「もしお金も食料も持たずに生活するとしたら、山と海とどちらが良いだろうな」
「何よ、突然。気持ち悪いわね。私はなるべく便利な生活が良いわ。キャンプどころか食料も持たないサバイバル生活を体験したいなら一人でやってちょうだい。自分の趣味が万人に受け入れられるほど甘い世の中ではないのよ。ましてや私があなたの彼女だからといって何でも言いなりになると思ったら大間違いなのよ。私が私でなくなる必要があるとしたら、その時私は何もかもを捨ててしまう覚悟と決意を持って……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何もそんなに真剣に考えなくても良いんだぞ。軽い気持ちで訊いただけで……」
「うるさいわね。あなたにとっては軽い内容だからといって、誰もがそう思うと思ったら大間違いなのよ。ようやく男女平等が叫ばれつつある時代だというのに、かつての狩猟の時代に逆戻りするのは想像を絶する苦労があると思うわ。まさか女の私もイノシシを追い回したりしなければならないと思ってるんじゃないでしょうね。私はそんな事はしないわよ。でもあなたの狩りが失敗した時のために私も海辺で貝を集めたり、山でキノコや木の実を採らなければならないじゃないの。火の熾し方だって練習しなければならないわ」
「いや、だからそこまで真剣に考えなくても良いんだけど……あくまで食料を現地で調達する生活って意味で、時代まで昔になっちゃうわけじゃないんだぞ?ライターやマッチくらいならいくらでも入手出来るじゃないか」
「うるさいわね。私は獣の皮をなめして服を縫わなければならないし、蔓や蔦を折って布団やゴザを作らなければならないわ。そう考えると海だけの生活というのは恐らく不可能に近いわね。丸太を集めて家だって建てた方が良いはずだもの。雨風を凌ぐ意味でも山の方が恐らく都合が良いわ。ただ獣に襲われないために火を絶やさないことが重要ね」
「何故か服まで無くなっちゃってるんだな……しかも野犬や狼や熊が出没するような山奥なのか……何故か否定しつつもいつの間にかどうやって生活するのか考えているような気がする」
「うるさいわね。私が今の生活を捨ててそんな生活に身を置いたりするもんですか、失礼な。それにあなたは石器を作らなければならないのよ。のんびり話していないで今からちゃんと練習しておいてちょうだい。水を毎日汲みに行く体力だって付けておかなければならないわ」
「そんな生活を実際にするわけじゃないんだから、そこまで考えなくても良いって!」
「うるさいわね。それくらい分かって言っているに決まってるじゃないの、失礼な。冗談だったのよ」
「そっか。それなら安心したよ。あんまり真剣な様子だったから完全に騙されたぞ」
「違うわよ。準備段階があるのよ、って言ったの。だからもう今日は帰るわ」
「あ、おい、ちょっと!うーん、どこまで本気なんだ……でもそんな環境でも僕と一緒に生活してくれるつもりなんだな……」
「面白いと思ったなら私の顔に触れても良いわよ」
公認会話士の小説連載中
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