あまりに色んなことがいっぺんに起きて、熱出してました、先週。


今はその後お決まりの咳が。止まらない。


今自分の中で集中すべき事は通信大学の勉強。現在今タームの4週目に終わろうとしているけど、今3週目に終わらしているべきはずの所でどんより。たかが一週分と思うでしょ。甘いんですよ、奥さん。私の入ってる通信大学、全然ブレークがないので、一週遅れると、どこかで二週分をやらないと、遅れっぱなしで試験に突入していってしまう。


・・じゃあ、ブログ書いていないで勉強しましょう・・、と言う事ですが・。まあ、いいじゃないですか・・、これからやるからね・。


実は、4月の初めからイースターの終わり位まで東京のはずれにある実家に里帰りの予定だった。


でも、あの地震、津波、原発事故。


テレビで初めてあの地震の事を見たとき、「大丈夫だよ、日本人は地震に慣れてるんだから」と。そして、津波のニュースが来た時も「大丈夫だよ、日本人は知ってるから、すぐ高台に逃げたはずだよ」と。被害者が出たって思いたくなかったんだと思う。


・・しばらくして、そんなもんじゃない、ってわかった時の・・。


信じられなかった。本当は、映画なんじゃないの?って思った。数日、呆然としていた。


それでも、一週間くらいは全然里帰りの予定を変更する気持ちはなかった。何より、被害は東北で、実家とは離れていたし、こういう大きい災害があったときに、国全体が自粛モードに入って経済が動かなくなると、結局一番困るのは被災地だ、って思っていたから。


ただ、そうこうしている内に、被災地からかなり離れている実家辺りでも赤ちゃん用品等々の買占めが始まり、実家はどういうわけかまだないけど、その周りの地域が計画停電に入り、何かと不便だったり、危なかったり。


さらに、オーストラリア政府が、オーストラリア国民に向けて、日本への渡航制限、日本滞在の国民に対しての避難勧告を始めた。実際今日本に住むオーストラリア人の旦那さんがいる友達の所には、オーストラリア政府から出国要請の電話が直接あった。


・・・もう、私にはどうする事も出来ないな、と。里帰りのチケットをキャンセルした・。


子供達は日本人であると同時に、オーストラリア国民だ。オーストラリア国民である以上、オーストラリア政府が安全だと思う方針に従って子供達を守る義務が、保護者である私にはある。


正直、まだ放射線の影響等々混乱してるのがニュースで伝わってくるので、里帰りキャンセルを後押しされてほっとした気持ちがあることも否めないけれど、それと同時に、そうやって、自分が行かなくなってほっとした、と言う場所に、親兄弟、親戚、友達が住んでいると思うと、やりきれない。


実家で同居している弟の所には、5歳の姪と3月に生まれたばかりの甥がいる。誰も直接口にしないけれど、水道水の事がニュースに出るたびに、皆どんな気持ちだろうと思うと、毎日全く落ち着かない・・。実家の人々はとても理性的なので、買占めもしてこなかった。被災者優先なんだから、と。そして、「乳児に水道水が危ない」と言われたって、じゃあ、真面目に買占めしてこなかった人が、まるで損したみたいだ・・。


私も、原子力の事はそれなりに本等で読んできているので、一旦人間のコントロールから外れてしまうとどれ程恐ろしい物なのか、知識はある。それを思い出すと、焦るばかりで、かと言って何が出来るわけでもない・・。


どうかどうか、一刻も早く原発事故が収まって欲しい・・。何か画期的な方法が見つかるといいんだけれど・。


今回は重なって体調不良で、自分は何の被害にもあってないくせに、何だか気持ちが本当に参ってしまった。でも、被災者の方々の事を考えると、被害にあっていない人たちが凹んでる場合ではないんだよね。もっとちゃんと、普通どうり、それよりもっと活発に色々して、社会全体の経済活動が元気ならば、被害にあった人たちが元の生活に戻れるのも、より早くなるんだから。


と、言うわけで、イマイチまとまってないけれど、とにかくも、私はとりあえず、体調を戻す事に専念する事とします・・。誰か咳の止まる方法を教えて~・・。昨夜は咳で頭の血管切れたかと思った・、いや、まじで・。


そんなこんななのでした。

実は明後日試験です。


Global Issues for Accoounting.


もうね、全然日記書いてる場合じゃないんだけど、変に緊張が高まってかえって何しても手につかなくなってくるので、ここで息抜き。


最近のチビトラの名言集など。


先日悪戯をしたので叱っていたら


「私ママになりたいなあ、そしたら怒れるもん」


むき~!もう一秒で「何言ってるんじゃ~!」とさらに説教が伸びそうな様子に気が付いて「・・じゃなくて~、ご飯作れるから」と言い換えた・。



ある夜、「飴が食べたい」と騒いでいるので、「もう夜だからだめ。第一、買いに言ったってもうお店閉まってて買えないよ」と言ったら


「鍵開けて入ったらいいじゃん」


・・それじゃ泥棒だがな・。



先週の寝言。


「チビトラ(もちろん本当は本名で)ちゃんはニコニコと笑いました」


「ダメ、チビトラちゃん触っちゃダメ~」


・・本人が主人公で傍から見ている夢らしい。・・どんな夢?



一昨日は、お友達のおうちに遊びに行かせてもらったんだけど、遊んでる間ほとんどず~~~~~っと歌ってた。楽しすぎて、何かの線を越えたと見える。



昨日、チャイルドケアからの帰り道。


「マリリンに靴で叩かれたよ~、顔が汚れたの」


どうやら、女の子が靴を脱いでチビトラの顔を叩いたらしい。本人いわく、先生がみていて注意してくれたらしいけど、特に泣いたりしなかった様子。


・・想像するに、どうもチビトラはその子を勝手に「マリリン」と呼んで嫌がられたのではないかと・。まだ英語で名前を聞いたりできないし、実名とは思いがたい。ちょっと「マリリン」も可哀相だ。



最近よく言う勘違い。


「チビトラちゃんは大きくなったら女の子になるから」


生まれたときから女の子です・。何回言ってもよくわからないらしい。



三歳児って一気に会話に勢いが付くと言うか、よく意味のある事を言うようになるけど、単語数が少なかったり、よくわかってないのにとりあえず口にしている事も多くて、こっちが戸惑う事がきりなくある。


でも、三歳児って事を差し引きしても、チビトラ、どことなく変わってると思うのは・、多分私だけじゃないような気がする・。



ちなみに、ミニトラは益々好評増量中。どこに行ってもむっちむっちのほっぺでニコニコと笑うので、ウケてます。・・まあ、親としては本望です、はい。

ちびみにとらとら。

「世の中笑っちゃう事ばっかりで幸せ~」


先日初離乳食。

ちびみにとらとら。

「食べてあげてもいいけど~、なんかオエってなる・」


ネパールでは初離乳食は親戚が集まってお祝い。

ちびみにとらとら。

「右側の二人は兄弟。兄弟そろって彼女募集歴うん年」


ようやっと寝返り。元に戻れなくて「みゃ~!」と呼ばれた。
ちびみにとらとら。

「おのれ信長め~!」

とりとめもないけど、そんなこんななのでした。

お正月早々トイレトレーニングを始めたチビトラ。


経過はというと、一週間も経たない内に大も小もトイレで出来るようになり、パンツを履き、その後外出先でのトイレが問題だった物の、それも一週間ほどでクリア。


時々遊びに夢中になって、気がついてからトイレに走るもぎりぎり間に合わずチョビット漏らす、以外はほぼ完璧。結局トイレトレーニング全行程、二週間ほどだったかと。


良かった良かった。


・・で、ふと思ってしまう事・。


私は元々、三歳過ぎて自分からトイレに行きたがらなかったら、その後に来る始めの夏でお尻丸出しにしてさっさと仕上げるつもりだった。 


でも、家の実家の両親、夫の実家の両親、二歳過ぎた頃から「まだトイレ行かせてないのか、ぎゃ~すかぎゃ~すか」とうるさくしてたけど・・、それは何の為なんだ??


この位大きくなってからならすんなりオムツが取れるのに、どうして皆もっと小さい内にトイレトレーニングをするの??


早くトイレに行くようになると、何かすっごいいい事でもあるんだろうか~??


思いつくのは、せいぜい、オムツ代が浮く事くらいなのですが・・。


親戚や友達もこぞって二歳位からトイレトレーニングを始めて、かかる子は三歳くらいまで、つまり一年もやってる・・。それって、三歳になったら始めれば良かったんでないの??


何でこう思ってしまうって、ママ達、トイレトレーニングにエネルギー費やしすぎでない?と思わずに居られない場面にでくわすから。一日に何回もトイレに連れて行って、本人は行きたくないから別に何もでないけど座らせてじっと待ってる、とか・、時間の無駄のような・。そしてイライラして子供にあたったり。


一歳、二歳代でまだ自分では「トイレ行きたい」、ってわからないのに無理やりパンツ履かせてずっとお漏らししてるからその片付けがタイヘン、とか。これもイライラ。


小さくても、トイレに行けるようになる子ももちろんいる。でも、それは、親が早く始めるからでなく、その子の時期なんじゃないかな、と。


今回、痛感したのは、どうしてどの育児関係の情報は、こぞって「早くトイレトレーニングを」と言ってくるのか。そんなん、どうでもいいやん、人の子なんだから、あなた達がオムツ替えるわけでなし、オムツ代払うわけでなし。


・・ほっとけよ・・。


トイレトレーニングに限らず、親の役割って、その子その子のしかるべき時期を見極めて、無理のないようにサポートしてやる事じゃないだろうか。


なのに、あっちもこっちも「~歳になったら~ができるべき」のような事を母親に知らしめて焦らせる。


まだトイレできない、着替えできない、片づけできない、きれいに食べられない、あ~だこ~だ。


親がきちんとしてる所を見せていれば、その内できるようになる。


なのに、焦らされている親はつい、「どうしてできないの!!」とイライラ。かく言う私も。


子供は育ちたいんだから、無理やり上から引っ張らなくたって、どんどん自分で根を張って伸びる。その力を信頼してやらないと。そうすれば、もっともっと楽しく子供と一緒にいられる。


ほんと、育児情報、勘弁してください・。


何の脈絡もなく写真。
ちびみにとらとら。

「とっても仲良し~」


そんなこんななのでした。

年末発熱して、正月は平熱で迎えたものの、結局だるくて何もする気になれず、だらだら~と、寝て三が日を過ごしてしまった・。


ごく普通の、お父さんの週末みたいだった・。


長く生きてるけど、こんなに盛り上がらない正月は産まれて初めて。がっくし。


それでも、この正月から暑くなってきたので、前々からやろうと思ってたことを始めた。


チビトラのトイレトレーニング。


これね~、親が根気がないと早くからは出来ないね・・。二歳半くらいから時々(←この、時々、がいけない)「トイレ行く?」と誘ってきたけど、本人も気が向く時しか行かないし、私も「いいや~、本人がやりたくなったらで」とあっさりその場その場で諦め、を繰り返し。


三歳になった辺りから外野が騒がしくなり・、一応(←この、一応、がいけない)毎日「トイレ行く?」と聞いてきた物の、何と、本人が大きくなればなるほど「行かない!!」率アップ。


どうも、「オムツですればいいのに、どうしてトイレに行くの?面倒くさい」という考えを持てるほど知恵がついてしまったと思われ・。挙句の果てには、「嫌だ~!行かない~!行かない~!」と大暴れで拒否するまでに・。もうこの時点でほとほと途方にくれる・。


で、正月そうそう、お尻丸出しにしてみました(°∀°)b 。


オムツをしてたらトイレに行かないし、パンツに替えるとオムツをしてない事を忘れて「じゃ~」。それじゃあ、と暑い夏の内に、家に閉じこもって何も履かせない作戦。


ここでちょっと戦いがあったけれども・、チビトラ、何とかしてオムツを履きたいので私に


「オムツしてないと、大きいサルが来て食べるよ!!」


と脅してきた。・・大きいって、どん位??キングコングくらい?食べるって、私を??果てしなく謎の脅しだけども・・、ともかくも、こんな理不尽な脅しに屈するわけには行かないのです。頑張った、私(←そうか?)。


で、ノーパン法、すごいね。初日は一回失敗したけど、とにかく出てすぐ気がつくから自力で止めようとして、「トイレに行く」と言い出す。


5日で家でのトイレは完璧になっちゃった。えっへん(←あなたは何もしてません)。


今は家では立派なパンツマン。


ただねえ、問題が・。


外のトイレでできない・・。買い物に行ったり、とにかく外に連れて行って、「トイレに行きたい」って言えるんだけど、じゃあ、ってそこのトイレを使おうとすると「嫌だ、お家に帰ってする」と言い出して、結局我慢できずにもらしてしまう。


今日なんて、オマル持参でちょっと遠出してみたけど、やっぱり外でオマルではしずらいらしく、断念。


う~ん、困ったねえ・・、どうするべえ・。


そんなこんななのでした。

私が。


一昨日38.5度。


昨日39.7度。


今薬が効いて37.5度。


ここまでに夫が作ってくれた病人食?ネパールカレー、インゲンとサヤエンドウの塩炒め、日本のカレー。


夫いわく「オレってすっごくいい夫じゃない??栄養のあるもの、病人が食べたい物のつぼを知ってて、パーフェクト。って、人に言うように」


との事なので、パーフェクトって事で・。


・・そうか??


恐ろしいのは、夫はあまり病気をした事ないので、病人が寝ていた方がいいって事を知らなかった。一昨昨日、私が「熱っぽい、だるい」と言ってたのに「寝てばっかりいると本当の病気になる、起きて起きて」と起床を強制。


私も面倒になって「寝てないと悪くなるってとこを見せた方がいいな」と挑戦。


見事、39.7度を記録。夫よ、やりました。


もうね、誰かに言わずには済まされない・・。


そんなこんなの大晦日、皆様にはよいお年を。

今年のクリスマスは、夫が初めて「何かプレゼントを買ってあげる」と言った。いいね、さすが、最早無職でない男。

なので、スノーボールやメリーゴーランドの飾り物が欲しい、と答えたら・、

夫「そんな役に立たない物、買わない」

・・何だと~!?プレゼントって言うのは、相手が喜ぶ物を買ってなんぼなんじゃないのか??

実は、この前から裏庭に置くテーブルと椅子のセットが欲しい、と言う話をしていて、夫が「じゃあ、そのセットをプレゼントって事で」と・、え~、皆で使う物なのに・。悔しかったので「じゃあ、そのセットには私に必ず優先権があるわけ??」と聞いてみた。

夫「もちろん、いつでもどんな時でも、座る、と言われれば、どきますとも」

私「・・じゃあさあ、私が「座れ」と言ったらいつでも座る?」

夫「・・そ、それはちょっと・・」

私「何で?だって、せっかく外にテーブルセット買っても、夫が一緒にディナーとかしてくれないと意味無いもん」

夫「例えば、真冬に喧嘩して、「裸でここに座ってろ」とか言われるかも・」

私「言わないって!!どんな拷問なんだよ・・、ってか、そう言ったら座る??」

夫「だから、嫌だって」

と言うようなやり取りをしながら一昨日ようやく買ってきたアウトドアテーブルセット。結局、昨日夫の友達と親戚が来て楽しそうに裏庭で飲んでおりました。買うまでは「役に立つのか??」とかぶつぶつ言ってたくせに、一番喜んでるのは夫ではないか・。

考えてみれば、ネパール人は本国で庭先に出てるのが大好き。暇なときはそうやって近所の人が通るのを待って、世間話をして過ごす。

今年もクリスマスランチはヤギのカレーと餃子。これさえ食べてればネパール人は幸せなので、簡単で良い事だ。カレーは夫が作るしね。

今年は夫の友達が、わざわざクリスマスイブにファームに行ってヤギを丸ごと買ってきた。家は足や肋骨辺りの扱いやすい所を買い取ったけど、他の友達はレバ刺し等々、隅々まで食べたそうな。ヤギって牛みたいに全部食べられるのね。若いヤギは臭みも無く、軟らかくなるまで煮るとほろほろ肉が崩れて美味しい。

そのヤギは、ファームである程度処理してくれてあって良かったんだけど、ついでに鶏も買ってきて、こっちはただ殺したのみで一昨日一旦家に持ってきた!!羽ついてるし・。買った人たちもそのまま引き取るって知らなくて、「買う」って先に行ってしまった以上は持って帰ってきたのだけど・・、ともかく、家で処理できないので、丁重にお断りをしました。「こんなん、どうするの~!?二度と買っちゃダメ」と。ああ、びっくりしたよ・。

話は変わって、最近、夏だけに蚊が多い。私が「蚊に刺される」と言う度にチビトラが「カニに刺されるの?」と。蚊、って難しい言葉?例えばこんな・

私「チビトラちゃん、蚊に刺されるからお家に入ろう」

チビトラ「え、カニに刺されるから?」

私「蚊、蚊だよ。蚊が刺すの」

チビトラ「カガ?カガが刺すの?」

私「蚊、ただの蚊、ぷ~んって飛んでくる虫だよ」

チビトラ「ハエ??ブ~ンって、飛んできて刺すの?」

私「ハエは刺さないの!!蚊に刺されるの」

チビトラ「カニ?カニに刺されるんでしょ?」

・・そんな風に、毎日果てしない物語が・。庭にカニがいて刺されたらかなりコワイ・・。ハエに刺されてもドン引きだ。

それにしても、今年のクリスマスは寒い。例年だと海に行ってもいいくらい暑くなっている時期なのに、ジャケットが欠かせない。すごしやすいけど、海に行きたい、と思えないのがちょっと寂しいなあ。

そんなこんなで、メリークリスマスだったのでした。

七五三の写真を撮ってきました。


神社なんてしゃれた物(←しゃれた?)はないので、割と近所のバラ園に行って家族で撮影会。

最初のうちは、まあまあ正面から撮れた。

ちびみにとらとら。

「着物かわいいね~、いつも着るのよ」(←いつもは着られない、というと、こう答える)


が、しばらくすると・・


走る走る。

ちびみにとらとら。

「野生の血が騒ぐよ~」


どうして走るのかね~??サバンナで野生動物を撮るカメラマンになったようだった・、前に回りこんでは、何とか正面から撮ろうとするけど、間に合わない!!ので、しょうがない、横から。

挙句、草履も足袋も脱いでやりたい放題。


あねご??
ちびみにとらとら。

「舐めたらいかんぜよ」


そんな私を尻目に、夫は時々あちこちでポーズを作って「ねえ、撮って」と言う・。あんたの写真はどうでもいいんじゃ~!ちょっとは手伝わんかい!!しかも、この後「オレの二の腕がかっちょよく写ってない・」と文句まで。うぎ~!


さらに、飽きて友達と電話。女子高生かっ!!
ちびみにとらとら。
「もしもし~、今日のご飯何食べた?」(←本当にこういうどうでもいい事しゃべってる。ああ、電話代のムダ)


そうこうしてる内にチビトラ、飽きる・。
ちびみにとらとら。
「もう脱ぐよ~、お家帰る~」


つ、疲れた・・、まあまあ、着物着せた証拠写真は撮れたからいいか・。


でもねえ、全体的にピンボケな気がする・。カメラ、そろそろ寿命かね~、がっくり・。

おまけのチャオミェンアンクルと美しいバラ。
ちびみにとらとら。

「シャツのボタンが閉まらないんだよ~」


ミニトラももうすぐ四ヶ月となり、大分笑うようになって益々かわいさ倍増中。


ともかくも、これで、「あなたの七五三を、母は一生懸命やりました」と言う証拠写真のできあがり。満足なり。


そんなこんななのでした。



あっという間にミニトラが生まれてから二ヵ月半。


前述の通り、混合ミルクで育てているわけだけれど、ナゼだかミニトラ育つ育つ。


もうね、面白いくらい。


写真にするととってもわかり易いので

生後十日。
ちびみにとらとら。

「子トラ二匹だよ~、やったるで~」
 

そして生後一ヶ月弱。

ちびみにとらとら。

「見たか、トラ二号の底力!!」


もう、この時点で4.4キロ!!たった一ヶ月で二キロ近くも増えている。どうしてなの??ミルクを飲む量も取り立ててものすごく多いと言うわけでもないと思うんだけど・。


思うに、妊娠後期の一ヶ月以上はお腹が張って私がさっぱり食べられなかったので、もっと育つはずが育てなかった。そして、生まれて飲むべき量のミルクを飲んでいたら反動が来たのかと。


何となく見た目がおっさんぽいので、私が「マイ・リトル・アンクル」と呼んでいたら、夫が「チャオミェンアンクル(焼きそば小父さん)」と呼び出した。なんでも、夫が子供の時住んでた村に時々焼きそば屋台がやって来ていて、その焼きそば売りの小父さんに似てるそう。


その後夫婦の間のミニトラの相性は「チャオミェンアンクル」に。


さらに、二ヶ月目。

ちびみにとらとら。

「いいか、焼きそばっていうのはなあ、手早さが・」


二ヶ月検診の体重が5.6キロ!増え方は最初の一ヶ月に比べて大分緩やかになったけど、それでも平均のニケ月児に比べると大分大きい。もう病院で「小さいからすぐ体が冷える、すぐ血糖値が下がる」と散々言われた頃の面影はどこにも見えない。


まあ、健康で何より。

ちびみにとらとら。

「今月はよく売れちゃって、オジサン笑いが止まらないよ~!」


それにしても、よく夫が言うのは「ネパール人の血はどこだ?!」。そう、このチャオミェンアンクル、肌の色やつぶらな瞳、どれをとって見ても全くもって100%黄色人種。並べてみてもチビトラとあまり似ていない。鼻とか口元は似てるような気もするけど、そこは夫じゃなく、私似と思われるし・。


それじゃあ、私似なのか?と思うも、私の幼少時よりも大分瞳がつぶらなような・・。


でもねえ、そんなオッサンみたいなチャオミェンアンクルがかわいくて仕方ない夫婦なのです。もう見てるだけで、口元がほころんできちゃいます。夜中の授乳もなんのその。ああ幸せ。


それに、二人目の特徴なのかとっても扱いやすい子で、お腹が空いた時位しか泣かないし、泣く時もかなり辛抱強く「ふがふが」と空腹サインを出しながら待っている。どうもありがとう~、とりあえずいい子でいてくれて。


さて、チビトラ。


ミニトラの事は良くかわいがってくれるんだけど、三歳四ヶ月を過ぎて益々やんちゃに・・。外遊びの時は必ず裸足になりたがるし、一緒に買い物に行くと走ってどこかに行ってしまい、見えなくなっても気にしないから危ないし、困った事にとにかく親の許容範囲を試す。


「止めなさい」「危ない」と言われるほど、ぎりぎりまでやりたがる。何回も言われても頑固に止めず、結局お尻を叩かれる。


・・もうねえ・・、下の子が出来たから優しくしてあげたいのに、わざわざ怒られるような事を次々して、どうしてそうなのよ~??って呟く毎日。


ああ、三歳児・・、こうやって自立していくのねえ・・。

ちびみにとらとら。

「そうでござんす」


このなべ蓋、上手い事乗っていて歩いても落ちない。この格好で家の中を満足そうに闊歩して「ござんすござんす」と呟いていたので、旅がらすだとばかり思っていたら「お姫様なの」と。


鏡の前で小首をかしげてポーズしてた。・・色々混乱してますよ、姫君。


そんなこんななのでした。

出産後病院にいるのは嫌いだ。


三年前にチビトラを産んだ時、高血圧になってしまって一週間あまりも病院に引き止められた。その間、助産婦や看護婦や、とにかく人々のうるさい事。特に母乳について。「完全母乳がいいから、哺乳瓶は使わないように」「ちゃんと赤ちゃんは吸ってるか」、おしっこは出たか、便はどうだ、くどくどくどくど・・。


私はあまり母乳がどんどん出るタイプじゃない。ついでに言えば、多分母乳をやるべく抱っこするのもうまくは無い。さらに不運な事に、多分チビトラもおっぱいを吸うのがかなり下手だった・。


で、「体重が減ってます!!ちゃんとがんばってお乳あげて下さい!!」みたいな・・。その上、「黄疸が強くなったのでカプセルに入れます。飲むもの飲んで出すもの出さないと悪くなっちゃうんです」、とか。


そんな事はわかってる。母親の私が一番自分の子供を心配してるのだ。あの人たちは、赤ちゃんに親身でそれはとてもいい事だけど、出産後の疲れた体で二人部屋に母子同室押し込められて、一睡も出来ないまま何日も引き止められて、何かもう出来る事だって出来なくなってくる、そういうこっちの気持ちをちょっとは汲んでくれてもいいんじゃないんだろうか・。


結局その時は家に帰ってからもしばらく母乳にこだわってその間辛かったけど、粉ミルクを足すようになって懸念だった体重も黄疸もすっきり解決。それまでずっと機嫌が悪くて長く眠らないチビトラもけろりと良くなった。


その時の経験から、「二人目はさっさと家に帰って自分の好きなようにミルクを上げよう」と思っていた。私にとっては母乳にこだわる事よりも、親子が楽しく一緒にいられる事のほうがずっと重要な事だと感じたから。


さて、前フリが長くなったけど、そういう訳で、ミニトラを産んで分娩室で待ってる間に早速聞いてみた。「できたらすぐにでも帰りたいんですけど」。すると、「今回赤ちゃんが小さめで心配なので、申し訳ないけど一泊はしていって下さい」。・・がっくし。


・・まあいいや、今回は母子共に健康だろうし、ずるずる引き止められる事もないだろう・・。


そうして、やっぱり母乳にこだわる人々に囲まれ小さいミニトラは生まれてすぐの苦労を経験。何しろ小さいから口も小さい。吸う力もあまりない。いっくらおっぱいに近づいても、ただくっついてるだけ・・。それでも、病院の人たちは口をそろえて「吸っていれば出るようになるから大丈夫」と言う・・。・・「あの~、でも、ほとんど吸えてないんですけど・・、粉ミルクをとりあえずあげたいんですけど・・」、と言ってみるもさりげなく無視される。


翌日になり、「もう帰っていい??」と聞くと「小児科医のチェックをもらわないといけないので、小児科医が来るまで待っててください」と言われる。


・・・これが、待てど暮らせど、来ない・・。


午後になって担当看護婦が変わり、「しょうがないからとりあえず私がチェックしてあげる」と言われ一安心。が、「ちょっと足の付け根の間接に違和感があるから、やっぱり小児科医じゃないと退院許可が出せない」と・・。


・・・さらに、夜になっても小児科医は姿を表さず・・。


話を聞いてみると、「小児科医、二人しかいないのに、今緊急の患者が二人出て離れられない」。・・・「いつになったら来られるように??」。「わからない」。


・・・もう心の中で号泣。わからないって、わからないって、何だよ~!!??いったいいつ家に帰れるんだよ~??チェックなしで帰れないのか、と聞いたら、それはダメらしい・・。


・・・そして翌日・・・。


ようやく小児科医が来てくれた。ばんざ~い。足の関節もたいした問題じゃないから、大丈夫、と言われる。で、とりあえずここまで懸念だった事を聞いてみた。


「あの~、この子、お腹が空いてふがふがするけど、まだ一回も目を開けないんですけど・、何かすごく眠いみたい・」。「あ、そりゃあ大変だ、小さいからね、血糖値が下がってるんだよ。測ってみないと」。


で、結局血糖値が下がってるので、粉ミルクをあげながらまた一晩病院で様子を見ることに・・。がっくし・・。


ってか、だからあれ程「粉ミルクをあげたい」と言ったじゃないか~!!最初からあげていればこんな問題は起きずに、今頃平和に家に帰れたはずなのに!!何なんだ、何だかもう、母乳信仰を憎む気持ちに。2.56キロなんて未熟児ぎりぎりの体重なんだから、飲ませないと危ない事くらい素人でもわかるわ!!


夜が明けて、粉ミルク効果で血糖値も正常になり、またもや、小児科医のチェック待ち。


・・・丸一日、小児科医待ち・・。


・・・そして、翌日に・・。


この時、「このまま一生小児科医をここで待ってるのでは・・」と途方もなく情けない気持ちに・・。


その”夜”、ついに、ついに、小児科医がっ!!!!


この時夫も居たので、二人して「いえ~い!!ついに、ついに、小児科医だっ!!」と大喜び、小児科医、すごい大歓迎にびっくりして恐縮。ようやく退院許可が出て、ミニトラ、車上の人となりました。


・・・それにしても、結構大きい病院なのに小児科医二人だけって、足りないにも程がある。よくニュースで骨折の手術に何ヶ月も待たされた、と聞くけど・・、どうにかしないと本当に困るよ、医者不足。もし何かあったら間に合わなくなっちゃうよね・・、と怖くなった。


その後、家に帰ってきたミニトラは欲しいだけミルクを飲んで、むくむく元気に大きくなりました。その巨大化の様子はまた次回。


ちなみに、あちこちで「粉ミルクをあげだすと母乳を受け付けなくなるから止めた方がいい」と言われたけど、ミニトラは出る分だけはコクコクおっぱい飲んでます。大丈夫だよ~。


そんなこんななのでした。

出産の時の事を書かないと~、と思いながらあれよあれよと二ヶ月あまり。


ミニトラを生んだのは8月19日だったけど、実は破水は8月17日の夕方だった。チビトラは昼寝中で、5時ごろにぼへ~・、とソファーに座ってテレビを見ていたら、何となく違和感が・・、その日は朝から「何か変だ・・」と感じてはいたので、一応バスタオルを持ち歩いてお尻の下にひいてはいた。


がっ!!!


その違和感を感じて数秒後にはどんどん水が出だし、とてもバスタオルでは間に合わない事を悟ってあわてて立ち上がり、とりあえずタイル敷きのキッチンまでがに股でがにがにと急いだ。


もうね、出る出る。じゃあじゃあと。


で、タイル敷きでも間に合わないとなり、今度はシャワー室へがにがに。


それからシャワー室で水が止まってくれるのを待って、シャワーを浴びて、着替えて、あちこちにたれてる水を掃除して、又ソファーに戻ってしばしくつろいでみた。それというのも、チビトラを産んだ時も破水が先に来て陣痛まで数時間あったので、まあ、まだまだ余裕かな~、と。


この時「いよいよ産まれるな~、わくわく」と一人盛り上がっていた。


そうこうしていたら、夫から「ちょっと遅くなるよ、多分8時ごろ」と電話があった。「わかった~、さっき破水したけど、多分陣痛は当分来ないから、大丈夫」と、私が告げるとものすごくあわてた様子で「だだだ、大丈夫??ほんとに大丈夫??」と訊いて来た。産院から、病院に行くのは陣痛が5分おきになってから、と言われていた私は心のそこから余裕で「大丈夫」と答えた。


ところが、夜8時過ぎに帰ってきた夫が「心配だから念のため」と産院に電話して聞いてみると、「破水したらすぐに病院に来ないと!!」とオコラリタ。


え~、そんなの聞いてないし・・。


ともかくも、チビトラも連れて家から車で10分ほどの病院へ。


着いてから分娩室の待合室で待たされ、胎動を聞くための機械をつけられ、「ドクターが来るのは多分少なくとも一時間は後」、と言われ・・。「すぐに陣痛が始まらないんなら、家に帰りたいんですけど」と訊いてみるも、「胎動次第でわからない」との返事。ここで、夫とチビトラはひとまず帰宅。


・・結局、陣痛はしばらくきそうも無いので一旦家に帰ってよし、とお達しが出たのが翌日の朝・・、ち~ん。一晩中待合用の狭い硬いベッドで待たされてそれですか・・。


で、夫に迎えに来てもらって帰宅して陣痛を待つも痛くも痒くもないので、とりあえず、洗濯。さらに、掃除機。そして、買い物に。普通にご飯作って夕食をとり、就寝。


余談だけど、後日この話を日本人の友達にしたら「普通日本だったら破水したらすぐ出すよ!!感染症とか危ないんだよ!!」とあちこちで言われた・・。


ともかくも、翌朝、この時まで陣痛が無かったらとにかく病院に来るように言われていたので、私と夫はチビトラを夫の弟に預けて病院へ。


この時点で朝7時。分娩待合室にいると助産士さんが来て、「あ~、陣痛来そうも無いね。今分娩室いっぱいだからちょっと待っててね~」とのんびりと告げる。・・・ああ、分娩室も予約制だったらいいのに・・、待合用のベッド、しつこいようだけど狭くて硬い・・。


そのまま待たされ、ようやく10時になって「ベッド空いたよ~、どうぞ~」と分娩室に通される。・・っていうか、陣痛来てないのに分娩室なのね・・、もう即効産ませる気だから??


それからすぐに陣痛促進剤を点滴し始め、又痛くなるまでひたすら寝転んで待つ。


少し痛くなってきたな~、と思ったのが12時くらい。スタッフが入れ替わり立ち代りやってきてはいなくなるので、話を聞いてみたら、10室の分娩室に5人のスタッフ。ひょえ~、忙しそうだね、そりゃ。


1時くらいまでは痛いながらも無駄口を叩く余裕があったけど、それ以降はもうのた打ち回る痛さ。理性みごとにふっとびます。笑気ガスを使わせてもらえるんだけど、これがうっかり手から離れてとってもらいたい時に「ちょっと!!ガス!ガス!!」と叫ぶ。


しかも、このとっても痛い時に夫以外は誰もいない・・。スタッフ足りないから・・。頼れるのは夫だけ・・、ああ、頼りない・・、しょうがないので、思う存分痛みを訴える。・・ああ~、夫が産んだらいいのに~!!


やがて、いきまないと痛くてやってられない、と言う時になったら、何かを察したかのようにスタッフ大集合!!どこからともなくわらわらとほぼ全員がっ!!すごい、プロの勘??あ、私があまりにうるさいから??


それぞれ口々に「あ~、もう始まるね」、「まだ4センチだよ」、「しょうがないよ、止められないよ」、「はい、いいよ~。押して押して~」。


もうね、押しますとも。産んでしまえばこっちのもんだ、もう痛いのも終わるんだ。


ふん!!よっこいせっ!!


2時10分、出ました、つるりんと。


すぐに看護婦さんが口の中の異物を取り出したり、ビタミンKや肝炎の注射したり、処置が終わって私の上に。


・・・しわしわでおじいちゃんみたい・・。目もうっすらとしか開かないし、何だかコワイ。


正直、チビトラの時は二人とも初めての事だったので、ものすごく感慨深かった。でも、今回は二回目なので二人とも意外と落ち着いていて、ただ、しみじみと、とても平和な気持ちになった。


ようこそ、我が家へ。新しい家族。


チビトラ、夫、私でもう出来上がってはいたけれど、何となく形がぐにゃぐにゃとした私達家族を、ミニトラがより固めてくれたような、そんな感じ。


以前一人っ子の友達が「兄弟がいるって、親の愛情も分け合うんでしょ?私はしたくないから、一人っ子で良かったよ」と言っていたけど・・、そして私もそういうもんかな、と思っていたけど・・、二人の子供の母親になってみて、それは違うなあ、と思った。


愛情って、増えたり減ったり、測ったり出来る物ではなくて・・、チビトラも以前と同じに愛しいし、ミニトラも全く同じ位。さらに、家族全体としての大切さや重みが増した。守らないといけないものが増えて、責任も増して、自分が生きている事がさらに重要になった。


今はまだ二人ともいつでも手の届く所にいて、穏やかな安らぎの中で育ってる。でも、やがて成長して少しずつ私の手の届かない所にいる時間のほうが多くなって・・、世の中に出る時、色んな事があるんだろう。


辛い時、二人が助けを必要とするとき、いつでも手を伸ばせるように、私は出来るだけ長生きしないとな・・。二人が私と同じくらいの年になった時、私はもうよぼよぼのおばあちゃんだろう。その時、あなた達がどんな大人になっていても、今と変わらず愛していると、伝えてあげたい。・・・多分、それくらいしか出来ないだろう事が、たった一つ、悔やまれるけれど・・。


そんなこんなで、病院滞在編に続く。