おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
近畿地方の小さな村にある小高い丘、海が見降ろせるこの丘には八つの塚が並んでいます。
「八つ首塚」と名づけられたこの塚には、命を賭けて村を救った乙女たちの物語が秘められているのです。
従来、神様の領域のものだった死神の仕事が民営化され、我々民間人が死神業を請け負うようになってから久しい。
官から民へ、という時代の流れの中でのことだったのだが、医学の発展、延命法の進歩等により民間死神会社の業績は必ずしも良好とは言い難い。
そんな中で俺の先月の実績はゼロ、ここ半年の成績は社内で最低だった。
今夜、このファミリーレストランに集まって打ち合わせしているのは、我社で最も成績の悪い死神七人、ワーストセブンなのである。
口火を切ったのはワーストワンの俺だった。
「今日集まって貰ったのは社内で負け組と呼ばれる死神メンバーだが、これから頑張って実績を上げるためにどうすれば良いか話し合いたいと思う」
すかさず死神2号が口を開く。
「しかし、我々の仕事は頑張って営業すればどんどん受注が増えるというものではないだろう。人が亡くなるのを待つしかないし、今、日本では平均寿命が延びているし……」
「病院とか交通量の多い交差点で待機しているというのはどうでしょう?」
死神6号、通称ロッキーが口をはさんだ。
彼は新入社員で、まだ業界に詳しくない。
「そういうことは他の死神企業でもやってるよ」
ベテラン7号がたしなめる。
「あのう、皆さん、死神さんなんですか?」
カレーライスを配膳していたウェイトレスがおずおずと声をかけてきた。
「そうですが、何か?」
「死神さんでしたらお願いがあるんです。皆さんに力を貸して欲しいんです」
「どういうことですか」
「私の実家のことなんです」
ウェイトレスの娘は話し出した。
「私の実家は、ここから車で二時間ほど行った所にある小さな村です。昔から秋祭りの日に海から神の使いがやって来て、娘を一人、人身御供に差し出すことになっているんです。今もこの習慣が続いており、明日がその祭りの日なので、若い娘が人身御供に選ばれました。里子という今回の娘は私の同級生なんです。どうか皆さんの力で海の使いを鎮めて彼女を救ってあげてください」
俺たちは顔を見合わせ、それから彼女に言った。
「神の使者や魔性の物を成仏させても、我々死神の成績にはならないんですよ」
「もし退治できたら、私を含め七人の娘の魂を皆さんに捧げます」
「それは……死ぬってことですよ」
「かまいません、これから人身御供の習慣をなくすことになるのであれば……」
海辺には酒樽が並んでいた。
「あいつはお酒が好きなので、毎年たくさんの酒樽を用意してるんです」
「では薬屋さんから目薬を買って来て、お酒の中に混ぜてください」
薬局にあるだけの目薬が届けられたので、村の皆でそれを樽の中へ入れる。
人身御供の時が近づき、里子という娘が花嫁衣裳姿で海岸に出た。
「大丈夫だ、ぼくらが君を守ってやるよ」
ロッキーが震える彼女を励ます。
にわかに海岸が泡立ち、巨大な龍の首が八つ現れた。
「あれは八岐大蛇ですね。この時代にまだ生き残っていたとは」
死神2号が感心したように言った。
「おそらく目薬入りの酒で眠ってしまうだろう。その間に俺が魂を抜き取る」
俺がそう応える。
海から上がった八岐大蛇は、伸ばした首を八つの酒樽に突っ込んで酒を飲み始めた。
人身御供の里子は不安のあまり泣き出す。
「よし!」
怪物が酔いつぶれたのを見計らって、俺は中央にある一番大きな龍の頭から魂を抜き出した。
「さあ、帰ろうか」
「1号、ちょっと待て。奴がいびきをかいている」
「まさか」
「他の首は生きてるんだ」
確認すると、俺が魂を抜き取った以外の頭はまだ生きている。
「全員、八岐大蛇のそれぞれの頭から魂を抜くんだ」
6人の仲間は言われた通りにした。
「1号、あと一つ残ってます。どうしましょう?」
「わかった、俺がやる」
「でも、人間以外の魂を一日に二つ以上取ることは禁じられていますよ」
「しかたあるまい」
俺がそう言った時、
「ぼくがやります」
ロッキーが叫び、残った頭から魂を引き出そうとした。
「待て! お前、死神免許を取り消されるぞ」
「いいんです、ぼく、死神を辞めてこの村で暮らします。この子と」
ロッキーが里子の肩を抱き寄せる。
「後悔しないな」
「はい、しません」
「よし、あとはロッキーに任せて俺たちは帰ろう」
そう言って社のワゴン車に向かおうとすると、
「待ってください!」
ウエィトレスの娘が後ろから声をかけて来た。
「あなたたち死神さんへの報酬です。魂を持って行く娘を選んでください」
不安そうか表情の村娘がずらりと並んでいる。
「……やめておこう。寿命が来ない命を連れて行っては、我々も八岐大蛇と同じことになってしまう」
「では、せめて今夜の村祭りを楽しんで行ってください」
日が陰ると祭りが始まったが、俺たちはそっと抜け出した。
「結局、俺たちは負け組のままだな」
ワゴンの窓から祭りを眺めながら俺がつぶやくと2号が、
「でも、八岐大蛇には勝ったじゃないか」
「いや勝ったのは我々じゃない、娘たちだ」
海風に乗って祭り囃子が流れて来た。