次男の離乳食も2回食になり、外出することも多かったり来客もあったりと毎日ばたばたとしているのは事実ですが、それ以上になんだか更新する気力が足りない感じで。
やはり2歳の誕生日が過ぎ、たいせいが生きた10日間はいつも以上に2年前のこの時期を思い出していました。
あぁ2年前の今頃は、NICUでたいちゃんにいろんなことを話しかけていたな、とか、家に帰ろうとしたら呼び戻された頃だな、とか、家族待機室に寝泊まりしたな、とか、亡くなったあと沐浴をした時の顔がかわいかったな、とか、小児科の病室で親子3人で川の字になって手を繋いで寝たな、とか、克明に、鮮明に。
毎日慌ただしく、ゆっくり向き合う時間もなくて、それがいいのか悪いのかもわかりませんが…
いろんなことが億劫で、身体をあまり動かす気にもならず…明らかに少し前の自分とは違うなと感じていました。
なのでまだ次男の8ヶ月のフォトも撮れていません…ごめんね。
ただ、そんな風になってしまうこともきっと『記念日反応』の所為だとわかってはいたし、そんな自分も受け入れようと思って過ごしてはいます。
それでも命日の日は、オットと次男と偲ぶ会をしようとお菓子とお花を前日に買って、ちょっとだけごちそうを作りました。
湿っぽいよりも楽しく過ごした方が、たいちゃんも喜ぶかなと思って。
いつもは茶色ばかりの食卓ですが笑、見た目で元気になるように彩りを。
夜はアルバムやNICUの看護師さんが書いてくださった日誌やメッセージカードを読み返していました。
そして、たいせいが息を引き取ったその時間に手を合わせ、たいくまを抱っこしました。
オットは寝てしまっていましたが、次の日同じようにアルバムを見返したりして、たいせいとの時間を過ごしているようでした。
そして今日、県内にあるお寺のあじさいまつりに行ってきました。
たいせいを連れて家に帰ってきた日、駐車場の前にたくさんのあじさいが咲いていたのがすごく印象的でした。
だからそれ以降、あじさいを見るとこの日を思い出して悲しくて苦しくて切ない思いが蘇るのですが、同時にたいせいと一緒に見た初めての花、そして最後の花でもあるので私達にとっては特別な花なのです。
たくさんの品種のあじさいがたくさん咲いていて見事でした。
あじさいの花言葉はたくさんあり、色によっても違いますが、一番しっくりきたのは
『家族の絆、団欒』『強い愛情』『辛抱強い愛情』
でした。
その花言葉を知って、あじさいが私にとってより身近な花になりました。
たいちゃんのおかげで私たち家族の絆は強くなったし、たいちゃんへの愛情は2年経った今も変わらないから。
ひまわりはたいちゃんの花、あじさいは私たち家族の花。
あの日見たあじさいは、引っ越してもう見られないので、新しい家にもアプローチにあじさい(アナベル)を植えました。
きれいに白い花を咲かせています。
たいちゃん、お空からたくさんのあじさい見てたかな?
庭のあじさいも咲いたよ。
私たちは4人家族。
これからもずっと。
ありがとう。
たいちゃん、だいすきだよ。