自閉症などを含む発達障害に関する研究や支援は、この10年余でめざましい進歩を遂げた。早期発見・早期療育。より詳しく診断名を、より細かくフォローを。もちろん、それは必要であるからこそそうなったのだし、成果も生んだのだ。
しかし、それは。同時に非常に危険なことでもある。本来、障害者か健常者かという境界線など存在しないのだ。例えば一言で自閉症と言えど、ではどこからが自閉症なのか?そこで出来た。グレーゾーンである。
では…。グレーゾーンと自閉症の境界線は?そして健常者とグレーゾーンの境界線は何なのか??
アスペルガー症候群、ADHD、その他いろいろ。診断名は実に様々。発達障害というだけで何故こんなにも種類があるのか、考えたことがあるだろうか。
人間は十人十色。千差万別。一人として同じ者は存在しないからなのだ。極論づけるならば、千人の発達障害児がいれば千例の診断名がある。似た特性を持つ者がいたとしても、同じ診断名を下されたとしても。同じ支援・療育を施したら同じ効果が出るかと言えば『否』。人は決してそのような単純な存在ではないのだ。
療育システムはマニュアルではない。そもそも『能力を伸ばす』のではない。間違えてはいけない。子供達はちゃんと能力は持っているのだ。支援とは『伸ばす』のではなく『伸びようとする力』を助けるものなのだ。
言い換えるのならば、せっかく力を持っていても伸びなければ能力は発揮出来ない。そしてまた。こうも言える。『今は持たずとも。未来において発揮する力も存在する。』これを潜在能力と言う。
子供は等しくチャンスと可能性を持って生まれてくる。健常者も、障害者も。生まれ持つ能力の差はあれども、これだけは誰でも同じ。
何もしなければゼロ。しかし、諦めず努力する者には、きちんと結果が出るのだ。それは限りなく高くなる『可能性』だ。
診断とは。あくまでも支援の目安に過ぎない。障害の名を知ることは、支援者が冷静なる判断とフォローをするために必要だからであり、知的・身的な位置を決めるものではない。
今を闘う仲間たちとその家族へ。知らねばならぬのは診断名ではなく、我が子の心そのもの。
諦めの悪い親であること。妥協できる親であること。そして何より。ごくフツーの親であること。
必要なのは、生きにくい彼らの痛みに寄り添う強さだ。そして。敵すらも味方側へ捩じ伏せるほどのド根性があれば…それだけで良いのだ☆