哲学した荒島岳          2011.9.7

 

  勝原(かどはら)スキー場登山口328m ----第2リフト---- シャクナゲ平 
  荒島岳山頂 1523m ---- 勝原スキー場登山口

 

 

  室戸岬付近に上陸した台風12号は、紀伊半島に甚大な被害をもたらした。
台風一過は、数日お預けとなった。
崖崩れ落石、通行止め、河川の氾濫様々な台風の影響が頭の中を駆け巡っていた。

 

君が美人コンテストに出場していなければ、誰もあなたを知る人はいなかった

だろう。深田久弥氏が荒島岳を名山に選ばなかったら、きっと生涯訪ねていく

ことはなかっただろう。

福井県大野市西勝原。それにしても、ずいぶん遠くまで来たものだ。
事故原発から遠い、放射能の無い所に行きたかった。余りにも甚大な事故を起こ

してしまうと、人間の不注意や怠慢が原因で起こした災害の罪は問われないの

だろうか。

制御不能の化け物を作り出し、甘い汁を吸い、のうのうと生きる人々。
そういう人たちは、そういう人生を送るだけのことかもしれない。
休暇を思う存分使い、こんなに遠くまで来て、山歩きをしている私。
あくせく働いている人がいるのに、のうのうと遊んでいるのだから、あまり大差は
ないだろう。
人の人としての生き方、如何に生きるべきか、究極、人類は存在すべきか。
少しばかりこれからの人生の過ごし方を考えながら歩いていた。

 

荒島岳登山の基点は、勝原の小じんまりとしたスキー場だった。
修験道の大師、泰澄(たいちょう)が白山を開山した後、白山近郊の山々にも
神を祀り、山岳信仰を広めていったのだろう。その一山がこの荒島岳だ。
夜明け前、目覚めると、星が瞬いているのが見えた。
 
木の葉のざわめきが止まない。
風が吹いているのだ。台風の後を追うようにして南風が吹き込んでいるのだろう。
今の私は、ほんの少しの風でも、小さな木の葉の揺らめきでも怖がっている。

 

 

イメージ 1 [田圃が緑の絨毯のようだった]

 

麓からいきなり始まった急な山道を歩きながら、イタリアの諺を思い出していた。
「静かに行く者は健やかに行く 健やかに行く者は遠くまで行く」
この言葉の意味を考えつつ歩いてみた。何事も落ち着いて謙虚に振舞い、継続して

取り組めば、事を成すことができるのだ、ということだろうと思っている。

私の場合、何事か事を成すこともないことを思えばこの言葉の意味も空虚だった。
静かに、自然の中に溶け込み、健やかに歩みを進めれば、おのずと遠くまで行く
ことができる、少なくとも、そういう気持ちになれる。
厳かに、畏敬の念を抱き、「静かに」山に入り、ゆっくりと元気に「健やかに」
歩く。そういう人は、きっと「遠くまで」行くことができる。

 

大野盆地は越前の山々の裾野まで田圃がびっしりと緑の絨毯のように広がって
いた。シャクナゲ平を過ぎると、1500m付近からオヤマリンドウが登山道沿い
にたくさん見られるようになる。
リンドウの山といってもいい。田中澄江さんの「花の百名山」に取り上げられて
いたら、リンドウの花の山だっただろう。
時期的には、蕾ばかりでリンドウはこれから見頃になる。

 

イメージ 2 [トトロのブナの木]

 

中腹からは、ブナの森になり、老木のトトロの木が森の守り神のようにして立っ
ている。まるでブナの森の神様に出会い、神秘的な森の息吹に触れたようだった。
シャクナゲ平からは、三段の登り坂が待ち構えている。
その一つがモチガ壁の急登だ。
冬山のモチガ壁の雪壁は、積雪が餅のようにアイゼンにくっつく。
これがモチガ壁の由来か。これを登り切らねば、山頂には辿りつかない。
深田久弥氏の地元の山は、そう易々とは登らせてはくれなかった。

 

息を切らせて辿り着いた荒島岳山頂は、白山に向けて広がる広々とした草原が
迎えてくれた。のんびりとお弁当でも広げたい気分にさせる。
荒島大権現奥ノ院の祠に登頂のお参りをし、しばらく、誰もいない山頂で白山を
独り占めして、その優雅に裾野を広げた白山に見入っていた。
夏の終わりに咲き残ったアザミの花にやってきたアゲハ蝶と私だけの、静かな
山頂のひと時だった。
私は、蝶といる時が一番気持ちが落ち着く。こうして、久弥氏もこの山頂から
白山を眺めていたのだろうか。荒島岳山頂から見る白山は、どっしりとして雄々
しく、その向こうに御嶽と乗鞍が気高く聳えていた。

 

イメージ 3 [荒島岳山頂より白山]

 

帰路、あまりの暑さに一本の木の木陰に座り、草むらに横になっていた。
そうすると強い陽射しをかろうじて遮ることができる。
何の木陰もない飯豊のダイクラ尾根の草叢に隠れるようにして陽射しを避けて
いたことを想い出した。
私が「こうすると少しは涼しいですよ。」と言うと、福島のご夫妻は、ちょっと
覗き込んだだけで真似をするようなことはしなかった。

 

登山口まであと1時間程あるのだろうか、しばらく横になっていると、先程すれ
違ったご婦人が通りかかった。
「こんにちは」と挨拶すると、まさかこんな所に人がいるとは思わなかったようで、とても驚かれた。もしも私が熊だったとしても、わからないのだろうなぁ、と思い
何度も謝っておいた。
午後から用があるので、シャクナゲ平まで行って帰ってきた、と言っていた。
なにも頂上まで行かなくても、地元の人は、お散歩登山をする人もいるのだ。
それに比べ、ただ、頂上まで行きたかった私が暢気に寝そべっていた。

 

久弥氏が荒島岳を選んだのは、麓の九頭竜川の流れる大野盆地から眺めた荒島岳
の姿だっただろう。穏やかな盆地の山並みからその頂を突き出した流麗な荒島岳を
平生の山として見詰めていたことだろう。
荒島岳は、こうして遠くから人々がやってきて、登山者が行き来し、冬にはスキー
場に変身する。名山とは。登山とは。
山の安全、山との関わり方を想いながら歩いた。
修行僧、泰澄は、現代の山をなんと想うだろうか。
 
107

    何時の間に 蝉と蟋蟀 入れ代わり

イメージ 1 [蒲の穂 目黒自然教育園にて]

      ずいぶん早かった梅雨明け。
      出鼻をくじかれたような夏休み。
      夏の盛りに空はぐずつき、梅雨前線のように張り付いていた。
      放射能汚染は、怪しい節電の号令にすり替えられた。
      夏の終わりにやってきた台風。
      いくつもの災害をもたらし、駆け抜けていった夏。
      気がつくと、手品のように蝉と蟋蟀が入れ代わっていた。

       蝶と戯れた赤城山

2011.8.18  曇り時々晴れ 風0~2m/s 
          
駒ケ岳登山口 ---尾根上 ---駒ケ岳(1685m)---黒檜山大神---
黒檜山(くろびさん、1827m)---黒檜山登山口 --- 駒ケ岳登山口---覚満淵


お盆を過ぎて、前橋市では37.5度を記録し、猛暑となった。
南からの湿気が入ってきているのだろうか。朝の七時から赤城の山は煙っていた。
麓まで近づいていっても、赤城山が何処にあるのかわからないほどだった。

そもそも、赤城山は何と読むか。赤城山(あかぎやま)か、赤城山(あかぎさん)か。
地元では、赤城山(あかぎやま)だ。
市区町村情報や日本郵便の地名では、赤城山(あかぎさん)。国土地理院は、地元の要請により
地図表記を赤城山(あかぎやま)に改めたようだ。人間のありのままの情感に近い方が、(やま)
で、(さん)は、事務的な匂いがする。私は、今も昔も、赤城山(あかぎやま)と呼んでいる。

赤城山と出合ったのはいつ頃のことだっただろう。
上野から上越線に乗り、尾瀬や谷川岳に行く時、高崎を過ぎる辺りから車窓に赤城山の巨大な
裾野が広がってくる。裾野を大きく開き、その稜線をたどってゆくと、ごつごつとした山頂の
塊がいくつも見えた。山頂は、黒檜山、駒ヶ岳、地蔵岳、長七郎山、小地蔵岳、鍋割山、荒山、
鈴ヶ岳。赤城山は複数の山頂の総称として呼ばれている。

いつまでも、不思議に行ってみたいとは思わなかった。それは、あまりにも有名な観光の山だからか。いくつもの火山と外輪山を抱えたその頂の散漫なる様にあったかもしれない。
それより、江戸の侠客、無宿人、国定 忠治と名月赤城山の印象が強かった。
「空っ風」、赤城颪(あかぎおろし)とともに、博徒(ばくと)として生計を立てる親分子分の背景の地でもある。
忠治は、関所破りの罪で吾妻郡大戸村大戸関所で磔の刑に処せられ41歳の生涯を閉じた。
なんとなく、人の情けと広大な平原を駆け下りる颪(おろし)が醸し出すおおらかな風景を
想像する。
「山には、厳しさをもって我々に対するものと、暖かく我々を包容してくれるものと、二種類ある。
赤城山はその後者のよい代表である。」と深田久弥氏は『日本百名山』で述べている。
なかなか訪ねていかれなかったのも、いつでもいらっしゃい、という赤城の裾野のような寛容さに
包み込まれていたのかも知れない。

イメージ 1 [大沼と赤城神社]

辿り着いた大沼(おの)の湖畔付近は、ほとんど人気(ひとけ)がない。
この時初めて付けた真新しい熊避けの鈴が鳴り響くだけで、薄気味悪いほど静かだった。
くねって登る山道を曲がると、そこに熊がいるのではないかとそればかり心配していた。
尾根に上がるまで、樹林帯の中の登りが続き、景色は何も見ることはできなかった。

田中澄江さんの「花の百名山」では、赤城山の花は、クサタチバナ(草橘)を取り上げている。
どこにもクサタチバナは見つからなかった。花期は、6月から7月だから、時期はずれだった。
五弁の白い花を十もつける。赤城山の花は、クサタチバナで大賛成だ。やはり、この花に
出会いたかった。

イメージ 2 [赤城山で出合った蝶]

尾根の上で一休みしていると、見たこともない蝶が近くに来て地面に止まった。
キベリタテハだった。きっと、ヒルトッピングしてきて、ここまで上がって来たのだろう。
そのうち何匹もすぐ傍にやってきて、それぞれ思い思いに翅を休めていた。
飛び立ってしまうのかと思うと、何度も翅を開いたり閉じたりしながら、様子を伺っている
ようにも見える。翅を開いた時の並んだコバルトブルーの星印が魅惑的で、暫しうっとりと
していた。静かに立ち止まっている私の頭の上から体の周りを飛び回り、まるで一緒に遊んで
ほしいとでもいうように。飛び姿はアゲハ蝶に似ていた。初めて見る蝶と夢見心地でチョウ達
の為すがままに戯れてひと時を過ごさせて貰った。

然程広くもない、尖った頂でもない山頂には、赤城神社の麓から登って来たのか、既に数人の
登山者がいた。「こんにちは」と挨拶するが、応答はなかった。
山頂からは、尾根上に上がった時ほどの展望は無くなっていた。そそくさと山頂を辞した。
深田久弥氏が、「賑やかな山頂から少し離れたところにすばらしい場所がある。」と書いていた
のを思い出していた。真に其のとおりだなぁと呟いた。

イメージ 3 [黒檜山山頂]

赤城神社へ向けて降りていく道は、展望もなく、急な樹林帯の中を通っていた。すれ違う小学生
くらいの子が真剣な顔をして、必死で登っていく姿を見ると、腰の痛みが疼いているのも忘れ
ていた。
下山道を降りきったところの黒檜山北登山口で、これから登ろうとする登山者と出会った。
既に10時を回っており、天候と行程が気がかりだった。天候さえよければ、それくらいゆったり
と登山が楽しめる山だ。地元の方のようだったが、今歩いてきた登山コースの様子を伝えた。
何処から登ってきたか、何処から来たのか、他愛のない会話であった。登山という趣味を通して
お互いを気遣う心が感じられ、後味のよい山行のビリオドとなった。
彼は、登山口からいきなり急な登山道に取り付き、私は、尾瀬の風景を思い出すような覚満淵
を散策して帰路についた。

「赤城の山も今宵限り、生まれ故郷の国定村や、縄張りを捨て国を捨て、可愛い乾分(こぶん )
の手前(てめえ) たちとも、別れ別れになる首途(かどで)だ。」
106

       夏草に 鎌の一振り 風涼し

イメージ 1 [ヤマブキ 赤城山にて]

        暑さにかまけて、夏草が生い茂る。
        雑草の根元を鷲掴みにして、一気に刈り取る。
        夏草を断ち切るその様の潔さ。
        鎌の刃の涼風が立ち、盛夏の一瞬の清涼剤。
105

        鳴きながら 木の汁吸う 蝉暑し


イメージ 1 [立秋の蝉]

    立秋になった。季節の移ろいが早い。
    猛暑の日、蝉が一匹飛んできて、木の汁を吸い
    喉の渇きを潤し鳴いている。
    蝉は、羽化してから1週間ほどで死んでしまう。
    短命の蝉が夏を追いかけるようにして鳴き、
    駆け足で秋に向かって鳴きあげているようだ。
                (2011年8月8日)