骨董亭如庵 第41回 | michael-thのブログ

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 朝7時すぎ、靖国神社の境内は小雨が降り始めています。道の向こうに灯籠台が見えます。前々回に書いたように、豊原繁尾さんによれば、明治10年代には、この付近に神主長屋があったのかと思うと、感慨深いものがあります。
 雨のせいか、業者さんも少なく、まだ準備中のところがほとんどです。業者さんの雨対策は万全です。アウトドア用の折り畳みテント(というのでしょうか)で雨がかからないようにしています。
 いつもの作法で、まずはざっと見て歩きます。すると、「京焼」の5枚一組の小皿を求める中国系らしき人がいました。サザエのような形で、吹き付けの藍色の染付です。我が家にある、尾形乾山写しの香合に似ています。業者さんは正直な人で、お客さんが「江戸のものですか」と聞いているのに、「いや、そこまではない、明治でしょう」とのこと。「形が面白いですね」とお客。お手頃な値段で交渉成立です。雨の日は、業者さんは結構、勉強してくれるようです。
 尾形月耕の「美人画」に目が留まりました。蚊帳が見え、手には団扇、蚊帳の向こうには、蚊遣りが見えます。美人の目線はうつむき加減です。業者さんに聞くと、昭和のものだとのこと。新聞の連載小説が、その新聞の売れ行きを左右した時代があると聞きます。明治末から大正、昭和初期です。中里介山の「大菩薩峠」の完全版が3年ごしで全巻、出版されましたが、確かに完全版で読むと面白いですね。今でいえば連続テレビ小説のようなものだったのかもしれません。あるいは妄想ですが、連続テレビ小説は新聞の連載小説にヒントを得ているのかもしれません。
 その隣では、盃がずらりと並んでいます。このブログで盃の話をしましたが、業者さんに豆猪口と盃とぐい呑みの違いを聞いてみました。やはり、私の手元にあるのは盃が正解のようです。まず、磁器であること、模様が精密に描かれていることなどからです。猪口と豆猪口の違いはよくわかりませんが、ぐい呑みは新しい言葉のようです。
 先月の代々木公園の骨董市で知り合ったおばさまの業者さんがいました。西大由の彫金の黒い小壺を譲っていただきました。おばさまも私の顔を覚えてくれていました。紅茶をご馳走してくれます。この方は料理研究家でもあり、編み物も好きというおおらかな笑顔の素敵な方です。紅茶をいただきながら、そんな話をします。と、ふと見ると、「けいすけ」と書かれた布に目がいきました。染色工芸の第一人者、芹沢銈介さんの作品です。とはいえ、のれんに仕立てられています。2枚あります。1枚は沖縄の紅型の模様を思わせます。もう1枚は、「いろは」の平仮名が書かれています。2枚とも譲っていただきました。芹沢さんご自身も民芸・骨董好きだったそうですが、欲のない方だったといいます。どなたかのエッセイで、その著者が芹沢さんの骨董を見せていただいた際に、「これはいいですね」といったら、「そうか、じゃあ持っていきなさい」と言ったといいます。
 雨がやや激しくなったきました。ブリキを溶接して作った長さ30センチほどのプロペラ戦闘機が目につきました。いつごろのものか、どこでつくられたのかもわかりませんが、置物として置いておくにはいいかもしれません。
 そうこうするうちに80歳をこえて現役のSさんがいました。この方は李朝が好きです。私自身はとても李朝がどうこう言えるところまではいっていませんが、Sさんの勧めで、八角形の白磁で梅の文様が入った壺を手に入れたことがあります。なんでもSさんは、戦前、日本の植民地だったころの朝鮮半島の羅津で生まれたそうです。だから、李朝が好きなのかもしれないとSさんはおっしゃいます。ふと見ると、木でできた長さ15センチほどの小刀のようなものが目に入りました。S
さんに尋ねると、李朝時代の婦人がもつ小刀とのこと。日本の武家でも女性が結婚する際には、懐刀を持って、嫁入りしたといいます。この李朝の小刀には銀の鈴がついています。チマチョゴリの懐にでも入れていたのでしょうか。鈴の音(ね)を聞いてみると、日本の鈴の音とも違うようす。
李朝の朝鮮美人が持っていた懐刀と勝手に想像・妄想して譲っていただきました。

 自宅に戻ると、AMAZONで発注していた「美を見抜く 眼の力 夢の美術館」が届いていました。かつて本屋で買ったのですが、そのころは茶道具には縁がなかったので、読んでもよくわからず、処分してしまったのですが、この夏に縁あって我が家にやってきた茶道具の山を整理しているうちに、この本のことを思い出し、さらには戸田博さんと生形貴重さんの対談「茶道具を語る」を最近、読んだところ、戸田博さんの父君・戸田鐘之助さんと知り、そうか、あの時、買った本だったと思い、買い戻しました。

 雨の中での3時間ほどの骨董市でしたが、やはり、ともかく骨董市は行かなければ、モノとの出会いや業者さんとの語らいもありませんね。今夜は「美を見抜く」に耽溺します。

 それでは、また。 如庵