マイペースで歩こう☆ -15ページ目

マイペースで歩こう☆

ノスケから⇒全ての発達障害児とその家族へ。
『チャンスは常に目の前にある。自主性を持つことが一番大切。自分らしく在りつづけることです( ̄∀ ̄*)』





コロナウィルスを心配して始まった、みっくの緊急事態は。家族にも初めての試練となりました。

最初に病院に行ってから、逐一状況は話しています。
今回は、そんな家族のリアルをお届けしましょう。




さぁ、まずは初っ端から現実逃避しましたダンナさん。
以下は、緊急事態宣言が愛知県に出る前のオハナシですよ。




◎桜開花のニュースを見ながら。


みっく:桜、キレイだろうねぇ。見に行きたいなぁ。




ダンナさん:何も今行かなくても、来年も咲くだろうが!今やることか!( ´ 口 ` )




みっく:…ひとりで行くわ。

→このあと、ちゃんとついてきた。





◎GWに会社の保養所を予約してました



みっく:緊急事態宣言、兵庫出てるねぇ。保養所だけど、やっぱり行けなくなるかなぁ。ギリギリまで待って、行けるなら行っておきたいなぁ。




ダンナさん:おまえ、そこまでしていきたいか!( ´ 口 ` )




みっく:…。




一連のやり取りをしながら、ふと思ったことを聞いてみた。



みっく:あのさぁ、ダンナさん。私が今、病院に行って検査とかしてるの知ってるよね?




ダンナさん:あ゛?知ってる。




みっく:その意味、本当にわかってる?




ダンナさん:オレは、ガンなんて信じないぞ❗️




みっく:信じる信じないのハナシじゃないだろうが!バカじゃないの?!




ダンナさん:絶対大丈夫だわ!




みっく:あのさ、現実見ろよ!実際そうだった場合、最悪のときは、私来年生きてないんだよ!わかってるの!?




ダンナさん:ええっ!?どうして!?( ´ △ ` )




みっく:どうして、じゃない!ガンは悪けりゃ余命宣告されるでしょうがぁ!アンタ、自分の親も肺がんで死んだろうが!

→ダンナさんのお義父さまも肺がんで亡くなってる。見つかったときはステージ4でした。




ダンナさん:…!…ち、ちがうぞ!もしみっくがそうでも、オレは聞かないからなぁっ!うわぁん!( ´ △ ` )




泣くな、ダンナさん。
そして、現実逃避すんな。還ってこい…。



さて、ちび子の場合。
泣きだすダンナさんを白い目で見ておりました。




ちび子:かあちゃん( ` ー ´ )




みっく:なんだ?




ちび子:ガンなの?( ` ー ´ )




みっく:まだわからん。




ちび子:そっか( ` ー ´ )




みっく:あぁ、おまえ冷静だな。生命保険はココ。母は会社の貯蓄関係もあるから、死んだらキッチリもらいに行くようにな。まぁ、また近くなったら説明するから。




ちび子はコックリ頷いた。
テレビでは、海外の情報番組が。




みっく:…あ、シンガポールだ。緊急事態宣言収まって、海外旅行も行けるようになったら行こうな。




ちび子:うん( ` 口 ´ )行けるときに行かなかん( ` 口 ´ )



みっく:ところでな、ちび子。今はコロナだから、会議とか中止にしなきゃだぞ。おまえの職場、アタマおかしいだろ。このご時世に、密室に職員集合させて2時間以上も会議させるって、クラスター作りたいんか。




ちび子:窓開けてるよ( ` 口 ´ )




みっく:あのな。母が、ハイリスクな人だ。わかってるか?




ちび子:…うん( ` ー ´ )




みっく:だからな、おまえの職場のバカな上司に伝えろや。今コロナかかったら私は即死だ。感染わかった瞬間、おまえんとこの事務所乗り込んで全員道連れにしたるでな。おまえも帰ってくんなよ。



このあと、ちび子は職場に告げました。
コロナが出たら、私はココに住みます、と…。




最後に、ノスケの場合。

※彼は離れて暮らしているので、メールです。




みっく『コロナ大丈夫か?元気にしてるか?おまえの周りは?』



ノスケ『大丈夫よ。母はまだ結果わからないの?』



みっく『うん。色々検査してる。』



ノスケ『そっか。結果わかるまでは、とにかく無理しないようにね。』



みっく『うん、ありがとう。』



ノスケ『何事も無きことを祈ってるよ。』



みっく『うん、ありがとう。』



ノスケ『あ、お誕生日おめでとう、ございました。遅れた。』



みっく『ありがとうね。』



ノスケ『こんなご時世だしね。後日何かプレゼントかご馳走するよ。』



みっく『うん。ありがとうね。』




ノスケは、ですね。優しいです、うん。

先週末も、ぶらっと寄ってくれました。用もないのに(笑)
帰ってきて、私のベッドにゴロンゴロンしながら、他愛のない話をして、じゃあね〜( ̄∇ ̄)と帰っていきました。

彼なりに私を心配してくれてて。気遣ってくれています。



で…オマケ。










先週から、緊急事態宣言のために在宅ワークになりました、みっく。

ハルカは、は、な、れ、な、い〜(=^ェ^=)



ダンナさんは相変わらずで、みっくの病院すら来られないんですが。

ま、いざとなったら。ノスケとちび子がいるでしょうよ(笑)










万一、万が一にそうだったとしても。

私の寿命は、明日即座に尽きるわけじゃないのだ。
まぁ先のことなんて、わからないけどね。




こんなときだから、多くは望まないこと。
治療も、できうる限りギリギリまで待ってからにすること。これ以上、無駄なワガママで、ほかの人の緊急事態の邪魔してはいけない。

だから、せめて。今は病気の正体だけは突き止めておこう。


良性腫瘍ならば、可能である限り時期を待とう。焦ってすぐ治療なんて、返ってリスキーだ。一年でも二年でも、待てる限り待てば良いのだ。



もしも、悪性腫瘍だったとしても。

それでも、出来うる限り、治療は待とう。
こんな時代だからこそ。
今の私が、出来ることは。ガマンすること、しかない。息苦しさや痛みくらいでは、そう簡単には死なないだろうしな(笑)

まぁ、私自身が緊急を要する病態ならば。医師が判断してくれるだろうよ。


そう決めた瞬間から、ホッとした。
悩まなくて良い、って。なんて幸せなんだろうね。

この、ホッとした気持ちをくれたのは、友人とそのご親戚の善意だ。
私は、幸せものだなぁ。





みっくの実家は、ガンの家系で。祖母も実父も、肺がんで亡くなっている。実父が発病したのは50歳くらいか。今の私と同じ歳だった。

若い頃から肺炎を繰り返し、左の肺は摘出してしまっていた。肺がんは、残ったもう一つを蝕み、父の命を奪った。



これが、今回私が焦った一番の要因だ。
みっくもまた、肺炎を患い。今回コロナウィルスを心配することになった、呼吸の不調と続く発熱、胸の痛みに。おそらく、これから先も、繰り返し私を苛むであろう、肺の不調に。
そうして、発生してしまった、腫瘍に。

年齢も、経緯も、実父と一緒だったから。



50歳くらいで発症した肺がんは、父の命を奪った。52歳だった。肺炎の後遺症に苦しみ、床に着く時間も多かった父。赤ん坊のノスケを、笑顔で抱きしめた父。そんな父の、シワすらない若い顔が、私が最期にみた父の顔だ。
一歳になる直前のノスケが、初めての立っちをしながら、悲しそうに棺をのぞきこんだのを覚えている。




昔、生前の父から言われた言葉を思い出す。

身体の不調を繰り返し、病院に運ばれるたびに不安だった。そんな不安そうな私の表情に、父は自身とて悩んだであろうにも…私に淡々と告げたことがある。



みっく。人の寿命とは、人それぞれだ。
長い時間を過ごす人もいれば、他者のそれよりも短い時を駆けてゆく人もいる。

きっと大切なことは、その長短じゃないだろう。
その瞬間に、後悔しないように。自分を、周りを大切にして生きること。

それが、人の寿命というものだと、父さんは思う。




そうだな、父さん。
全力で生きるって、きっと、そういうことだから。

今日一日を大切にしたい。

今の瞬間を大切にしたい。

時は、目には見えないからこそ。



誰かの、どんな瞬間も忘れない。一生懸命に過ごすのだ。

強く、そう思った。














あぁ、不安とは、なんと孤独に苛まれるものだろうか。
どんなに家族が心砕いてくれても、私の感じる不安は減らない。それは、どうしようも無いことだ。

だって、わからないのだ。
どうしたら、良いのか。
何から手をつければ、良いのか。



けれど。さほど間も置かずに、友人から連絡がきた。

『みっくさん。連絡取れましたよ。』


ご親戚のかたからのお返事を転送してくれた。そこには、心強い言葉が記されていた。



病院の名前と、医師の名前。あんまり有名過ぎて、すぱーんと意識から飛んでいた。私はどれだけ焦っていたのだろう。


ここの医師の診察を受けて、治療を。そして、落ち着いたら、元の地元中核病院で予後のお世話になれば良いですよ。
診察を頼む際は、私の名前を言いなさい。


励ましの言葉とともに、メールには私の望みを叶える道が、記されていたのだ。





最初に腫瘍に気付いてくれた、地元の中核病院の医師に、全て話した。

友人を介して道を開けてくれた医師のこと。
そのかたが相談に乗ってくださり、C病院と医師を紹介くださったこと。

私はまず、原因を突き止めて、それから考えたい。

そう伝えれば、地元中核病院の医師は快く紹介状とC病院の診察予約手続きをしてくれた。



この地元病院では、今は焦らずに一つずつ調べて病気と向き合っていきましょう、と言っていただいたけれど。焦らずゆっくりしていた結果、2ヶ月後になって『あら、あと◯ヶ月になっちゃいましたね』なんて言われたら…いやいや、考えたくない。

大体、そんな気持ちで悶々としていたら、仕事にも私生活にもよろしくはないので。



そんな私のナサケナイ本音を聞いても、笑顔で送り出してくれた地元病院の対応を、本当にありがたいと思った。



思えば、友人の親戚のかたは、顔も知らない私のために動いてくださった。
地元病院のA医師だって。連日、疑コロナな患者さんの診察に明け暮れていただろう。

こんな、めちゃくちゃ大変なときに。


自分の都合だけでいっぱいいっぱいになってしまった私の、勝手な思いに。助けてくれ、と頼んだ声に。
見ず知らずの私の声に。

皆さんは真摯に応えてくれたのだ。




診てもらいたくても、病院が無い。
そう、まさにコロナパニックによる医療崩壊の現実である。連日の報道を見ていて、まさか自分がそこに飛び込むハメになるとは思わなかったが。

本当にありがたいことに。私は、たくさんの人の善意に、良心に救われているのだ。



待合室で、それらの手続きを待ちながら。改めて周りを見てみる。

咳こみながら、診察を待つ人がいる。

家族が緊急入院した人が、医師の説明を待っている。

隣の人の背中をさすりながら、励ましている人がいる。


病院って、色々な事情があって、人々はやってくる。
そんなたくさんの人々の、たくさんの事情に。ひとつひとつ向き合って、医療は成り立つんだな。

こんな、大変な時期に。
待ちなさいと言われても、待てない私。悪いことしたな。

でも、これもまた私の事情なのだ。
だからこそ、友人の親戚のかたも。地元病院のA医師も。私のために、動いてくださった。


友人から送られてくる、メールを開く。
今の私には、未来を示す光だ。



〝ネコヤマみっくさんの受診のことを、先方へ連絡してくれるそうです。〟



私の心の中の不安が、プチンプチンと音を立てて消えていく。

改めて、限界を超えてなお、こうして人々のために行動してくださる医療関係者の方々に、深く感謝をしたいと思った。



ネコヤマみっくさん。


看護師に呼ばれて、C病院への受診の説明を聞きながら。望む医療を受けられると分かった瞬間から、私はホッと息を吐くことが出来た。我ながら、なんと単純なのだろうか。


安心は、もう一つの考えを生む。



今出来る最善を尽くして、私は私の運命を受け入れよう。
もしも自分に時が限られてしまうとしたら。
私は、やりたいことを計画的にやり遂げるべきなのだから。

諦め悪く、必死にならなければ。
冷静に、なれ。