アルバムの見本を作成する際
次男の懐かしい写真をプリントアウトし
ジャーナルにもその時の気持ちを
思い出しながら書き込むと
色々な想いが溢れ出しました。
次男が1歳になるまでの期間は
渡米してきた最初の年で
色々とあり過ぎて…作りながら
胸がいっぱいになりました。
夫の仕事で渡米が決まったのは
次男を妊娠中の臨月の時。
結婚した当初から
海外へ行くことは想定内だったので
不安半分、楽しみ半分で
出産までの日々を過ごしました。
そこから4ヶ月後の12月に夫渡米。
幼稚園児だった長男の卒園を待って
次男と3人で4月に渡米する予定でした。
ただ 一つだけ想定外だったことが起こり
次男が誕生と同時に
生後間もない息子の通院生活が始まりました。
その時の私は
アメリカへ引っ越すことへの
楽しみな気持ちはすっかり消えて
不安ばかりが募る中 ミシガンへ。
渡米後の最初の一年は
頼れる親戚も友人も近くにはおらず
新境地で頑張る長男はもちろん
次男の事を心配する毎日で
保健師さんなどに
すぐ相談できる環境もなく
アメリカ生活の中で
一番苦しい時間でした。
以前も書いたことがありますが
不要不急という言葉が飛び交い
レッスン再開に至るまでに
とても悩みました。
芸術や音楽活動をしている友人、
レッスンを行うことで生計を
立てておられる講師の方たちも
安全対策と 工夫を凝らしながら
試行錯誤で前に進まれており
今はみんなが我慢の時だと思います。
そして私も決して
ミシガン州における制限を守り
感染対策をきちんとしているので
安心してレッスンに来てください
とは思っておりません。
コロナ慣れしているわけでも
生徒さんは日本人だから
きちんとしている方ばかりだろうと
油断しているわけでもありません。
それでもレッスンを行なうのは
決して安易な気持ちではなく
このお教室をスタートしたのも
ブログを始めたのも
ミシガンにいる身近な方で
昔の私が感じたように
大変だと思いながらも
頑張っておられる方と
繋がれるかもしれない
という想いがあります。
「人と会わずに生活を続ける」
それはコロナ禍においては
一番正しい選択であり
正論だと思います。
命より大切なものはありません。
そして
私にも大切な家族がおりますので
いつもこの事は心に留めています。
でも
このコロナ禍に余儀なく渡米し
人と繋がる機会さえ失われ
頼れる親戚や友人もおらず
文化も言葉も違う海外で暮らす
これが
どれだけ精神的な負担となり
大変かということ。
以前、私は保育士だったので
どうしても、育児で手がいっぱいの
小さなお子さんがいるママたちへ
目を向けてしまいがちですが
お子さんが大きくなられていても
ご夫婦だけで滞在されていても
大変なのは同じだと思います。
正しい行いは何か
おそらく今は皆わかっていても
それは時として
人を追い込んでしまうことが
あるのではないかと思います。
誰かと繋がっていられること。
相談できる人がいるということ。
自分の存在を知ってくれ
気にかけてくれる人がいること。
日本人として
この時期だからこそ出来ることが
あるのではないかと
節度と誇りを持ち
私の根底にある仕事への想いで
お教室を再スタートしました。
ただ
誰でもいつでも来てくださいね と
言えない状況が心苦しいです。
人の裏側には気持ちがあり
見えている部分はほんの僅かです。
言葉にしないと
伝わらない想いがあるのではないかと
今日はふと書きたくなりました。
新作のベビーアルバムは
写真だけになってしまいましたが
長くなってしまったので
また次回にご紹介させて下さいね。