昨日は私の父の誕生日だった。生きていれば70歳。でも、写真の父はずっと53歳のままだ。
今年もユリを一輪だけ買ってきた。ユリは父の好きな花だから。今は亡き父の誕生日にユリを買うのは、実はワケがあるのだ。
若くして父が亡くなったとき、ノスケはまだ1歳の誕生日の直前で。棺で眠るジイジの顔に触れ、あまりの冷たさにびっくりした顔をしたのを覚えている。
しかし。その後ノスケが見せた数々の不思議な行動は全て…父に関係することだった。発音も不明瞭なノスケだが、なんと。お経だけはハッキリと読めたのだ。
数年後、発達障害であると診断された日の夜だった。寝付かれず親友に散々泣き言を聞いてもらい、眠ったのは明け方だっただろうか。
父の呼ぶ声で目を覚ました。気づけば、私はノスケの手をひき知らない場所に来ていた。広い草原の中、一軒の家がある。真っ白な花に埋もれるようにして…。
家の前に父がいた。大声で私とノスケを呼ぶ。嬉しくて、悲しくて。私は父の前でただただ泣いていた。
『大丈夫だ。ノスケは大丈夫だ』そう言いながら私の背をさすり、父はノスケを抱き寄せ、頭を撫で『なぁ、ノスケ!』キャッキャッと笑うノスケの声と、"大丈夫だ"と繰り返す父の声は、目覚めた後もハッキリと耳に残っていた。どうして温かい手の感触まで残っているのだろう…。本当に不思議だった。
そして思ったのだ。たとえ隣にいなくても。父の思いは私の心の中に生き続ける。私が忘れない限り。ずっと生きるのだ。
だから誕生日を祝おう。父の生きていた証は、私なのだ。私が、ノスケやちび子が覚えていることが、父の思いを生かすことだから。
毎年の命日ではなく、誕生日を祝うのは。私たちの思いの中で生き続ける父を祝うために。私が決めたルールだ。
誕生日にはユリの花を。若くして世を去った父の分まで生き抜く。何があっても逃げない。一年に一度、私が誓うために。
誕生日おめでとう父さん。父さんの言うとおりだった。ノスケは大丈夫。大きく逞しく、根性のあるヤツになったよ。
歩き方、ちょっとした仕草、笑うときに片方だけ口の端をあげるクセ。誰かに教えられたわけではない。ノスケはジイジにそっくりなのだ。
チャレンジ精神・好奇心が旺盛なところもね☆
父に逢うのは年に一度。誕生日の前後が多いのだけれど。きっと今年も満面の笑みで出迎えてくれるのだろう。白い花の咲く家の前で☆