110    

    
     月鏡に 影を映して 思ひおく
                                   2011.12.10


イメージ 1 [地球の影に欠けてゆく月]


    太陽と地球と月が並んだ。
    太陽の光を反射して輝いている
    満月の月に地球の影。
    その影のなかに地上の思いを閉じ込めて
    月食となる。

        夢の徒然    <扉の向こう側>

 

夢をみているときというのは、夢をみている「私」は、どこにいるのだろうか。
ふと、夢をみている自分というものを、「私」がどこかて゜見ているような気がした。どこかにいる、夢をみている「私」の夢は、こんな夢だった。

 

音も無く、重い扉が開いた。扉の向こう側にはたくさんの人が横たわっていた。
死んでいるわけではなく、動かずに、ただ横になっていた。怪我をしているのか、

具合が悪いのか、それもよくわからない。扉の向こう側は、病院のようでもあり、

学校の教室のようでもあった。

そこは、部屋というより、廊下のような通路だった。

 

夢をみている「私」が空中に浮いて見えるということは、「人体離脱」の体験

でもしているのだろうか。

臨死体験のように、心機能や脳の活動が停止してしまって、自分の分身が肉体

から出て舞い上がり、自分を上から見下ろしている。
確かに、あの時「私」は「私」の身体から抜け出していた。
「私」は、なぜ其処にいたのか。扉の向こう側に横たわっていた人は誰か。
夢には理屈も理由もない。

 

イメージ 1 [カラビ・ヤウの次元空間]
Today's Unfold --subtle awareness in Himalaya

 

 

あの扉が次元の扉であって、扉の向こう側には  ”カラビ・ヤウ空間”が広がって
いたら・・・・
不思議にわからない、不気味さというより、生物的直感として受け付けない
もののように思えた。
鼻先に広がっているかもしれない”カラビ・ヤウ空間”の気味の悪い静けさだった。
付かず離れず、そこにある静寂の11次元の空間。
揺れ動く”ひも”の中に君がいたとしても、僕には見ることができない。
「人体離脱」して、空中に浮き、”影の世界”へでも行かない限り、もう出会う
ことはないだろう。

 

扉の向こう側には僕たちがいて、何のわだかまりも無く、愉しげに何かを

話している。それは、伝えるでもなく、分かり合うでもない、無味乾燥した

話題だった。
透明なガラスの壁のこちら側には、始めから無理があった僕たちがいる。

身の毛が弥立ち、血が逆流し、得体の知れないものが体の中を流れながら互いに

磁石の同じ極どおしが反発していた。
譬え、心臓に血が逆流しようと、眼差しは君を捉えていたのだから、とんでもなく

悲しげな姿でもあるまい。

 

君は何も欲しがらなかったけれど、扉の向こう側の君には、頑張ったその先が

見えていたのですか。さぁ、果たして、あの扉の向こう側に、君はいたのだろうか。もう、想いだす事もできない。君は、扉の向こう側にいた沢山の人のように、

呼びかけても答えない、まるで蝋人形か屍のようだった。いつまでたっても、

廊下のような冷たい通路で死んだように横たわっている人形そのものだったの

だろう。

 

扉のこちら側に理想を語れない僕がいて、手の届かない、途轍もなく不気味な
カラビ・ヤウ空間に君がいる。
想えば、理想の世界を生きる”ビジョン”がなかった。明日を力強く生きてゆく
ための”ビジョン”がなかったからだ。気づくことが遅すぎた。
同じ次元を手を繋ぎ歩いていくことが、それほど困難なことなのだろうか。
もう二度と「扉の向こう側」を覗いてみることはないだろう。だから、
夢で逢いましょう。夢もまた異次元なのかもしれないのだけれども。
またいつか、夢で逢えれば、君は君だ。たとえ夢の中の僕が僕でなくとも。

 

夢で逢いましょう。
そして、どうか、夢の中の「私」が、夢から醒めないでいてくれますように。

 

    畏れ多き山 霊峰白山     2011.9.8

 

  白山温泉 ---- 別当出合 ---- 砂防新道 ---- 中飯場---- 甚乃助避難小屋 ----
  弥陀ヶ原 ---- 室堂   ---- 御前峰(標高2,702m)  ---- お池巡り ----
         室堂  ---- 観光新道 ---- 殿ヶ池避難小屋 ---- 別当出合

 
白山は、『越白嶺』(こしのしらね)と呼ばれ、その名残が白山の麓の地名である
『白峰』に残っている。
白峰の村の佇まいは、100年以上前に建てられ、懐かしい山里の民家の家並みの
風景が続いていた。ある時は『白山』(しらやま)とされ、現在は白山(はくさん)の山名となっている。
山旅の題名を「加賀白山」とするのも少し憚れた。それは、江戸時代のこと、
加賀、越前、美濃の国で、白山信仰のご神体である白山山頂の帰属争いがあったと
知ったからだ。
現在は、石川県白山市と岐阜県大野郡白川村にまたがる、白山国立公園である。

 

イメージ 1 [甚五郎小屋付近から山頂を望む]

 

私が、初めて白山を見たのは、1998年、夏の剣岳山頂(3003m)からだった。
遮るもののない絶壁の頂の上から、鹿島槍ヶ岳、白山、白馬、槍、穂高を一望
したのだった。その時の白山は、遥か雲上の彼方にひとり佇み、孤独で寂しい
というより神秘的な対象として、素直に手を合わせ祈りたくなるような存在感が
あった。
きっと、越前の人、泰澄大師も、白山に霊峰としての想いを抱いて、修行の場
として切り開き、神を祀ったのだろう。
誰も登ったことの無い山に挑むことは、どれ程大変な想いをしたことだろうか。
 
細々と踏跡が残った道は、後に、越前・加賀・美濃から続く白山信仰の禅定道と
なった。今では、日本各地に白山神社が点在し、白山比咩大神(しらやまひめの
おおかみ)が祀られ、日本の風土に深く根を下ろした白山信仰の厚みを感じる。

 

イメージ 2 [室堂 奥宮祈祷殿]

 

故郷を離れ、東京で詠んだ啄木の”ありがたき ふるさとの山”は、岩手山だった。
故郷に帰ることのなかった啄木だが、やはり、故郷は、遠くにあって想うもの
だったのだろう。
白山の姿は、加賀、越前、美濃からも”ありがたき ふるさとの山”として神々しく
望まれる。遠くにあって故郷を想い、その姿を思い浮かべれば、自ずと自然崇拝の
感情が芽生え、素直に土地の山を信仰の対象にすることも頷ける。
 
その白山に通じる道は、加賀馬場、越前馬場、美濃馬場の禅定道である。
谷間の夜明けは遅い。まだ明けやらぬうちから歩き出した。
目の前に立ちはだかる絶壁を見詰めながら、暗い道を歩いて行くのは嫌だった。
整備されすぎた石積みの道を辿りつつ、神々の宿る白山を修行の場として切り開い
た泰澄大師のことを考えると、なんと恵まれた登山をしていることかと想う。
白山の懐に入って行く山道が続き、息が弾んだところで、ハクサンフウロの咲く
山腹で、白山延命水の雫を集め、やっとキャップ一杯にして飲んだ。

白山は、尾根筋をのぞき、水場には不自由しない。
室堂へは、ちょっとした仕掛けがあって、すぐ傍まで来ているのに、聖地、室堂は
見えない。やがて、室堂へと続く道が背丈を越えると、ひょいと現われる。
突如現われた室堂の姿に感動する、という具合になっている。

 

イメージ 3 [白山山頂から剣・立山]

 

伊弉冉尊(いざなみ)、伊奘諾尊(いざなぎ)、菊理媛尊(くくりひめのみこと)が
祀られた、白山山頂からの眺めは壮観だった。
青き山々が幾重にも重なり、その一番高いところに剣と立山があった。
かつて剣と立山から眺めた白山は、雲海の上に顔を出し、孤高の人のように優雅に
長い裾野をひいて佇んでいた。いつかは白山へ行きたい、そう思っていた。
今度は、こちらから眺めることになった。かつて自分が眺めた憧れの山に登り、
その山から再び眺め返してみることはなんという幸せなことだろうか。
ずいぶん長いこと山頂にいた。絶景の虜になっていたのだろう。
午前5時から登り始め、山を下りたのは、午後4時だった。およそ11時間山中に
いたことになる。

 

黒ボコ岩から白山禅定道の道をとり、降りてゆく途中、カンカン照りの観光新道を
登ってくる人達がいた。上から見ても、いくつもの尾根のコブが谷底に落ち込んで
いる。その谷底に落ちてゆく人と、谷底から這い上がってくる人たち。
まるで人生の交差点のようだ。ご挨拶を交わすと石川と福井の方だった。

私が熊に出会ったときの話やら、畑仕事を放り出し前日に別山に登ってきたこと、
午後の陽射が容赦なく照りつける南の斜面で30分は立ち話に興じてしまった。
今日は南竜小屋まで行くという。居心地のよさそうな南竜の斜面を羨ましげに振り
向き、また今度、ということはないのだろうなぁ、と 込み上げてくる想いが後を
引いていた。

何処の誰だかわからぬ私を相手に、他愛のない立ち話をしたことで、少しは、
急な山道を登り詰める、束の間の休息になっただろうか。
暑さのために頭が撹乱し、途中で投げ出してしまうのではないか、と思われた
白山登山もどうにか此処までくることができた。暑さで撹乱した頭は、そのお陰で”畏れ多き山”のことはどこかに忘れ去り、考えずに済んでいた。

 

イメージ 4 [神々が造りだした国のようだった]

 

白山には、伊弉冉尊(いざなみ)、伊奘諾尊(いざなぎ)、菊理媛尊
(くくりひめのみこと)が居て、神様同士の天上の騒動はしばらく静まっていて
ほしかった。
イザナミが火の神を産み、苦痛で死んでしまい、黄泉の国に行ってしまう。
イザナギは、黄泉の国までイザナミに逢いに行くが、イザナミの体は既に
蛆が這い回り、死臭が漂い、腐乱している。
みてはならぬというイザナミの言葉を無視し、むごたらしいイザナミの姿を
見てしまったイザナギは逃げ出し、黄泉の国の入り口を大岩で塞いでしまった。

 

最早、一緒に暮らすことはできないと、二人の仲は絶縁状態になった。
一緒に寄り添っていた菊理媛尊は、何か言葉を発すると、イザナギはそれを褒めて
帰ったという。菊理媛尊が何をどう執り成したのか、わからない。
壊れてしまった二人の神様の関係をただちに修復してみせたことは確かだ。
天地開闢(てんちかいびゃく)を成し遂げた神でさえ、このような縁を取り持つ
神の仲立ちが必要なのか。さらに神様の関係を糾(ただ)していまうのだから、
菊理媛尊の魔の神通力というものだろう。この三神がそれぞれ存在することに
よって、国が生まれ、神が生まれ、神々の縁が結ばれ、神の国は平穏になり、
下界の国土と民が平定する。日本の神話は、真によくできている。

 

私は、霊験あらたかな山を下りて、何を思ったことだろう。
いつか見た、『越白嶺』(こしのしらね)という、国造りをした神様のいる霊峰に
立つことができ、無信仰の私が、何事も無く山を下りることができたのは、とりも
なおさず、白山の神々に守られていたからだろう。

頂に上ってゆくということは、天上の世界に近づいてゆくということだ。
高き所に登ってゆくにつれ、徐々に何者かになってゆくということだと思う。
高き山の頂から降りてくるということは、何者かになった者が、本地垂迹(
ほんじすいじゃく)して、神仏の迹(あと)を垂れ、あまた八百万の神々として 
至る所に化身として現れ出てくるのだろう。
109

    青き峰 リンドウの青 空の青

イメージ 1 [オヤマリンドウ 荒島岳山頂にて]

      登りきって、荒島岳山頂から俯瞰する景色。
      青き峰々、澄んだ空の青、足元には、リンドウの青。
      
108

    天上に 蝶を残して 山下りる

イメージ 1 [天上のような荒島岳山頂から]

      喘(あえ)ぎ登った荒島岳山頂は、下界に大野盆地が広がり、
      まるで天上のようだった。
      山頂で出会った蝶は、どちらが雄か雌か。
      アザミの花にとまっては、お互いを追い掛け回していた。
      
      山を下りる時、道案内するかのように先を飛んでくれた。
      蝶は、まだ、あの山頂にいるのだろうか。
      山頂の草原(くさはら)に、天上の世界と地上の世界を行き来する
      蝶を残したまま山を下りて来た。