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         手に残る 妙義参りの 鎖哉
                                   2012.5.28


イメージ 1 [岩峰から垂れ下がる鎖]

        妙義山は、聞きしに勝る鎖場地獄のようだった。
        神社へのお参りもそこそこに、岩場を巡り歩く
        一日であった。
        手には、今も鎖の感触が残っているようだ。

    夢の徒然   <壁の向こう側>    

夢は、高い壁を飛び越えていった。
私が居たところは、外の景色がわからないほど、周りを高い壁に囲まれた場所だった。
そこには、いい歳をした男と、サングラスをかけた名も知らぬ男と、私がいた。
私たちは何も話すこともなく、何をするでもなく、その場に立っていた。
お互い何の関係もない間柄だった。

 

しばらくすると、昭和30年代風の警察官が二人現れ、何か叫びながら追いかけてくる
ようだった。
夢の場面はほとんど動くことなく、ピストルの乾いた音がして、サングラスの男が撃たれた。
死んだのか。
それから、警察官の姿は見えなくなった。

 

 

もう一人の、あまり風体の好くない”オ・リ・イ”?
誰かの名前なのか、私はそんな名を呼んでいた。
見たことも、聞いたことも、もちろん会ったこともない人物の名前だった。
「オリイ・・・」
「やめろ!」
私は、その男を知っているのだろうか。
確か、”オ・リ・イ”、そんな名を叫んでいた。

 

 

次の瞬間、その男の顔が大写しになって目の前に現れた。
髪は短い天然パーマで、丸顔に無精髭がいいように生えていた。
身形(みなり)は白いシャツ一枚だった。
慌てるオリイに追いつくと、オリイは、目をギュッと瞑ったまま、こちらを振り向きざまに
私に何かを吐きかけた。
血の混じった唾のようなものが私の唇の上と頬にかかった。

 

 

オリイは、私から離れていき、そのまま、身軽に壁によじ登ったかと思うと、あっという間に
壁の向こう側に飛び降りてしまった。
声も聞こえず、何の物音もなく、壁の向こう側に消えていった。
壁によじ登れば、街並みは見渡すことができただろう。どこの町かもわかるのではないか。
壁の向こう側は、何十メートルもある絶壁になっている。
飛び降りれば、とうてい命はないだろうと思えた。

 

 

イメージ 1 [壁の向こう側]

 

 

高い壁のある狭い路地の場所は、また静かになった。
私は、目の前に突っ立っている”オリイ”が飛び降りたコンクリートの壁をただ眺めていた。
サングラスの男が追われていたのか?
”オ・リ・イ”という人物は何者なのか?
此処は何処なのか?
結局、私だけがここにいる。

 

 

壁の上の方から、アパートメントの屋根のようなものが垣間見えていた気がするのだが。
壁の向こう側はどうなっているのだろう。
不思議に、壁の向こう側は、此処より余程良い所だとは思わなかった。
壁の向こう側には、きっと、見えない壁がたくさんあるのだろうと思った。
私は、目の前に突っ立っている、オリイが消えていったコンクリートの壁をただ眺めていた。
コンクリートの囲いの中から見上げた空は、紺碧の色がどこまでも続いているように思えた。
夢はここまでだった。

 

 

壁の向こうには「何があるのか」そして、「なぜあるのか」
私がいて、宇宙があるということ。
宇宙にも「壁」はあるらしい。
地球から2億光年の彼方に、長さ5億光年、幅3億光年の膨大な数の銀河の「壁」である。
熟 偶然にできた水溜りしか知らないミジンコのようなものだなぁと思う。

 

 

究極、物事の根本は、この”存在の問い”にあるらしい。
壁の向こうにあるものを答えることはできないでいる。
死刑執行の時には、「最後に言い残すことはないか」と訊かれるそうだ。
そのとき、私はなんと答えるのか。
答えられない、それに似ている。
意識にあるものだけが実在するとしても、喩え私の見たものが、夢のようだったとしても、
それは何か。
夢の中でも、そのように”存在の問い”をなげかけられているのかもしれない。

 

    箱根 湯坂路             2012.4.15

                         曇り  無風    5-17℃
 
  箱根湯本 ++++++ 小涌谷 ---- 千条の滝 ---- 鷹巣山(834m)----
浅間山 ---- 大平台分岐 ---- 湯坂山  ---- 湯坂城跡 ---- 箱根湯本

前日は夜半まで大雨だった。桜は、まだ咲いているか。
寒い、寒いと言って閉じ籠っていた家を飛び出し、箱根へ出かけた。
湯坂道は、鎌倉時代に開かれた箱根越えの山道である。
「湯本から湯坂山に登り、浅間山(せんげんやま)・鷹巣山を越えて芦之湯に下り、箱根権現
を経て箱根峠を越え、三島へと下る」(箱根町 湯坂道の案内より)

イメージ 1 [登山電車から見た箱根の桜]

源頼朝の箱根権現へ参詣するのも、箱根越えにはこの湯坂道の方が、足柄峠を越えるよりも
近道であった。『十六夜日記』を綴った阿仏尼(あぶつに)も京都から鎌倉への道中、泣き泣き
この湯坂道を歩き、箱根を越えていったのだろうか。

箱根は、山肌に昨日の雨の名残の雲の塊がへばりついていた。
箱根湯本から登山電車で小涌谷まで行く。日曜日だというのに車内は余裕で座れた。
電車は、スイッチバックを繰り返し険しい急坂を登ってゆく。

イメージ 2 [まだ咲いていた豆桜]

私は、新品の山靴を下ろした。30年来の山靴は非常に重く、履くのも億劫になってきた。
今まで履いていた靴も、とうとう穴が開いて水漏れがしてきた。
同行者は、運動靴だった。その方がよっぽど良いらしく、快適に歩けていたようだった。
以前同行者が履いていた山靴は、足首に当たるところがあって履き心地が悪く、見向きも
されなくなった。靴はマメができたりして、ひどい目にあうと、もう二度と履かなくなる。

偶にしか行かない山歩きに、上等な山靴を買ってしまったものだから、このまま履かずに
とって置いても、どうにももったいない。それをいろいろいじくり回しながら、靴の形を少しずつ
変形させて調整してみた。試し履きのために、その靴をわざわざ背負ってきたのだ。
履かせてみると、今度は左足の小指が当たるらしい。ほんの100mも履いただろうか。
やはり履きなれた運動靴の方が良いようだった。やはり靴選びは難しい。

イメージ 3 [誰もいない山頂 鷹の巣山]

休日の観光地とあって、行き交う人は多い。湯坂道にかつての旅人の姿はなく、箱根越えは
ハイカーに取って代わり、「天下の険」を旅人の志だけが歩いてゆく。
薄暗く寂しい蛇骨川沿いに歩き、一気に鷹の巣山まで駆け上がった。
鶯の鳴き声とともに少しずつ青みが増してきた草原の続く尾根道は快適だ。
所々に箱根のマメザクラがまだ咲き残っていた。お花見のような桜ではなく、自然の中で
自然に育ち、咲いている桜は、健気でやさしい。
自然の桜の大木は、近くで鑑賞するには不都合だが、薄紅色の優雅な花弁が空に溶け込み
それもまたいとをかし。
「万丈の山、千仭の谷」はなかったけれど、お天気のよい休日にのんびり歩くにはよいハイキング
コースだ。

浅間山あたりで靴を履きかえた。足元にはオレンジ色の木瓜の花がいくつも咲いていた。
浅間山は、うっかりすると通り過ぎてしまうくらい長閑な山頂だった。
樹林帯の薄暗い山道をしばらく下ると車の渋滞する国道1号線に出た。
鎌倉時代のようにして箱根越えの湯坂道を歩いてきた現代の旅人にとっては、渋滞する車の
車列はなんとも言えぬ違和感が漂った。この違和感が重要な感覚なのだと思えた。
違和感とは、箱根山を越えて来た湯坂道の道中そのもので、山歩きそれ自体が現実離れした
ものとして感じられる一瞬でもあった。

いつしか、箱根湯本の賑わう温泉街の雑踏に揉まれ、いつもの現実に戻されて、箱根越えの
山屋の一日を終えた。

     夢の徒然     -遠回りな夢-       

君を負ぶって歩いている夢だった。
いつか、どこかで見たことのある旅館の中にいて、
君を背中に負ぶったまま、古びた廊下を歩きまわっていた。
どこまで行こうとしているのか、ずいぶん遠回りしているように思えた。
遠回りとは。どういうことか。

 

旅館の中の階段を軋ませながら、何段も何段も昇ってゆく。
二階へ、三階へ、・・・
背中にべったりと張り付いた君の重みが、体中の骨に伝わっていた。
しなやかに折れ曲がった体に鼓動の気配はなかった。

 

背中に負ぶさっている君の姿を見る事はできないけれど、
きっと、目を瞑っていたのだろう。
君は、生きていたのだろうか。
酔いつぶれているわけでもなく、
怪我をしているわけでもない。
ただ、ぐったりと、静かに、
私の背中に負ぶさっているのだった。
眠ったまま、何かを話そうとしていたのではないか。

 

イメージ 1 [四万温泉]

 

どうして君はこんな風になってしまったのだろうか。
そう思っただけだった。
聴こえそうで聴こえない君の声を
夢の間も、とうとう一言も聴くことは無かった。
同じような風景が行ったり来たりしていた。
私は、君を負ぶったまま、旅館の廊下をいつまでも、
何を為すこともなく、何処までも歩き続けているだけだった。

 

この夢から、ちょうど、30年前のことになる。
都会の昼下がり、昼食もとらずに、喫茶店に何時間も入り浸っていた。
どんな言葉の綾からか、「遠回りしたくないんです。」と言っていた言葉を
想い出した。きっと、その時、私は、その言葉の意味するところは、何も
わかってはいなかったのだろう。
それ以上、そのことについては何も考えることもなく、
遠回りしたくない人とは、それっきり二度と会うことはなかった。
遠回りしないことに見合う人であることは、とても重いことのように思われた。
それから幾年月、君は、遠回りせずに、思い通りに恙なく暮らしていくことが
できたのだろうか。
たぶん、近道なんてないんです。近道だと思っても、たくさんの近道を歩いている
だけなのかもしれません。遠回りしたくないと思っていても、ぐるぐる回っている
迷い道を歩いているのかもしれません。

あなたの言う”遠回り”とは、なんだかよくわかりませんでしたが、
その頃から、何もよく考えなかった私は、背中に慢性的な凝りの
記憶が溜まったまま、今も呑気に暮らしています。

  春の朝(あした)

    ロバアト・ブラウニング   上田敏「海潮音」
   
 時は春      
 日は朝  
 朝は七時  
 片岡に露みちて  
 揚雲雀なのりいで
 蝸牛 枝に這ひ  
 神、そらに知ろしめす
 すべて世は事も無し

ロバアト・ブラウニングのこの詩は、いつ、何で知ったのか思い出せない。
裕福な家庭に生まれたブラウニングは、生涯、詩を書くだけで暮らすことができたそうだ。
春の朝(あした)という詩は 、ブラウニングの劇詩「Pippa Passes」 (ピッパが通る) として
詠った詩のようだ。紡績工場が休みの日、少女ピッパがこの詩を歌い街を歩くと、その歌声を
聴いた罪人たちが今までの行いを反省していくという内容らしい。

春の朝(あした)という詩は 、上田敏氏の翻訳の妙により味わい深いものとなった。
「ようこそ先輩」で、翻訳家の鴻巣友季子さんが「はじめよう“言葉探しの旅”」という授業を
やっていた。
翻訳とは何か?  英語を日本語に置き換えること、そのように思っていた。
"I love you."をどう訳すか。 「愛しています」としか思いつかない。
夏目漱石は、「月が奇麗ですね」と訳したそうだ。

鴻巣さんは「登場人物の気持ちを想像して、それになりきること」が翻訳の鍵だという。
All's right with the world!
”すべて世は事も無し”というのが気に入っている。
翻訳とは、”その人の気持ちを生きること”と教わった。

イメージ 1 [いつかの春のお花畑]


The year's at the spring,
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hill-side's dew-pearl'd;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn;
God's in His heaven--
All's right with the world!

   
   
   春の朝(あした)        yamaya 訳

 再びめぐり来る
 待ち遠しい”春”
 新しい朝に 約束の時間がある
 山裾は、露を含み 霞み棚引く
 雲雀は 空にある 水場に向かい 鳴き揚げてゆく
 蝸牛は、時を忘れ ゆっくり枝を伝っている
 神は、雲雀が揚がっていった天上から窺い
 人の暮らす地平に何事もなく 穏やかな一日が始まる