今夜は趣向を変えて、骨董市でしばしば見かける「1個100円から」という表示のあるプラスチックの箱に入った”ガラクタ漁り”の醍醐味のお話しをしましょう。
大江戸骨董市で、タイ人の女の子2人組がプラスチックの箱から、商業こけしを見つけていた、お話は以前にしたかと思います。また、私も、その影響でひらめくものがあり、人力車に乗った日傘をさした粋な日本髪のお姉さんの姿が鼈甲色のセルロイドで作られているのを発見したことを書きましたが、それ以外にもいろいろな面白いものを発見しています。
まずは、アイヌの「ニポポ人形」です。箱に入っていました。ニポポとは、アイヌ語で「小さな木の人形」「木の小さな子」を意味するそうです。戦後間もない不景気のころの昭和29年といいますから、私が生まれた年です。ついでにいえばゴジラが生まれた年でもあります。正確には東宝映画「ゴジラ」が上映された年ですが。北海道の網走郷土博物館の米村喜男衛さんが発案したそうです。そのデザインは新聞記者の高山長兵衛さん、また、原型は彫刻家の谷口百馬さんが作ったといいます。ニポポの顔の表情は、素朴なというレベル以上のものです。神々しい感じがしますが、そういうことだったかと思います。製作にあたったのは網走刑務所の受刑者たちだったといいます。
つぎは北海道から茨城の水戸に飛びます。「米粒人形」も見つけました。大名行列の奴さんや武士たちを米粒で表現しています。昭和20年代に高橋都山さんが始めたものだそうです。今は、都山さんの指導を受けた女性の方が後継者として、米粒人形を作っているそうです。
シナヌノ(科布)、日本の古代に作られた布だそうです。そのシナヌノで作ったブローチを見つけたこともあります。古代日本ではコウゾやクズなどを利用して布を織っていたそうですが、日本の北部では、山間地に自生しているシナヌノを布の材料にしていたそうです。柳田国男の「木綿以前のこと」という文章の中に、「日本に木綿が入ってくる前は、人々はしばしば風邪をひいていたことだろう」うんぬんという意味のことが書かれていたように記憶していますが、このシナヌノを見ると、そう思います。織が粗いのです。夏は風通しがよかったと思いますが、冬は寒かったのではと思います。柳田さんの文章の一節がうなずけます。
そして、きわめつけは、アイヌの貞操帯と称する織物です。名称はチャチャンキ。製作は「網走原始工芸研究会」。紋様が見事です。これまた、「ニポポ人形」の発案者・米村さんです。実際に身につけるというよりも、シンボリックなもののようです。業者さんに聞くと、「こうしたアイヌ関係のものを集める人もいてね」とのことでした。「でも、早い物勝ちだから」といって、譲っていただきました。
今回はアイヌの話で始まり、アイヌの話で終わりましたが、最近でた「アイヌ学入門」だったかというタイトルの新書版の本を読むと、狩猟と漁猟の民とか、江戸時代に和人に搾取されたアイヌといったこれまでのイメージが覆されます。北方の海を舞台にアジア大陸と交易していたアイヌの人たちの雄姿が浮かんできます。蝦夷錦が中国との交易でもたらされ、江戸で珍重されたと聞いていましたが、確かにそのほうが、日本列島にたまたま生まれ育った人間としては、豊かな気持ちになれます。
如庵