どうしてだろうね?☆ | マイペースで歩こう☆

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ノスケから⇒全ての発達障害児とその家族へ。
『チャンスは常に目の前にある。自主性を持つことが一番大切。自分らしく在りつづけることです( ̄∀ ̄*)』

今や波乗りジョニーならぬノリノリノスケ?だが。彼は始めからスーパーマンだったわけでは無い。幼児期も、学童期も。無表情で無反応でパニックばかりの。言葉を不得意とする、ありふれた自閉症児だった。『得体の知れないヘンなやつ。』多分、当時の同級生の印象はこんなとこだろう。


結論から言おう。ヘンなやつには、ヘンな母さんがいるものなのだ(笑)
今日は私がノスケに対して思ったこと、為してきたことを。うまく書けないかも知れないけど…。


ノスケが3歳になる頃には、彼の持つ問題点がほぼ見えていた。彼は興味の範囲が極端に狭く、変化に対する反応が乏しかった。隣で大音響でテレビを見ようが誰かが走り回ろうがまるで意に介さず。自分の興味あるものが目の前にあればその対象だけしか見えないらしい。
反応したのは音楽だった。耳障りの良いメロディーや音が好き。ノスケに話し掛ける言葉は全て節をつけて歌うように呼び掛けた。音楽が好きな彼は呼ばれると(歌っぽいから)ニコニコと笑った。しかしコミュニケーション能力は皆無に等しい。


困った。ノスケの意識を森に例えるならば、森の住人はガチャピンとムック、トーマスしか居ないのだ。なんとかして、ノスケの森の住人にならねばならぬ!でも。一体どうすれば良いのだ??
しかしヒントは有った。こんなノスケでも子供は認識して一緒に遊ぶのだ。言葉もままならぬのに、どう共感するのか?
それは。子供は同じものを見ているから。同じ目線で同じものを見、一緒に感じる。そこに時折同調できるからノスケは楽しいのだ。


ノスケが見るもの、ノスケが聞くもの、横に並んで全て知ろう。同じ高さで、同じ速さで。そしてたどり着いた。
『なんでだろうね。どうしてだろうね。』へ。少しずつ少しずつ、ノスケは疑問という感情を持つようになる。疑問には答えが必要だ。答えを与えると次の反応を示す。そして疑問は興味に結び付くのだ。


注意や言葉を与えるのではなく、理由を一緒に考える。悲しいときも、嬉しいときも。僕はなんで嬉しいんだろう。どうして今悲しいんだろう。理由は全てノスケの心の中。何よりも、誰よりも。自分に興味を持たない者が、他の人や者に関心を示すはずが無いのだ。


自分を大切にして、自分を尊重すること。自分を理解することが一番必要なのだ。自分のことがわからないから不安なのだ。
ノスケ、今も不安か?。不安の意味を。私は伝えてやれただろうか。