⬇️去年の9月に石巻市の震災遺構のひとつである大川小学校には行ったんです。


近くにもうひとつ遺されている学校があるのは知っていたのですが、大川小学校があまりに悲しかったので次に行くのをやめてしまいました。

今年は気持ちもあらたに行ってきました、石巻市震災遺構門脇小学校です。


この日も快晴で暑い暑い日でした。

外から見るだけでは被害の詳細はよくわかりませんが、

元々はこんなに真っ白でキレイな校舎だったのです。

職員室も教室も中はネットが張られていて見えにくかったのですが、

説明写真ではこんなでした。

津波?だけではないんです。

たくさんの燃え盛る車や家屋が校舎に流れ着いてこの小学校に燃え移ったのです。

津波火災というのです。
幸い卒業式を控えた3年生の卒業証書は校長室の金庫で保管されていて無事だったそうです。

石巻市の津波浸水範囲の面積は全国の被災市町村の中で突出して最大です。

古くから埋め立てを繰り返して栄えた歴史がある土地だからなのでしょう。

この学校の児童のほとんどは職員の誘導の元、裏山に避難して無事でしたが、下校途中の低学年の生徒7名が犠牲になりました。


乗用車も消防車もこんな風になってしまうのです。


石巻市の津波浸水範囲も最大でしたが、津波にのまれて命を落とした住民の方々も市町村別で最多です。

あいにくその日は雪が降るほど寒く、津波からは逃れてもその後に低体温症で亡くなった方もたくさんいらっしゃったと聞きました。

住んでいた家も流され、家族も失って、生き残った人達のその後の人生の辛さは想像を絶するものであったに違いありません。

門脇小学校の校舎の前にMEET門脇という伝承館があって、被災者の方々の経験談が映像や漫画動画で見ることができました。

そのころニュースでも度々取り上げられていた日和幼稚園の園児5人のお話も伝承されていました。

幼稚園バスに乗せられた園児達が、幼稚園のある高台から津波が押し寄せる海岸沿いまで運ばれて亡くなりました。

園長さんも人間ですから間違った判断をすることもあるかもしれませんが、管理者になる人は災害時に責任ある判断ができるように訓練されるべきだと思いました。

いずれにしてもこれからの未来のために、生き残った人達が伝えていくことが重要ですね。


門脇小学校からの発信でこんなに美しい写真を見つけました。

航空自衛隊のブルーインパルスは明るい未来の象徴ですね。

私達もたまたま行った道の駅東松島で見ることができました。



あまり上手には撮れなかったけど、ものすごく暑い日だったのにたくさんの人が見学に来ていました。

道の駅は航空自衛隊松島基地のすぐそばにあって、道の駅内にはブルーインパルスの毎日の演習時間も書かれているのです。

下手くそな写真よりこのパネルを撮った方がいいね。

あまりに暑くて急いで車に戻ったらマジ⁉️39℃って!

日本列島🇯🇵どうかしてるぜぇ