こんばんは。3分割の2つ目です。もう昨日になってしまいましたが、川崎市役所近辺まで行って優勝パレードを見てきました。
等々力が満員のの時でも2万5千人、後援会会員が3万6千人、それでも全員が全員来るわけではないから、2万~3万人くらいかなと勝手に皮算用していました。
が、甘かったです。5万人だったそうです。僕も、川崎に市役所付近に向かう南武線の電車の時点で、朝の通勤ラッシュ並みでした。市役所付近に近づこうにもすでに黒山の人だかり。警備員からもこれ以上近づけませんと注意勧告があり、川信の手前くらいで待機。
手を伸ばして、写真を撮影してはみましたが、最初は、人だかりしか写らずでした。ただ、選手のスピーチの声とそれに呼応する歓声が聞こえはじめ、パレードが始まったのはわかりました。
だんだん近づいてきたところ、最初に目にしたのが、「祝!脱・無冠ターレ!」です。これまで何度もネット上に書かれてきた、川崎フロンターレを揶揄する言葉であった「無冠ターレ」。その言葉をクラブが公式に取り上げ、パレード車両の先頭に脱を掲げる、最高じゃないですか。

これまで何度も他サポから揶揄されてきたことを全部逆手にとってひっくり返すだけの破壊力を持ったコピーだったと思いますよ。これだから、フロサポはやめられないですよ。
そして、バスの側面にあった言葉は、「いつもありがとう。優勝おめでとう。」「これからも川崎市と共に」でした。僕のこれまでの感覚だと、シーズン中の応援を感謝する言葉が並べられると思ってました。なので、「いつもありがとう」は予想どおりでしたが、「優勝おめでとう」はうれしかったですよ。サポも一緒に戦っている、サポに向けての言葉で、一緒に優勝したんだって思えましたから。

そして、「これからも川崎市と共に」は、これまでの川崎市のスポーツの根付かない街からの脱却を川崎フロンターレと川崎市が共に歩んでいくことで、これからも払拭していく、そんな決意と宣言のように感じました。

川崎市在住の方で、川崎フロンターレが無冠ターレと揶揄されていたことと似たように、川崎市在住であることで、東京や横浜に比べ、何か自慢できない後ろ向きな気持ちになったことはありませんか。もちろん、堂々とされている方も多いと思いますが、僕は、恥ずかしい話ですが、そんな気持ちになったことが少なからずあります。
ちょっと大げさであることは百も承知なのですが、僕は、川崎フロンターレが優勝したことで、川崎市民であることの誇りを得られたように感じました。オレたちの街には、川崎フロンターレがあるぞって、そう言えるようになったと思います。
フロサポの中には川崎市以外に在住している方もいるでしょうが、脱・無冠ターレを果たした、Jリーグ覇者の川崎フロンターレのホームタウンの市民だと胸を張って言えるようになった気がしました。
ちょっと話は、逸れますが、パレードの後日譚です。パレードを見てた際、前プロモ部長、天野さんを見つけました。家内ともども2人で握手して、優勝おめでとうと喜びを分かち合えました。天野さん、最終戦の時も、一人のサポとしてGゾーンで応援していましたが、この日も、一人のサポとしてパレードを見守っていました。
現在東京五輪委に出向中とはいえ、天野さんなら、パレードのオープンバスの上に立つこともできたと思います。それもせず、一人のサポとして、他のサポと同じ目線で川崎フロンターレを見守る姿勢は素晴らしいと思います。
あの時、そんなに長く話せなかったので、ここに書いて置きますが、先日のJリーグラボ、見ました。僕もキングダム好きなので、天野さんが、帰ってきて、どう料理するのか、楽しみにしています。そして、レレレ同盟、やりましょうよ。オリンピック後も楽しみでなりません。
後日譚二つ目。パレード後に品川に行きました。その際、品川駅構内のエキュートで菊水酒造さんがイベントスペースにて出店していました。他のフロサポさんからのツイートもあったのですが、水色への反応がすこぶる早くて、店員さんの「優勝おめでとうございます」と声をかけられました。
実は、下戸なんで、あんまり飲めないのですが、それでもやっぱり買わないわけにはいかないでしょう、いや、買わずにはいられないでしょう「無冠帝」。

無冠ターレと揶揄されてきたおかげで、こういった縁もできたんだなとつくづく思いました。脱・無冠ターレであったとしても、こうしてできた絆は決して切ってはいけないと思いました。脱・無冠ターレでも続・無冠帝でいきます。多分フロサポみんなそう思うはず。
残念ながら、エキュート品川での出店は、10日の日曜日まででしたが、菊水酒造さん、今後も川崎フロンターレをよろしくお願いします。
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