バァバの話です。
40代で運転免許を取得したバァバ、以来30年間クルマを運転してきました。本人も運転には自信を持ち、65歳を過ぎて自分のクルマを手放してからも、みっくのクルマを運転したり、機会は減ってもハンドルを離すことはありませんでした。
スイスイっとどこでも行ける。外出しやすくて楽しい。
運転は好きな人でしたから。なかなか止めろとは言えませんでした。
ですが、実際には。みっくのクルマには、キズが少しずつ少しずつ増えていきました。
バックしたときに、どこかにぶつけたであろう擦過傷や凹み。
右左折時にぶつかったであろうキズ。
バァバ本人は、全く気づいていませんが。隣に乗せてもらっていても、乗り上げたりすることか多くなりました。指摘すると怒ります。おまえは小さなことで細かい!と。
多分。こうした一つ一つ全てが、加齢に伴う認知機能の低下なのだと思います。
半ドアのままカギを閉め忘れ。ライトを点けっぱなしにし。それでもバァバには〝身に覚えのないこと〟ばかりで、もう潮時だと思っていました。
そんなときに脳疾患が発覚し。いよいよ身体が言うことをきかない状態になりました。
見えているはずのものを認識出来なかったり。また、耳が遠くなって何度呼ばれても気づかなかったり。
やがてバァバ本人も、自分は運転するには危険だ、と口にするようになりました。
それでも。とてもとても運転に未練があるようです。
クルマを運転する夢を見た。
あちこちに行けて楽しかった。
そう訴えてくるたびに、胸が痛い。確かに自分の行きたい場所に行ったり、色々と意欲に繋がると思います。
けれども人様の命にかかわること。天秤にかけることはならない。便利だから、楽しいから。全ては自分の事情です。万が一誰かに迷惑をかけるときは、どう責任を??
だから、バァバには繰り返し繰り返し話しました。免許は返そうよ。持っていたら、やっぱり乗りたくなる、と。
万一、運転して交通事故を起こしてしまったらどう贖うのか?と。
伝えるたびに、バァバは言っていました。みっくからそう言われるたびに、自分がダメだって言われてるみたいで落ち込む!と。
わかっています。落ち込むようなことを言っているのは私。それでも。絶対にさせてはならない。その一心でした。
運転免許証の返納については、他の兄弟も意見は様々です。持ってるだけなんだから更新させればいい、そこまで否定するなんてヒドい、という意見も。
でも。〝これくらい、いいじゃん〟から生まれた失態なんじゃないか?
持ってたら、『乗ることが可能』になる。今はしっかりと考えて、〝持ってるけど乗らない〟判断が出来るけど、何かの拍子に〝やっぱり乗れるんだし〟と判断することも出来る。
たまたま〝ちょっとくらい〟と運転して、事故を起こしたら?バァバはもっともっとキツい言葉で世間から責められるのだから。
家族として、バァバが大切だと思うからこそ伝えていますが。バァバが大切だと思っているから〝みっくの言うことなんか聞くな。更新すれば良い。〟と言っている家族もおり。
当初は返納すると口にしていたバァバは、今は言わなくなりました。
先日のニュースを見て、何を思うのでしょうね。
〝更新するけど乗らないんだから、私とは違う〟と?
いや。持つ時点で可能性は同じ。
『させない』勧めが、本当はバァバを守ることなのだと思うんですが。私が間違っているのだろうか。