勝原(かどはら)スキー場登山口328m ----第2リフト---- シャクナゲ平
荒島岳山頂 1523m ---- 勝原スキー場登山口
荒島岳山頂 1523m ---- 勝原スキー場登山口
室戸岬付近に上陸した台風12号は、紀伊半島に甚大な被害をもたらした。
台風一過は、数日お預けとなった。
崖崩れ落石、通行止め、河川の氾濫様々な台風の影響が頭の中を駆け巡っていた。
君が美人コンテストに出場していなければ、誰もあなたを知る人はいなかった
だろう。深田久弥氏が荒島岳を名山に選ばなかったら、きっと生涯訪ねていく
ことはなかっただろう。
福井県大野市西勝原。それにしても、ずいぶん遠くまで来たものだ。
事故原発から遠い、放射能の無い所に行きたかった。余りにも甚大な事故を起こ
してしまうと、人間の不注意や怠慢が原因で起こした災害の罪は問われないの
だろうか。
制御不能の化け物を作り出し、甘い汁を吸い、のうのうと生きる人々。
そういう人たちは、そういう人生を送るだけのことかもしれない。
休暇を思う存分使い、こんなに遠くまで来て、山歩きをしている私。
あくせく働いている人がいるのに、のうのうと遊んでいるのだから、あまり大差は
あくせく働いている人がいるのに、のうのうと遊んでいるのだから、あまり大差は
ないだろう。
人の人としての生き方、如何に生きるべきか、究極、人類は存在すべきか。
少しばかりこれからの人生の過ごし方を考えながら歩いていた。
少しばかりこれからの人生の過ごし方を考えながら歩いていた。
荒島岳登山の基点は、勝原の小じんまりとしたスキー場だった。
修験道の大師、泰澄(たいちょう)が白山を開山した後、白山近郊の山々にも
修験道の大師、泰澄(たいちょう)が白山を開山した後、白山近郊の山々にも
神を祀り、山岳信仰を広めていったのだろう。その一山がこの荒島岳だ。
夜明け前、目覚めると、星が瞬いているのが見えた。
夜明け前、目覚めると、星が瞬いているのが見えた。
木の葉のざわめきが止まない。
風が吹いているのだ。台風の後を追うようにして南風が吹き込んでいるのだろう。
今の私は、ほんの少しの風でも、小さな木の葉の揺らめきでも怖がっている。
風が吹いているのだ。台風の後を追うようにして南風が吹き込んでいるのだろう。
今の私は、ほんの少しの風でも、小さな木の葉の揺らめきでも怖がっている。
[田圃が緑の絨毯のようだった]
麓からいきなり始まった急な山道を歩きながら、イタリアの諺を思い出していた。
「静かに行く者は健やかに行く 健やかに行く者は遠くまで行く」
この言葉の意味を考えつつ歩いてみた。何事も落ち着いて謙虚に振舞い、継続して
取り組めば、事を成すことができるのだ、ということだろうと思っている。
私の場合、何事か事を成すこともないことを思えばこの言葉の意味も空虚だった。
静かに、自然の中に溶け込み、健やかに歩みを進めれば、おのずと遠くまで行く
静かに、自然の中に溶け込み、健やかに歩みを進めれば、おのずと遠くまで行く
ことができる、少なくとも、そういう気持ちになれる。
厳かに、畏敬の念を抱き、「静かに」山に入り、ゆっくりと元気に「健やかに」
歩く。そういう人は、きっと「遠くまで」行くことができる。
大野盆地は越前の山々の裾野まで田圃がびっしりと緑の絨毯のように広がって
いた。シャクナゲ平を過ぎると、1500m付近からオヤマリンドウが登山道沿い
にたくさん見られるようになる。
リンドウの山といってもいい。田中澄江さんの「花の百名山」に取り上げられて
いたら、リンドウの花の山だっただろう。
時期的には、蕾ばかりでリンドウはこれから見頃になる。
[トトロのブナの木]
中腹からは、ブナの森になり、老木のトトロの木が森の守り神のようにして立っ
ている。まるでブナの森の神様に出会い、神秘的な森の息吹に触れたようだった。
シャクナゲ平からは、三段の登り坂が待ち構えている。
シャクナゲ平からは、三段の登り坂が待ち構えている。
その一つがモチガ壁の急登だ。
冬山のモチガ壁の雪壁は、積雪が餅のようにアイゼンにくっつく。
冬山のモチガ壁の雪壁は、積雪が餅のようにアイゼンにくっつく。
これがモチガ壁の由来か。これを登り切らねば、山頂には辿りつかない。
深田久弥氏の地元の山は、そう易々とは登らせてはくれなかった。
息を切らせて辿り着いた荒島岳山頂は、白山に向けて広がる広々とした草原が
迎えてくれた。のんびりとお弁当でも広げたい気分にさせる。
荒島大権現奥ノ院の祠に登頂のお参りをし、しばらく、誰もいない山頂で白山を
独り占めして、その優雅に裾野を広げた白山に見入っていた。
夏の終わりに咲き残ったアザミの花にやってきたアゲハ蝶と私だけの、静かな
夏の終わりに咲き残ったアザミの花にやってきたアゲハ蝶と私だけの、静かな
山頂のひと時だった。
私は、蝶といる時が一番気持ちが落ち着く。こうして、久弥氏もこの山頂から
白山を眺めていたのだろうか。荒島岳山頂から見る白山は、どっしりとして雄々
しく、その向こうに御嶽と乗鞍が気高く聳えていた。
[荒島岳山頂より白山]
帰路、あまりの暑さに一本の木の木陰に座り、草むらに横になっていた。
そうすると強い陽射しをかろうじて遮ることができる。
何の木陰もない飯豊のダイクラ尾根の草叢に隠れるようにして陽射しを避けて
いたことを想い出した。
私が「こうすると少しは涼しいですよ。」と言うと、福島のご夫妻は、ちょっと
私が「こうすると少しは涼しいですよ。」と言うと、福島のご夫妻は、ちょっと
覗き込んだだけで真似をするようなことはしなかった。
登山口まであと1時間程あるのだろうか、しばらく横になっていると、先程すれ
違ったご婦人が通りかかった。
「こんにちは」と挨拶すると、まさかこんな所に人がいるとは思わなかったようで、とても驚かれた。もしも私が熊だったとしても、わからないのだろうなぁ、と思い
何度も謝っておいた。
午後から用があるので、シャクナゲ平まで行って帰ってきた、と言っていた。
なにも頂上まで行かなくても、地元の人は、お散歩登山をする人もいるのだ。
それに比べ、ただ、頂上まで行きたかった私が暢気に寝そべっていた。
なにも頂上まで行かなくても、地元の人は、お散歩登山をする人もいるのだ。
それに比べ、ただ、頂上まで行きたかった私が暢気に寝そべっていた。
久弥氏が荒島岳を選んだのは、麓の九頭竜川の流れる大野盆地から眺めた荒島岳
の姿だっただろう。穏やかな盆地の山並みからその頂を突き出した流麗な荒島岳を
平生の山として見詰めていたことだろう。
荒島岳は、こうして遠くから人々がやってきて、登山者が行き来し、冬にはスキー
荒島岳は、こうして遠くから人々がやってきて、登山者が行き来し、冬にはスキー
場に変身する。名山とは。登山とは。
山の安全、山との関わり方を想いながら歩いた。
修行僧、泰澄は、現代の山をなんと想うだろうか。
修行僧、泰澄は、現代の山をなんと想うだろうか。
[蒲の穂 目黒自然教育園にて]
[大沼と赤城神社]
[赤城山で出合った蝶]
[黒檜山山頂]
[ヤマブキ 赤城山にて]
[立秋の蝉]