「人のせいにしない」または「自分以外の誰も自分を傷つけることはできない」 | 体験で世界を狭くする✨体験アーティスト 道子カレンモ

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日本語教師→青年海外協力隊でタイチェンマイ→赤ん坊連れてチェンマイ大学院で学ぶ→カレン族の村で暮らす→信州で一家6人自給自足・自宅出産→チェンマイリトリート案内人 カレンモはカレン名

 

 娘が不登校だった時


「あなたは子育てに失敗をした。

彼女をダメにしたのは母親のあなただ」

といわれたことがあります。




Instagramのストーリーズで

数秘術とマヤ暦

時にはカードの力をかりて

毎日のメッセージを発信しています。


幾つもあるその日のキーワードの中から

毎朝ぴんとくるものを選ぶのですが

今日選ばなかった中に

「人のせいにしない」

というものがありました。


小学生の学級目標みたいですが、

それを見ていて思い出したことがありました。





続きです。


でもその時は、

母親失格のように言われても

全く傷つきませんでした。


なぜなら

娘がダメになったとは

微塵も思っていなかったから。



むしろ、とても賢くて個性的な

うらやましくなる(わたしが彼女を)くらいの

自慢の娘だと思っていたから。



なので、

子育てに失敗したとも

1ミリも思っていなかったのです。

少なくとも「娘がダメになってしまった」

という理由では。

(自分のせいで、不登校になった?とか

彼女が生きづらくなった?

とは考えましたよ、やっぱり)




傷つかなかった代わりに

その人のことを

「バカなんじゃないの?」

とは思いましたけれどね。






でも

「あなたは欲しいものを

買おうとするばかりで

何も自分で作り出さない」とか



会社員経験がなかったために

「まともに働いたことがない、

仕事をしたことがないでしょう」


と言われた時には

自分は何も才能のない

社会の落ちこぼれのような気がして

傷つきました。



そして、

自分は一人前でなく

何も生み出せない

ダメな人間なのだと

ずっと思ってきました。




作ることについて

冷静に考えると

何も作れないわけでもないのです。


確かに「手芸」と「工作」系は大の苦手。

家庭科の課題のマフラーは

実力はないくせに

出来上がりの素敵なものを作りたがるので

実力に見合わず、

だんだん網目が小さくなって

富士山のようになってしまいました昇天



スカート作りの時は

布の状態から膠着状態に陥り

とうとう締切前に、

電柱に貼ってあった広告の便利屋さんに

電話したこともありました。

代わりに縫ってもらおうと思ったのです。

(結局、大騒ぎになりそうだったので

頼みませんでした)




でも毎日ご飯は作っているし

子どもたちが小さかった頃は

パンも焼いていました。

家族の誕生日や記念日には

ケーキも焼くし。


今なら

「雑貨や服に関しては

わたしは作る人じゃないの、

プロデュース側なんで!」

とか

「人にはそれぞれ向き不向きがある!」

と言えたでしょうが、

当時はひたすら凹んでいました。




そして、

そこまで落ち込むほどダメではなかった

と思うようになった今でも


わたしが自分のことを

そう考えるようになったのは

そう言われ続けていたせいだ

と思っていました。




でも、そうじゃないんですね。



きっと


自分が一番そう思っていたから!




誰よりも

自分自身が

作れる人になりたい!


ちゃんとしたい!

一人前の大人と認められたい!


と思っていたから

響いた(傷ついた)のだと思います。




そう思っていたのになれない

という思いがあったからこそ

人に言われた時に傷ついたのでしょうね。




だって、

今わたしが

「最近ずいぶん太ったね〜」

と言われたら

本当のことだと思いつつ、

同時に

その人なんでそんなこと言うのかしらショボーン

と嫌な気持ちになるかもしれませんが



10年くらい前の

ガリガリに痩せていた頃に言われたら

「えキョロキョロ⁉︎そう?」

と言うだけだったと思いますから。




自分が一番そう思っているからこそ

傷ついて、

しかもそれを

相手のせいにしていたんだろうなぁ




自分以外の誰も

自分を傷つけることはできない

バイロン・ケイティ

(米 講演者 小説家)




今日のメッセージ

「人のせいにしない」

より


いただきました



最後までお読みいただき

ありがとうございます😊✨