においてナイチンゲールを祖とする近代看護学を学び、日本に定着させた主人公たちの話題を興味深く拝見しているところですが、一ノ瀬りん役の見上愛さんの美しく品のある「おじき」に感銘したりしています。
そんななか、9月14日放送の第121回において、主人公の二人が、看護とは何か(What is nursing?)について、次のとおり、二人で声をそろえて復唱する場面がありました。
「看護婦にとって最も基本となるのは、病人がいちいち言葉にせずとも、その顔つきや態度のちょっとした変化から、気分や体調を察する力を持つことです。」
このことから、私はずっと心の中にあったあることを思い出しました。
それは、私の亡くなった母のことです。
私が、学生のとき、そして、社会人になり、年を重ねても度々、母は、私の顔や態度をみて、私の体調の変化をしばしば見抜くことがありました。
自分が若い時は、そのことを「うざい」と思ったこともありましたが、年を重ねてからは、その的確さにハッとすることが、よくありました。
母以外の身近な人は誰も母のように指摘する人はいなかったので、母ゆえの指摘なんだろうとずっと受け止めていました。
そこで、テレビからこのセリフが流れてきました。(もう一度書きます)
「看護婦にとって最も基本となるのは、病人がいちいち言葉にせずとも、その顔つきや態度のちょっとした変化から、気分や体調を察する力を持つことです。」
実は、大正生まれの母は、熊本県の天草の農村に育ちながら、看護を学び、戦前、戦中は当時の中国で、戦後は天草で看護婦の仕事をしていました。結婚して、看護婦はやめましたが、40歳前後頃からでしょうか、世田谷の保健所でパートで看護婦の仕事をはじめ、60歳過ぎまでその仕事を続けていました。
日ごろ、母が看護婦であることはほとんど意識しませんでしたが、これだけのキャリアがあれば、当然、「看護」の基礎は身についていたことに違いありません。
母が、私の顔色や態度を見て、私の体調を見抜いていたのは、単に母が子供の体調を見抜くという意味合いだけではなく、朝ドラの主人公が復唱した看護の基礎が身についていたからという側面もあったのではと思ったとき、母の看護婦としての人生に思いを馳せるきっかけにもなりました……。
以上、朝ドラから思ったことを書かせていただきました。
最後に、最近撮った写真を掲載します。
オカメインコのピーちゃんが、久し振りに籠の外に出てきた写真です。
籠の外に出てくると、こうして私の手の上に乗ってくれるピーちゃんです。
もう一つは、家の近くで撮った蝶の写真です。
スマートで羽の尾が長いことから見ると、オナガアゲハでしょうか。
優雅に花から花へと舞っていました。
今日は以上です。
皆さま、今日一日良い日をお過ごし下さい。



