骨董亭如庵 第30回 | michael-thのブログ

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 昨晩のブログで「茶面の建仁寺」と書きましたが、「大徳寺の茶面(ちゃづら)」でした。私の勘違いでした。ここに訂正してお詫びします。
 また、「大正名器鑑」で知られ、護国寺を茶道の中心にしようとした「高橋箏庵」と書きましたが、正しくは「箒庵」です。こちらも訂正してお詫びします。

 さて、今夜は、わからないものの話をしましょう。骨董というのは、広い意味ではガラクタでもあります。したがって、どんな形状かは説明できても、なんの目的でつくったものかはわからない、でも魅力を感じて手元におくこともあります。もちろん、それが何かを調べる楽しみもあります。
 まずは、木製の瓢箪型のものです。表には「佛」と書かれ、仏様の座像が描かれています。裏には、海辺に面した岩の上に僧侶が座り、海に向かって手を合わせています。木の厚みは1センチほどでしょうか。業者は朝鮮半島のものだと言っていました。私が面白いと思ったのは、木製の瓢箪型の上と下にを鉄の輪がついていて、その鉄味がいい具合に寂びていることでした。ある時期までの朝鮮半島では仏教が栄えたことがありました。業者がいうように朝鮮半島のものかどうかはわかりません。中国のものかもしれません。広い意味では仏教美術とでもいうのでしょうが、なにやら仏教美術というのも大袈裟な感じがします。私が骨董病にかかって、比較的、初期のころに譲ってもらったものです。初期のころに購入したものは、業者さんに引き取ってもらっていますが、これだけは手放していません。木の表面の描かれた絵がうるさくないし、壁掛けとして壁にかけておいても、いいからです。その意味では悪くないものだと勝手に思っています。朝鮮半島か中国の民家の壁にでもかかっていたものでしょうか。それとも寺院にかけられていたものかなどと想像しています。
 次に、わからないのは、やはり軽い木でできた高さ10センチ足らずの仏さまともお坊さんともつかない、素朴な人形です。胡粉の白と黒でお顔や衣装が描かれています。3体あります。業者は静岡の浜北のほうで出たものだと言っていました。下の部分には、突起があります。何かにさすためのもののようです。お寺に奉納するためのものでしょうか。背中にはなにか書いてありますが、かすれてしまっていて、読めません。これも、その素朴さが気に行って、譲ってもらいました。
 最後は、小さな壺です。薄造りで、色は明るい茶色です。壺の両面に顔がついています。その表情はなんとなく、南米風に見えます。しかし、インカの人面壺ほどの迫力はありません。
 そして、最後に西域人風の金属でできた座像です。大きさは5センチ足らず、元は金色に輝いていたのでしょうが、ところどころはげて、地肌が見えています。口ひげとあごひげが立派です。頭には帽子をかぶり、そこから長髪が背中に流れています。お顔はあきらかに西洋風というか、アアラブかペルシャあたりの商人を思わせます。そして正座して両手を突き出しています。譲ってくれた業者さんは、何かの本にでているといっていましたが、「くさいですよ」とも言ってくれました。
 以上、4点の正体のわからないものをご紹介しましたが、訳のわからないものでも、それが何かは業者さんもわからないものもあるでしょう。しかし、どこか魅力があるのはなぜでしょうか。もちろん、他人さまから見たら噴飯物なのかもしれませんが、正体がわからないからこそ、魅力があるともいえます。

如庵