皆さんは何かを決めるのが得意ですか?
ウチヤマは、優柔不断で、決めたりするのが苦手です。
できれば誰かに決めてもらって、それに合わせて行動するほうが楽だなと思う方です。
でも得意・不得意にかかわらず、大なり小なり決めなければならない時は必ずありますよね。
そんな時「不思議の国のアリス」の一場面を思い出します。
アリスが、公爵婦人邸を出て森に入った時、木の上に座っているチェシャ猫に尋ねるシーン。
「ねえチェシャ猫ちゃん わたしどこへいったらいいのかしら?」
「それはだニャ あんたがどこへ行きたいかによってだニャ」
「わたし、どこでもかまわないんですけど。。」
「それならどっちへ行ってもいいわけだニャ」
「どこかへ出られさえすればね」
「そりゃ、どこかへ出るに決まってるニャ どこまでも進めばね」
うーん、なかなかイイコト言うじゃない、チェシャ猫くん。
私たちは、できるだけ失敗しない選択をしないように悩みます。
なかなか答えが出ないこともあります。答えを出さずに逃げ出したくなることもあります。
そんな時、チェシャ猫の言葉を思い出してみてはいかがでしょう。
「どこでもかまわないなら、どっちへ行ってもかまわないじゃないか。」
「どこまでも進めば、どこかに出られるよ。」
今日のお花はエピデンドラム。ランの仲間です。
花言葉は、もちろん「決断」。

ウチヤマは、優柔不断で、決めたりするのが苦手です。
できれば誰かに決めてもらって、それに合わせて行動するほうが楽だなと思う方です。
でも得意・不得意にかかわらず、大なり小なり決めなければならない時は必ずありますよね。
そんな時「不思議の国のアリス」の一場面を思い出します。
アリスが、公爵婦人邸を出て森に入った時、木の上に座っているチェシャ猫に尋ねるシーン。
「ねえチェシャ猫ちゃん わたしどこへいったらいいのかしら?」
「それはだニャ あんたがどこへ行きたいかによってだニャ」
「わたし、どこでもかまわないんですけど。。」
「それならどっちへ行ってもいいわけだニャ」
「どこかへ出られさえすればね」
「そりゃ、どこかへ出るに決まってるニャ どこまでも進めばね」
うーん、なかなかイイコト言うじゃない、チェシャ猫くん。
私たちは、できるだけ失敗しない選択をしないように悩みます。
なかなか答えが出ないこともあります。答えを出さずに逃げ出したくなることもあります。
そんな時、チェシャ猫の言葉を思い出してみてはいかがでしょう。
「どこでもかまわないなら、どっちへ行ってもかまわないじゃないか。」
「どこまでも進めば、どこかに出られるよ。」
今日のお花はエピデンドラム。ランの仲間です。
花言葉は、もちろん「決断」。

こんにちは!
ケースワーカー柳澤です。
先日、ニュースで、桜の木の特集が組まれていました。
甚大な被害を受け、多くの桜が根こそぎ倒された中で、
数本の桜が生き残っていました。
傷つきながらも、しっかりと土に根を張り、凛と立ち、
満開の花を咲かせていました。
その桜を見て、頬を紅潮させ、目をきらきらさせる被災者の方々…
そのまなざしで桜は生命の輝きを増し、
人々の頬のピンクが、
桜の色をさらに鮮やかに彩っていました。
桜の生命力が人々の力を呼び覚まし、
人々の、桜を愛しむ心が、
桜の生命力を呼び起こしている…
私の目には、そのようにうつりました。
今月上旬の童話療法で紹介させていただいた
《桜乙女のお話》
という物語を思い出しました。
このようなお話です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
孤高の“男”が、ある日、不思議な空間に導かれます。
“男”はそこで、桜の木に生命を宿す“桜乙女”と出会います。
“桜乙女”は、大切な人を失い、悲嘆にくれていました。
なき人のことを思うと、艶やかに花を咲かせることが苦しく、辛く、
今春の花を最後に、二度と花を咲かせまいと思います。
そして“桜乙女”は“男”に、散りゆく花の最期の舞いを
見届けてほしいと頼みます。
花の羽衣が夜風に舞い散り、最後の一枚が散った時、
“男”は“桜乙女”に、去かないでほしい…
と懇願します。
“桜乙女”は、“男”に穏やかな微笑みを残し
夜の闇に静かに消えて行きました…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は、“桜乙女”は、来年も必ず木に生命を宿し、
満開の花を咲かせるだろうと思いました。
お互いがお互いを、大切にし、慈しむ心が
絶望を希望に変える力になるのではないだろうか…
地震を生き抜いた桜と、その桜を愛でる方々の姿をみて、
そう感じました。
