離乳食も早二週間。


オージーだけの方式なのかわからないけど、初めの月は食べ物紹介で、同じ物一種類を3日ずつくらいあげながら次の物へと進んでいきます。アレルギーがあると、この段階でわかるそう。


ここまでで、お粥⇒マッシュポテト⇒ここにズッキーニが来るはずだったんだけど、茹でて潰しても、滑らかになりません、挫折⇒裏ごしにんじん⇒裏ごしバナナ⇒


で、現在、どん。

「おいちードキドキ

裏ごしアボカド。スプーンは自分で掴まないと気がすまない。時々わざと落とすヽ(;´ω`)ノ



口からぼたぼたこぼれる、こぼれる・・。辺り中緑色・・。


ここまでの所、お腹も大丈夫。


どれも始めて口に入れるときは変な顔をするけど、後は慣れて平気。


明日はまた何か新しい食材の日です。


カリフラワー、ブロッコリーなんかがお勧め食材としてパンフレットに載っているけど・・、滑らかになるのかなあ?


緑怪獣を拭いて、洗濯して買い物行かなくちゃ。


明日のクリスマスは国民の祝日で、お店やレストランは全部閉まってしまいます。


今日買い物しておかないと、餓死する~ガーン


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先週までは、3日に一回位しか、しかも何かに集中していてうっかりした時にしかしなかった寝返り。

いつの間にやら、ごろんごろん。


でも、着地に失敗して頭を打つのが嫌らしく、ベッドやプレイマットの上でしかしません。


なので、結局あんまり移動しない。助かります。


一昨日から、私の住む地域は集中豪雨に見舞われています。


いつもは水不足で困っている地域なので、排水がよくなく、そこら中で水があふれてニュースになってます。


家は低い土地ではないため、大丈夫ですが。


今、その天気のため、真夏なのに、寒い。



で、心なし娘も機嫌が悪い・・。


夕方になって、ミルクをあげても、抱っこしてもぐずり続けるので、初のおんぶをしてみましたヘ(゚∀゚*)ノ


玉砕 orz 背中でじたばた、状況は悪化です。


教訓:機嫌が悪い時は、どうやっても悪い。・・人間だもの。


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産まれてからすぐは実感がわかなかったので、「こんなもんなのかな~?もっとすごい感動するかと・・」とかなんとか思いながら出産後の入院病棟に移り、休んでいた。


基本的に母子同室なので、彼女は横の赤ちゃん用ベッドの中で深~く眠っている。

ちょと土偶みたいだね、と思った。


とりあえず、シャワーを浴びていると、血の塊がぼたぼた出てきて止まらない。出産はこれが人生初なので、こういうものかと思っていた。


が、シャワーから出てベッドに休んでいても、ものの数分でパッドをまた替える羽目になる程出続ける。看護婦さんに伝えたら、お医者さんを呼んできた。


先生「これね、血の塊が中に残りすぎだから、出すよ」


私「(((゜д゜;)))(もう全部終わったと思ってたのに~)」


で、どうやって出したかと言うと、力ずく。手のひらをお腹の上に乗せて、ぐぐ~っと搾り出す・・。


これがまた、痛くはないけどものすんごく、不快。また、ひ、ひ、ふ~ってなる位、不快だった・・。


この事で、体の中の血が結構出たので今度はものすごく寒くなった。がくがく震えが勝手に来てとまらない。思い出したのが、刑事もののドラマ。よく、撃たれた刑事さんとかが「寒い・・」とか言いながら死んでいく、あれ。「うわ~、私、死んじゃうのかも・・」とまた勝手にパニくってめそめそする。・・もう疲れてたしね。


今考えてみると、これで血を出してくれたので、一気にお腹がへこんで、あんまりダイエットの心配が要らないくらいだった。・・皮はたるんでいたけども。プラマイゼロ。


入院中は、母子同室だから、昼夜かまわず必ず誰かの子が泣いていて、眠れなかった。なので早く家に帰りたかったけど、血圧がまだ下がらなかったので、許可が下りなかった。ちなみに、オーストラリアの病院では母子ともに問題無さそうなら、翌日退院もOKです。


入院中、あんまりやる事ないから、娘を隣において、ぺったり一緒。ちょっと馴染んできたな、と。


そうこうしている内に、4日目、娘に黄疸が強いと言われ、機械の中に。

この機械も、わざわざ病室まで運んできて、母親のベッドの隣。・・・泣いてるのね、この中で。そりゃあ、心細いよ。目隠しされて、全裸で、プラスチックのケースの中で。でも、授乳の時以外は泣いても出さないでくださいと言われ、丸二日。・・切なかったよ~。


機械から出した後、ず~っと抱っこ。何かもう、トイレに行く間も離れがたい。ほんのちょっとでも、娘をいやな目にはあわせたくなかった。


その後、血圧は下がらないまま一週間がたち、ろくに眠れないので疲労は全くとれず、むしろピークに達し、発熱(TωT)。


・・どうしよう、このまま血圧下がらなかったら、もう家に帰れない~。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。と発熱と疲れでわけがわからなくなってくる。


十日目、ようやく、ようやく、血圧正常値に。それまでも薬は当然使っていたけど、正常値が長続きしなった。でも、とうとう~。


で、退院ヽ(゜▽、゜)ノ。いえ~~~~~~。


うれしかった。もう、無実の罪で監獄に入れられて、脱獄した時くらい。入ったことないけど。


お家について、落ち着いて。

やっぱり、ちょっと宇宙人みたい。


でも、自分にとっては世界一可愛い。


産んですぐはわからなかったけど、愛してるってこういう事なんだな、ってこの時ははっきり理解していた。



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オーストラリアでは、私の知る限り立会い出産が当たり前。出産すべく病院で診察を始めた時点で、「誰についていてもらいますか?」と聞かれます。それは、夫でなくてもいいんだけれど、陣痛を乗り切るのは、”信頼できる誰か”についていてもらう事が必要だから、と言うことのよう。


で、他のカップルを見ていても、よほどのことがない限りそれは夫。


家の夫は、始めのうちは「血が怖いからあんまり立会いしたくない・・」なんて言っていたけど、私にしてみると、他の人に立ち会われるなんて、絶対いや。と言うわけで、立会人はムリヤリ夫に決定していた。そもそも、こっちに自分の血縁の親族いないもん・・。


朝七時に分娩室に移った私からのメールで分娩室に現れた彼は、旅行用の小さいスーツケースを引っ張ってきていた。


・・いやな予感・・。


実は、専用の下着などの出産時用グッズは揃えてあったものの、「まだ10日もあるし」と油断して、ひとつ所にまとめていなかった。事前にこれとこれが必要だからね、と伝えてあったものの、夫はそれからまた自己判断して勝手に違う物を詰めて持ってきたのだった・・。


パッドの付けやすい下着も、授乳用のシャツも、なし(;´Д`)ノ。説明しても、わかってくれない。


そして、もう退院時の赤ちゃんの可愛いカバーオールとか持ってきてるし・・。まだ先だっつうの。


でも、何よりもう陣痛の痛みがどんどんひどくなってきていたので、それをしつこく言っている余裕はもうなかった。


痛いから、出来るだけベッドの上でじっとして居たかったんだけど、助産婦さんが「立っていないと子宮口が開かない」と言うもんで、がんばってテーブルに手を付いて寄りかかり、立ち続けた。


そこに、出産用の先生登場。


先生「(´∀`)や~、血圧を落ち着かせてもうちょっと待ってもらおうと思ってたのに、破水しちゃうとはね~。もうここまで来たら戻れないから、産んじゃっていいよ~」


私「(-x-;)私に選択の余地はないです。どっちにしろ」


先生「まあ、そうだね。陣痛はもうちょっとかかるだろうから、がんばってね~ヽ(゜▽゜)ノ」で、立ち去る。


うう、なぜ、なぜ、そんなににこやかなんだ・・、人がこんなに苦しんでいるのに・・、わけてやりたい・・。


・・・人って、苦しい目にあってると発想が悪になりますね・。私だけ?


さらに、かなり修羅場に痛くなってきた頃、先生もう一人登場。


先生2「(*^▽^*)こんにちは~、どう、調子は~?」


私「んあ?見ればわかるかと(だから何でそんなににこやかなのかと)・・」痛みで態度も悪くなっている。


先生2「わかる、わかる。私ね、内科の医者なんだけど、一応血圧の事があるから、産科の先生と私とで担当ってことで、ヨロシク(*^▽^*)」


私「はあ・・、い、いたた」


先生2「で、蛋白とかも出てるから、尿の管とか付けたいんだけど、いいかな~o(^▽^)o?」


私「もう、どうでもしてください・・、いた、いた・・」


で、痛い上に尿の管つき、何か点滴も付き、どさくさで学生を一人入れる事を夫が了承してしまい、先生1、2、学生、助産婦、看護婦さんの5人に囲まれながらの出産・・。多すぎ。誰かタスケテ。


で、この頃から部屋についていた痛み止めのガスを吸い始めたんだけど、効いているんだか、さっぱりわからない。とにかく痛い。効いていてあの痛みだったら、ガスなかったらもう死んだかも・・。


そんなこんなで、子宮口が十分に開いたのでいきんでいい、と言われたんだけど、痛くていきめない・・。しばらくやったけど、あんまり変化なし。そこに、出たり入ったりしている先生1がやって来て、


先生1「いきみ方が違う」


私「Σ(・ω・;|||」


先生1「あなたは、胸の方に力が分散してる。もっとこう、トイレみたいに」


・・・早く言ってよ、先生・・。もう、痛いし疲れたし、何か私このとき「もうやめて家に帰る」と言っていたよ。ほぼ、パニック。人生初のほんとにパニック。


先生1「ほいじゃ、会陰切開しよっか」


じょき。音、確かにした。でも、人に伝え聞いたとおり、産むのが痛くて、もうあんま感覚ない。


夫、この時点ですでに真っ青。パニくった私にしがみつかれたりするし。


赤ちゃんが降り始めてから時間がたちすぎてきたので、心配になり心電図をつけることに。


看護婦さん「心音がしません」


私「(((゜д゜;)))」


先生1,2「付け方、逆だから」


看護婦さん「あ、なんだ」


心音「とくとくとく」


私「(ノ◇≦。)かんべんして~」


先生1「もう、疲れて力が出ないみたいだから、吸引するよ。赤ちゃんも疲れちゃうし」


私「何でもいいから、早く何とかして~イタイ~、もう帰る~」


先生1「波が来た時に、一気にいきんで~」


私「出来ない~、もう出来ない~、イタイ~。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 ふんっ、ふー」


先生1「そうそう、そういう感じ~」


夫「もう出てきてるから、ちょっとだから」


私「うー、うー」



で、吸引といきみをあわせて数回で、ずるっとヽ(゚◇゚ )ノ。



ほえほえ泣いている。


生まれてしばらくは、ただぼーぜんとした。赤ちゃんを見せてもらって、抱いても実感がわかなくて「あ、そう、これが・・、そう・・」と。


夫は何かもうびびりまくりながらも、生まれたときは感極まって涙出てたらしい。私は、夫のことを気にする余裕はもうなかった。


しかも、胎盤出すからもう一回いきめとか言うのね、あの人たち・・、ヒドイ。そして、縫うのもイタイ。


でも、全部終わったら痛くなくなって、落ち着いたのでお礼とかちゃんと言いました。


しばらく、分娩室で夫と二人きり、いやいや、出てきた娘と3人でゆっくりさせてもらった。


私の胸にぺったりくっついて、じっと見上げてる。


ちっちゃい、ちっちゃい、命。





不思議な気持ちだった。なんて表現していいかわからない。本当に、不思議な気持ちだった・・。



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予定日まであと9日となった検診で高血圧と尿蛋白のダブルパンチを発見されてしまった、と言うだけで結構衝撃だったのに、夕方になって宣告されたそのままお泊り(・・;)は本当にびっくりした。


生まれつき、体は丈夫な方でそれまで人生の中で「高血圧」なんて、ただの一回もなったことなかったのに・・。うそ~ん・・。


・・どうしよう、もし赤ちゃんに何か悪い影響が出るんだったら・・、と気分はどんどん落ち込んでいく。


頭の中で、日本でお医者さんに言われた「あんたね~、妊娠なめちゃいかんよヽ(`Д´)ノ」がこだましていた。あぁ、これの事だったのね、先生、妊娠なめててごめんなさい。


そこへ、先生再び登場。


先生「出産予定日近い高血圧はありがちで、治すには産んじゃうしかないのね」


私「∑(-x-;)産んじゃうしか・・?」


先生「でも、今日金曜日で週末にかかると混んじゃうし、様子見ながら予定日まで自然分娩を待ってもらいたいのよね」


私「( ̄ー ̄;混んでるから・・?」


先生「とりあえず、今晩様子見て、うまくすれば明日には帰れるから」


私「・・・・(うまくいかない時って・?)・・」


とりあえず、夫に電話して身の回りの物を持ってきてもらう手はずをつけ、ベッドのうえでぼ~っとしていた。時間もたって、気分も落ち着いてくる。まあ、産めば治るって言うんだから、それほど深刻なことでもないや、と。


が、待てど暮らせど夫が来ない。で、電話すると


夫「今、まだ友達のとこ」


私「むかっ何で?」


夫「まだ、面会時間あるでしょ?」


私「ドンッ・・・」


無言の怒りに気づいたらしく、その後はすぐに家に帰って荷物を持って来てくれたけど、妊娠した妻の一大事になんなんだ・・。頭来たぞ。本当に来たとも。・・多分、この高血圧は、この人と一緒に住んでいるからだな、と一人納得。


そんなこんなで、面会時間も終わり、二人部屋の病室で眠れないまま夜が更けていった。


真夜中の12時ごろ。


「ぷちん」



自分の中で、小さい風船がはじけるような音がした。


一瞬後、生ぬるい水が勝手に出てきだした。


ひょえ~。トイレに行こうと立ち上がったけど、全然間に合わずベッドサイドに立ったまま、足元に水溜りが出来た。


・・・何これ?破水?え?破水って、陣痛が始まった後に来るもんなんじゃないの?そう習ったよ、母親教室で。


!ってか、もう産まれちゃうわけ?


うあ~、混んでる時に、ごめんなさい。


ぐるぐる考えながら、とりあえずナースコール。看護婦さんは慣れたもので、パッドを渡してくれ、とりあえず着替え、「痛みが来るだろうから、我慢できなくなったらまた呼んで」の言葉を残し、去っていく。


が、痛み・・、痛みねえ・・、中々来ません。


3時ごろ、看護婦さんが来て痛みは来たか、と聞かれるも・・。


便秘でトイレに行きたい、位の痛みが・・。何か、トイレに行きたいのか、ただ痛いのか、わかりません。


とりあえず、トイレに行ってみると、すっきり。


4時過ぎから、結構痛くはなってくる。でも、我慢できないほどじゃあない。


5時。とうとうナースコールの出番再び。


私「我慢できないくらい痛いガーン


看護婦さん「じゃあこれ、痛み止め」


私「∑(-x-;)」


なんつうか、処方箋がないと出ないやつではあるけど、いわゆる、イブとか、バファリンとか、あの手の薬をくれる。何?陣痛って、痛み止めで抑えていいもんだったの?ひたすら我慢しかないんだと思っていたよ。


そして、朝七時。ベッドで唸りながらのたうち始める私。ナースコール。


私「(T▽T;) この痛み止め、効かない・・」


看護婦さん「いよいよだね。それ、効いててその痛みだから。じゃあ、分娩室あいてるから移ろうか」


・・・効いていてこの痛み・、そうなんだ・・、あ、分娩室ね、はいはい。そそくさと荷物をまとめる私と、ちゃっちゃと荷物と私を車椅子に乗せる看護婦さん。そこには、分娩用の棟に、専門の受付、ナースステーション、分娩室がいっぱい。


さて、分娩室。


さすが、土地だけは広いオーストラリア。一人用の分娩室がきっちり個室でざっと十畳位ある。一回ここに入ると、中々産まれなくても、産むまではご滞在。陣痛好きなだけヽ(;´ω`)ノ。分娩用棟内にお風呂も完備。


・・・でも、出来るだけ早く終わらせてお家に帰りたいよう・・。


分娩室に移った時点で、そこから夫に携帯電話でメール。さすがにこの時は、夫もそそくさとすぐにやって来たのでした。


戦いはここからだ~ヽ(;´Д`)ノ



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二月半ばになり、オーストラリアへ舞い戻った。


一応日本の産婦人科で順調のお墨付きをもらったものの、肝心のオーストラリアでどの病院がいいのかもわからない、と言う状況はかわらず。そもそも、人口が少ないので病院の数そのものが少ない。


そんな中で、日本人の友達から人づてにロイヤル・ウィメン・ホスピタルは?と言う意見が。文字通り、女性のための病院。何の当てもなかった私たちは、ロイヤルだし、いいかも、と感覚を頼りにとりあえずその病院に電話して予約した。オーストラリアでは、ほぼすべての病院が緊急時を除いて予約制。


初診、一ヵ月後。もはや、予定日まで3ヶ月と迫るヽ(;´ω`)ノ。


病院は、かなり大きい建物。上の方の階は入院病棟で、出産のための個室は5~6室、数階に渡る。産み放題。ちなみに、出産用の各個室には陣痛を和らげるための笑気ガス配備。・・これ、普通?


初診で日本からもらってきたすべての検査結果を見せるも、日本語交じりの検査結果にどん引きされる・・。


結局、すべての検査を改めて・・、ああ、血がもったいない。


さらに、超音波検査は、通常どこの病院でも、一回の妊娠に付き一回ぽっきり∑ヾ( ̄0 ̄;ノ。


しかも、私の場合はすでに保険で病院内の超音波検査をするには遅すぎて、検査の専門機関でやってくるように言い渡された。半額しか保険が下りなくて、二万円くらいかかった・・。


ちなみに、オーストラリアでは出産関係に掛かるのすべての費用が保険適用で、タダ。オーストラリアの医療保険は税金でまかなわれ、たいていの疾患において、特別な治療を除いて個人負担はありません。


それでも、保険より上の扱いや治療を受けられる大きな個人病院があって、お金を払ってもいい、という人はそういう所に行きます。私は、タダの病院ヽ(゜▽、゜)ノ


で、超音波検査。


技師さん「もう、赤ちゃんがお腹の中でいっぱいで、よく見えないんだよ」


え、そうなの?日本では、病院行く度に、出産ぎりぎりまでやってるんじゃないの?・・困惑。


技師さん「これ、耳、耳」


あや~、もうはっきり耳の形が見える。すごいね~、ちゃんと人だよ。


で、この後出産までに何回か定期健診に行ったけど、血圧測って、小さいマイクで心音聞いて、手でお腹を触って、赤ちゃんの向きを確かめ、おしまい。・・う~ん、シンプル。


動いた方がいい、と誰もが言うので、気が向くと小一時間散歩に行ったりしてましたが、8ヶ月くらいから、お腹がもうパンパンになって、動くのが億劫になってくる。何故か、胃に近いあたりがすごく苦しい。お腹の皮が、中身に伴って伸びてくれない・・。


まだ予定日まで一ヶ月半くらいある辺りから、お腹の中がぎゅうぎゅうで、赤ちゃんもあまり動きが取れなくなっているのが感じ取れたのでした・・。


そんなこんなで、予定日までもう後9日、という日に検診に行き、


先生「φ(.. ) 血圧上がってますよ」


私「∑(-x-;)」


先生「尿を調べて、淡白が出てたら、しばらくたってまた血圧測りますから」


かくして、見事に淡白尿。その後病院内にて5時間待たされ、血圧測定再び。


先生「下がらないので、今晩は院内で様子見になりますから」


私「Σ(=°ω°=;ノ)ノそれって、帰れないって事ですか?」


先生「多分、今晩様子見れば、大丈夫でしょう。万が一の事があると困るからね」


私「(T▽T;)」


かくして、緊急入院になってしまったのでした・・。


妊娠がわかった後、それでも状況はたいして変わらず、私は期末試験に向けて勉強しなければならず・・、相当な苦戦だった・・。そして、負けた。


教科書を読もうと下を長く向いていると、こみ上げてくる物が・・。そして、常に徹夜後の様な眠気。寝ても寝ても寝ても眠い。


病院にも行くべきだったんだけど、留学生の医療保険でどうゆう扱いになるかわからなかったのと、実は、婦人科に行くのが怖くてず~るず~ると日本に一時滞在の時まで先伸ばした。


特に不振な腹痛や出血などの傾向は全く見られなかったので、いいかな、と自分で判断して。


さて、もう4ヶ月目に入った一月半ば、日本にて初診。


Y(>_<)Yオコラリタ・・。


先生「あんたね~、妊娠なめちゃいかんよ\(*´)/!!もう高齢出産の年齢なんだし、何、オーストラリアで産むの?大丈夫なの?医療のレベルは?」


私「はあ、多分・・」


先生「(`・ω´)で、何、どうしたいの?」この先生、しゃべり方きついです。でも、仕事が速い巧いで人気らしい。


私「一応、必要な検査を全部一通りやっていきたいんです・・」


先生「(-""-)」妊娠をなめてる妊婦の自分勝手な要求に戸惑いを隠せない先生。


カレンダーを見だし、何か数えてる。


先生「一応、クワトロやって、結果が良くなかったら羊水検査やって、滞在中の時間はぎりぎりだね。じゃあ、やりましょう」


で、初の超音波検査!!


いた、いた、ちっちゃいエイリアンみたいなのが、私の中に。・・うあ~、すごいな~。感慨深し。


先生「(`・ω´)うん、順調だな」


私「性別って、もうわかるんですか?」


先生「もう一回見ないとわからないけど、7割がた女だな」


そっか~、女の子か~、じゃあ、あんなで、こんなで~、と色々妄想ふくらむ、ふくらむ。


その後、クワトロで問題が出なかったので、この段階では順調のお墨付きをもらい、一安心。


さて、ここで日本に二ヶ月近く滞在したのですでに6ヶ月近くなっていた。それでも、オーストラリアで産むつもりのくせにまだ病院の目安すらついていないのでした・・。

妊娠がわかったのは、結婚式を一ヵ月後に控えた10月末でした。私たちはすでに同居中。



今は休学中だけど、その頃はまだ大学の二年後期真っ只中。オーストラリアの大学は、ものすごく勉強させます。課題、中間試験、期末試験と目白押しにやってくるので学期中は息つく間もありません。しかも、留学生には語学の悩みもつきまとう。



結婚は決めても、大学生は続けるつもりだったけど、正直、あ~、いっそ妊娠してしまえば、ここから逃れられる、と言う気持ちが頭をかすめないこともなかった。夫は夫で、「勉強はいつでも出来るけど、女性が子供を産める時間は限られている。その気があるなら早い方がいい」といつでも子供どんと来い体制。



そんなこんなで、出来たら出来たで・・、と流れに任せていた。



妊娠を確信する前から、やったらめったら眠くなり、物事に集中できなくなる。



さらに、万年二日酔い、もしくは船酔いのような状態がやってき、・・これは(^▽^;)・・、と。



一人でこっそり検査薬を買ってき、こっそり調べる。



陽性。Σ(・ω・ノ)ノ!心当たりあるくせに、なぜかとてもびっくりした。



もう一回。陽性Σ(・ω・ノ)ノ!。また、普通にびっくりする。



頭ではわかっても、気持ちの方に状況が落ちてくるまで時間がかかり、しばし空白。にぶい。



3日ほど、夫にも黙っていた。



その間に、「自分の中に誰かいる。守るべき、小さい、弱い、誰かがいる」と気持ちにようやく入ってきた。と、同時にとても嬉しく、幸せな気持ちになってくる。



さらに、やたら眠くて何も手につかないので、現実面で「やばい、これではただの怠け者だと思われる」と夫に告げることを決意。・・決意も何も、当然すぐ言うべきだったのかも・・。



私「妊娠したみたいだよ~(・∀・)」いまだ確信の言葉を使わず(;^_^A



夫「・・?」夫も結構にぶい。



私「陽性だった」



夫「( °д°)?」



それから、やっぱり現実感のわかない夫のために余っていた妊娠検査薬で二人でもう一回確かめることに。



二人で、じっと陽性の線が出るのを見つめ、夫、パッケージの説明を読み倒し、ようやく確信。



夫「ヽ(゚◇゚ )ノうあ~」やっぱり、ちょっとびっくりしてる。



私、しばし様子を見て黙っている。



夫「o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪俺、父?父親になんの?」嬉しくなってきたらしい。



私「そうみたいだね~(*^▽^*)」



今まで存在もしなかった誰かが、私の中で息づいていて、私と夫を血でつないだ、という事に私たちはしばし思いをめぐらせた。



・・・イリュージョンだ。



さて、ここで私は病院に行くべきだったんだけど、まだオーストラリアでの立場が住人でなく、留学生だったため、医療費の手続き等が煩雑になる事を恐れ、行かなかった。



それと言うのも、次の年の一月、つまり4ヶ月くらいの頃に日本に二ヶ月ほど一時帰国することが決まっていたので、その時初診すればいいか、と。



長くなったのでその後の話は、また今度。

ふと思い立って動物園に行ってきました。


二人とも今だ大学生”も”やっているので学割がきいてお得です。


動物の数は、上野などと比べると少ないかも。でも、敷地は結構広く、しかも入り組んでいて迷います。大きな公園に動物もいる、と言うカンジ。


お昼がまだだったので、カレーとパスタを食べました。

カレーにヨーグルトはつき物のようです。さっぱりして意外とおいしい。


ほうれん草とチキンのクリームパスタ。バゲットがもちもちしておいしかった。



豹。すぐ近くをのしのし歩いていきましたヘ(゚∀゚*)ノ


何故か、像だけすごく特別扱い。タイやインドネシアを思わせる村のように作ってあります。

像村入り口。


像の彫刻。



タイ風の建物。

7割がた見たところで、疲れを隠せないお二人さん。


オーストラリアの代表的な動物。すんでるとそこら中の動物園でイヤと言うほど見られますが、一応抑えました。

はりもぐら。

コアラに群がる人々。枝の上のちっちゃい毛玉のようなのがコアラです。


「だり~、やってらんね~」。カンガルーはいつ何時も態度がでかいです。


結局、娘が笑顔を見せるのは私たちの顔を見たとき。動物を見るよりも、直接遊んでもらいたいお年頃。


もっと大きくなったら、また一緒に来ようね。

昨日、12月16日は娘の満6ヶ月の誕生日でしたクラッカー


ネパールでは6ヶ月の日にお食い初めをするんだそう。


こちらに移住してきている兄弟、従兄弟、その他親戚と友達を呼んで皆でお食い初め。

娘が大人しく寝ている間におおわらわで準備。・・何故か、ほって置くとこんな風に足の毛布は蹴って、頭に引っぱって来た毛布の端をかぶって、頭かくして尻隠さず・・。苦しくないの?見つけると、端を持ち上げて空気穴を作っておきます・・。


とりあえず並べるだけのスナックを出しておいて、手伝ってもらいながら餃子を作りました。餃子はネパールでとても一般的で人気のある食べ物です。中身は鶏肉、たまねぎ、長ネギ、トマト、コリアンダー、味付けは塩とカレーパウダー。ちなみに、蒸し餃子です。


前に茹でておいた山のようなヤギ肉も義妹に味付けをしてもらって出したら、完売しました。


手前が後でうなされそうなほど山盛りの餃子。作りすぎ。冷凍したので後でラクが出来ます(^~^)。私が着ているのは民族衣装。夫の弟夫婦がせっかくくれたので、着せてもらいました。これ、脱ぐとただの長~~い一枚の布です。


この、青い民族衣装はきれいなビーズや刺繍がついていて高級品。本当にきれい~。


娘も赤ちゃん用の民族衣装。・・なんだか戦時中の子供みたいな服です。


さて、お食い初め。特別な物は用意できず、お粥で。食べる振りだけのはずが・。

ぱく。もぐもぐ。

ぱくぱく。もぐもぐ。


もっと、もっと。ぱくぱく。


この後も他の親戚が。


・・食べすぎです。まだ一回食の段階なんだから~。二回食になっちゃたよ・・。

まあ、いっか。6ヶ月おめでとうね。皆に遊んでもらってよかったね。


元気に大きくなってくれてありがとうね。