生物は、お互いに無意識のうちにも、相手の”気持ち”を察しながら生きている。
出会い対峙した人の仕草や態度、物腰から瞬時にその人の情報を読み取っている。
誰かの動いている手が、何かをつかもうとする時、私の視線はすでに対象を捉えている。
私の網膜が捉えた情報は、神経細胞のシナプスのニューロンに伝わり、一歩先の他人の
行動を予測しているのだ。
出会い対峙した人の仕草や態度、物腰から瞬時にその人の情報を読み取っている。
誰かの動いている手が、何かをつかもうとする時、私の視線はすでに対象を捉えている。
私の網膜が捉えた情報は、神経細胞のシナプスのニューロンに伝わり、一歩先の他人の
行動を予測しているのだ。
熊は、いきなり襲って来る。熊と人間のお互いの”気持ち”が理解できていないからだ。
知らない人が微笑みながら近づいてきても、いきなり攻撃はしてこないだろうと思っている。
すれ違う人や初対面の人とも相手の人相や風体を瞬時に判断して対処行動しているらしい。
恐らく、ミラーニューロンなるものによる作用のお陰で、一日、恙無く暮らしていくことができる
のだろう。
知らない人が微笑みながら近づいてきても、いきなり攻撃はしてこないだろうと思っている。
すれ違う人や初対面の人とも相手の人相や風体を瞬時に判断して対処行動しているらしい。
恐らく、ミラーニューロンなるものによる作用のお陰で、一日、恙無く暮らしていくことができる
のだろう。
察しながら生きてみると、ある時、思わぬプレゼントを貰うことがある。
自己を閉ざしているといつまでも他人にはわかってもらえない。自己を開示してみせた分、
今度は、相手も少しずつ心地よい関係が発展するように、自己を開き示してくる。
予期せぬ出来事が思いがけない関係を切り開くプレゼントとなる。
自己を閉ざしているといつまでも他人にはわかってもらえない。自己を開示してみせた分、
今度は、相手も少しずつ心地よい関係が発展するように、自己を開き示してくる。
予期せぬ出来事が思いがけない関係を切り開くプレゼントとなる。
”気持ち”を察して伝えるためには、「自己開示の返報性」という法則に期待して、そのチャンス
を逃さず捕まえることなのだとわかる。
人と人は、すぐにはわかり合えない。恐る恐る近づき、少しずつ相手を理解していくのだ。
だから人と人の間に”気持ち”が伝わるためには、時間がかかるものなのだ。
を逃さず捕まえることなのだとわかる。
人と人は、すぐにはわかり合えない。恐る恐る近づき、少しずつ相手を理解していくのだ。
だから人と人の間に”気持ち”が伝わるためには、時間がかかるものなのだ。
[大海原を漂流するような”伝わらない気持ち”] Gustave Doré's画
「気持ちは伝えるものではなくて、相手に汲んでもらうものであり、また、相手の気持ちを
汲んであげるものです。」池田晶子さんは、そう言っていた。私も、そう思う。
気持ちは伝えるものではなく、汲んでもらうもの。
”気持ちを汲む”という所作は、人が人にするいちばん高度な脳の働きによるものだろうと
思う。私は、きっと、”気持ちを汲む”ことができない。まして、”汲んでもらう”にはいったい
どうすればいいのだろう。
汲んであげるものです。」池田晶子さんは、そう言っていた。私も、そう思う。
気持ちは伝えるものではなく、汲んでもらうもの。
”気持ちを汲む”という所作は、人が人にするいちばん高度な脳の働きによるものだろうと
思う。私は、きっと、”気持ちを汲む”ことができない。まして、”汲んでもらう”にはいったい
どうすればいいのだろう。
「気持ちを伝えようとするからいろいろ悩むわけで、伝わる人には伝わると開き直ればよい
のです。」
其の通り。だから、理解してもらおう、とか、分かり合える、とか気のきいたことを考えなくても
よいのだと思う。
のです。」
其の通り。だから、理解してもらおう、とか、分かり合える、とか気のきいたことを考えなくても
よいのだと思う。
「人間はそれぞれ自分の世界で生きていると自覚するのが本当の意味で大人になることで
あって、仲良くしなければいけないと思う必要は必ずしもありません。それはだいたい不可能
ですから。」
意思疎通して気持ちが伝わったと思っているだけで、それでも幸せなのかもしれない。
それくらいで満足することでよしとすればよいのだろう。
あって、仲良くしなければいけないと思う必要は必ずしもありません。それはだいたい不可能
ですから。」
意思疎通して気持ちが伝わったと思っているだけで、それでも幸せなのかもしれない。
それくらいで満足することでよしとすればよいのだろう。
<言葉の魔法記号を使う>
伝えたい物事は、伝わらないよりは伝わった方がよいし、正確によりよく伝わってほしい。
正しく伝えることの基本は、中学生の頃に5W1Hというものを習った。。”5W1H”という
暗号記号のようなものだった。
先生の顔も科目も思い出せないが、黒板に”5W1H”と書いて、いつ(When) どこで(Where)
誰が(Who) 何を(What) なぜ(Why) どうやって(How) という意味を呪文のように教えてもらった。
その時の授業の様子は記憶の片隅に残っている。
眠たい憂鬱な授業の中では、そのことに多少興味をもって聴いていたのだろうか。
正しく伝えることの基本は、中学生の頃に5W1Hというものを習った。。”5W1H”という
暗号記号のようなものだった。
先生の顔も科目も思い出せないが、黒板に”5W1H”と書いて、いつ(When) どこで(Where)
誰が(Who) 何を(What) なぜ(Why) どうやって(How) という意味を呪文のように教えてもらった。
その時の授業の様子は記憶の片隅に残っている。
眠たい憂鬱な授業の中では、そのことに多少興味をもって聴いていたのだろうか。
たぶん、このとき以来、知っているはずの”言葉の魔法記号”は、現在までほとんど意識して
使ってこなかったから、肝心な時に想いのほどを伝えることがとても苦手になってしまった
ように思う。確かに、この”言葉の魔法記号”を使えば、伝えたいことはよく伝えられる。
新聞記事は、このように書き、正しく記事内容を伝えることが鉄則だ。
使ってこなかったから、肝心な時に想いのほどを伝えることがとても苦手になってしまった
ように思う。確かに、この”言葉の魔法記号”を使えば、伝えたいことはよく伝えられる。
新聞記事は、このように書き、正しく記事内容を伝えることが鉄則だ。
それにしても、伝えたい言葉が新聞記事のようであったら、伝える気持ちは、味も素っ気もなく
響き、生きていくことは、なんと面白味もないことだろう。
響き、生きていくことは、なんと面白味もないことだろう。
[果てしもない宇宙空間にいるような気がする]
[甕 別当地遺跡出土遺物]
[Gustave Doré's画]