不思議な深夜ロケ~世にもケッタイな物語 | みぶ真也 の 職業:怪談俳優

みぶ真也 の 職業:怪談俳優

浪速のユル・ブリンナー

おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。

夜間の撮影というのは何かしら気分が高揚するものです。

そして、不思議なことを受け入れられる心理状態になることがあります。

 

 

 

 夜間ロケというのは徹夜になることがしばしばある。

 今夜の撮影は深夜二十四時に現場近くで待ち合わせということだから、その覚悟もしておかなければならない。

「みぶさんですね」

 待ち合わせ場所で声をかけてくれたのは小柄な男性ADだった。

「すぐ近くのスーパーに全員集まってます」

 営業していない時間帯にこうした店舗を借りて撮影することはよくある。

 その場合、いくら撮影が延びても翌朝の始業時間を超えることはない。

「終わりは何時予定ですか?」

 尋ねるとADは、

「三十時終了予定です」

 と答えた。

 三十時というと午前六時、もう始発が出ている時間なのでタクシーチケットは用意して貰えない。

 帰りは電車ということになるだろう。

「おはようございます」

 挨拶をしてシャッターの閉まった店内に入る。

 今回のドラマは初めて名前を聞く制作会社の手によるもので、放映する局もよく知らない所だ。

 メイクをして衣装に着替え、スーパーのレジ近くで待機。

 まるで昼間の店内のように、主婦や店員役のエキストラが大勢動き回っている。

「じゃ、みぶさん入ってください」

 先程のADに呼ばれ、買物をするような芝居をしながら店内を歩く。

 前を歩く主婦がチョコレートの包みをそっと自分のバッグの中に入れた。

 実は店員であるぼくがその手を掴み、

「奥さん、今、バッグに入れた物を見せてください」

 そう言った途端、振り返った彼女の姿がかき消すように目の前から消えてしまった。

 ぼくはしばらく呆然として立ちすくんだ。

 台本では、

『異次元から来た主婦が万引きをして、そのまま空中に溶け込むように姿を消す』

 とはなっていた。

 当然、撮影後、SFXの処理で姿を消すのだと思っていたのだが、本番中に本当に姿を消してしまったのだ。

「カット!OKです」

 ディレクターの声がかかる。

「いいよ、彼女の消え方も良かったし、みぶさんの驚いた顔も良かった。じゃ、次、シーン16カット4行きます」

 主婦役の女優が消えてしまったのにも驚いたが、何事もなかったかのように撮影を続けるクルー、そして周囲で平然としているエキストラにも驚いた。

 次のカットでは、彼女が落としていったチョコレートをぼくが拾い上げることになっている。

 スタートがかかり、不思議そうな表情で床から包みを拾い上げる。

 ここでカットがかかるはずなのだが、カメラはまだ回っている。

 しかたないので、チョコをじっと見つめる演技をし続けた。

 と、いつの間にか頭の中が真っ白になり、周囲の光景がすーっと見えなくなった。

「OK、みぶさんも上手に消えた」

 ディレクターの声が遠くで聞こえる。

 我に返ると、ぼくはスーパーのバックヤードで食品の段ボール箱に囲まれて立っていた。

「驚いたでしょう、みぶさん」

 振り向くと、先程消えた主婦役の女優さんが椅子に腰かけている。

「どういうことなんですか、これは?」

「あのディレクター、本当に人を瞬間移動させる能力があるのよ」

 彼女は平然と言った。

「便利な超能力で、限られた時間内のロケなんかでは重宝されてるみたい」

 それからぼくは台本通り、店内に登場しては消され、消されてはまた登場する店員役を朝まで演じ続けた。

 予定通り午前六時にすっかり撮影が終了する。

「じゃ、始発が出てる時間なので規定通りタクシーチケットは出ませんが、今日は特別に皆さんにプレゼントがあります」

 ディレクターの言葉が終わると同時に、ぼくは自宅の玄関に瞬間移動していた。