寄り添わない。
曲の良し悪しや好き嫌いではなく、人の時間感覚の感じ取り方によっては、十人
曲の良し悪しや好き嫌いではなく、人の時間感覚の感じ取り方によっては、十人
十色の音色が奏でられているのかもしれない。
楽曲のテンポはイタリア語[tempo ]で、「時間」を意味する言葉だ。音符の拍の
楽曲のテンポはイタリア語[tempo ]で、「時間」を意味する言葉だ。音符の拍の
単位を人間の鼓動としているため、テンポは音符そのもの、「時間」そのものだ。
もしかすると、私の60兆の細胞の感覚は、アダージョをラルゴと思って時間の速さ
もしかすると、私の60兆の細胞の感覚は、アダージョをラルゴと思って時間の速さ
を感じ取っているのかもしれない。だから、テンポが合わず、感性も震えない。
日本人と外国人でも、音に対する脳の感じ方が違うらしい。
「日本人は言葉の音を鳥の声や雨の音などといっしょに左の脳で聞き、右脳では、
「日本人は言葉の音を鳥の声や雨の音などといっしょに左の脳で聞き、右脳では、
洋楽器の音、機械の音や雑音などを聞くだけである。これに対してほとんどすべて
の外国人は、左の脳で聞くのは言語の音ぐらいで、その他の自然音や楽器の音は
すべて右脳で聞く」 角田 忠信「日本人の脳」より。
日本人の独特な脳の感じ方は、ボルネオの山岳民族にも同じ様な脳の感じ方の
傾向をもっているようだ。遠い昔、日本人の祖先は、きっと、自然の音に満ち
溢れた南方のポリネシアから船に乗って日本列島に辿り着いた民族なのではないか。
外国人にとって蝉や蛙の鳴き声は、騒々しい雑音でしかないらしい。ならば、
外国人にとって蝉や蛙の鳴き声は、騒々しい雑音でしかないらしい。ならば、
外国人には、芭蕉の蝉の声を理解することはできないのか。
とすると、人の中を流れ去る時間の速さが、音楽を感じ取ろうとする人の感覚に
影響を与えているのではないかと思えてくる。人の感覚がどのように時間の速さを
感じ取るかは、その時の気分の持ちようや、年齢によっても違うようだ。確かに、
子供と老人とでは、今まで暮らしてきた時間の積み重ねと経験事象を踏まえると、
一年の長さは違って感じられるかもしれない。
もしかすると、人それぞれが異なった時間の流れとスピードで生きていているのかもしれない。
もしかすると、人それぞれが異なった時間の流れとスピードで生きていているのかもしれない。
同じ曲を聴いていても、静かに横になっている時には、早いリズムに聴こえ、運動
した後では遅い拍子に聴こえることがあるというが、どうだろう。
君が好きだといった音楽も、アーティストの名前も僕は知らなかった。
その曲を聴いたことがなかったのだろうが、早いリズムに乗って拍子を取ることが
でず、記憶に残らなかったのかもしれない。
もしかすると、君と僕の音を感じ取る感覚の違いも、時間の速さを感じ取ることも、お互いの体の中を流れる時間のスピードさえ異なって、リズムが流れていたのかも
もしかすると、君と僕の音を感じ取る感覚の違いも、時間の速さを感じ取ることも、お互いの体の中を流れる時間のスピードさえ異なって、リズムが流れていたのかも
しれないのだから。
[帰ってきた浦島太郎]
<浦島太郎は、悲しみを覚えていますか>
地球上で重力の影響を受けて生活している以上、重力場から逃れることはできない。
その強い力が働く重力場では、時間の流れ方が違う。地上の重力が空間を歪ませ、
その強い力が働く重力場では、時間の流れ方が違う。地上の重力が空間を歪ませ、
時間さえ、無重力の宇宙空間に比べ、地球上で1秒当たり100億分の7秒という時間
がゆっくり進むことになる。いっとき、アルベルト・アインシュタインになって、「一般相対性理論」を心の中で呟いてみたものの、理解の及ばない難解な疑問の
坩堝の中に嵌り込んでいった。
僕がロケットに乗って宇宙空間に行って、ロケットのスピードを光速に近づけて
いけば、時間の遅れが生じてくるというのか。そうすると、光速に近い速さで飛ん
でいくロケットは、ほとんど時を刻まないことになる。
宇宙船が光速に近い速度で、慣性の法則に則り飛行を続けていたら、君が1年暮ら
宇宙船が光速に近い速度で、慣性の法則に則り飛行を続けていたら、君が1年暮ら
している間、宇宙船の中にいる僕の時計は、まだ1年にも満たず0.44年しか経って
いないことになる。
僕が宇宙船に乗り、宇宙の光の道を駆け巡って、再び地上に戻ってきたら、君は
たいそう歳を取り、宇宙船にいた僕はほとんど歳を取ることもなく、浦島太郎の
ようになっているということでしょうか。
僕が宇宙の旅から帰って、浦島太郎のようになっていたら、君は悲しむだろうか。
そして、僕は、君がわかるのだろうか。 賢人、キケロは言う。「悲しみをやわらげてくれないような時間はひとつもない。」
悲しみさえも、やがては時間が解決してくれる。どんなに厭なことでも、時間が
僕が宇宙の旅から帰って、浦島太郎のようになっていたら、君は悲しむだろうか。
そして、僕は、君がわかるのだろうか。
悲しみさえも、やがては時間が解決してくれる。どんなに厭なことでも、時間が
経てば、記憶は薄れ、そのうち何もかも忘れてしまう。
そう、物事は、時間が解決してくれることもある。
そう、物事は、時間が解決してくれることもある。
きっと、そのことの方が多いのだ。
やわらかな脳細胞の化学反応は、そのように純粋に作用するようにできている。
悲しみをやわらげてくれる時間の速さは、人それぞれ違う。悲しみのその時、
そこを流れている時間は、やがて消えてゆくにしても、生命の特別な時を刻んで
いたのではないだろうか。
僕たちに流れる時間のうつろいが、毎日オブラートを一枚ずつ重ねていくようにして、突然訪れた悲しみの記憶を徐々にやわらげて消してくれる。 僕が宇宙を駆け巡って、再び地上に戻って来る頃には、悲しみの事などすっかり
僕たちに流れる時間のうつろいが、毎日オブラートを一枚ずつ重ねていくようにして、突然訪れた悲しみの記憶を徐々にやわらげて消してくれる。
消え去り、何もかも忘れ去っていて、浦島太郎のようになった僕のことすら何処の
誰かもわからなくなっていることでしょう。
それから、僕は、とてもゆっくりとしたラルゴを聴き、君は、歌うようにゆる
やかに、アンダンテ・カンタービレを奏でる。
叶うことならば、このときばかりは、どうか、時間の流れ方が君と違わないことを
叶うことならば、このときばかりは、どうか、時間の流れ方が君と違わないことを
祈ります。
[ゾウに流れる時間]
[砂時計の底に沈殿してゆく時間]
[弾け跳んだエンドウ豆]
[Marianne Stokes Schneewittchen.jpg]