おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
かつては日本のハリウッドと呼ばれていた京都の撮影所での悲惨な出来事を紹介します。
「お手柔らかに頼みますよ」
六さんがぼくらに向かって頭をさげた。
映画やドラマで悪役をやる人は、素顔は底抜けに良い人であることが多い。
六さんもそんな一人でいたって好人物で、いつも奥さんと子供の写真を肌身離さず持ち歩くマイホームパパでもある。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
我々八人も頭を下げる。
今日のシーンは六さんを含めた三人の狼藉者を八人の藩の侍が追い詰め返り討ちに合うという場面。
「シーン8、カット1、テスト行きます」
助監督の声が響き、藩士と浪人が向き合う。
スタートで段取り通りの殺陣を演じる。
「OK、本番行きます」
カメラが廻り始め、本番のスタートがかかった。
正眼に構える竹光が、心なしかいつもよりズッシリ重い。
突然、左横の侍が声もあげずに浪人に襲い掛かり、一太刀のもとに斬られた。
段取りが違っている。
ストップがかかるかと思ったが、何処からも声が聞こえない。
今度は別の藩士が斬りかかり、ニ、三太刀斬り結んだ末、袈裟懸けにされる。
血の匂いが立ち込めた。
何かがおかしい。
周囲を見回すと、カメラはおろかスタッフは一人もいない。
リアルに三人の浪人に立ち向かう八人の侍。
歴史上実際に起きたであろうその場面で、ぼくの精神だけがそのうち一人と入れ替わってしまったらしい。
「いやーーっ!」
六さんそっくりな浪人がこちらに襲いかかる。
「ひっ!」
ぼくが身をすくめると、危ないところで右隣の侍が剣を受け止め助けてくれた。
「かたひけなひ~~~」
かたじけない、と言ったつもりだが声が震えて言葉にならない。
こんな所に長居は無用だ。
皆が戦っている間に少しずつ後ずさりし現場から離れる。
三人の浪人の剣の腕は素晴らしく、八人の藩士は一人、また一人と斬殺されていった。
「残るは一人か」
浪人の声がして、気がつくと三人がこちらを睨んでいる。
ぼくは慌ててその場から逃げ出した。
「待て!卑怯者」
「逃がすな!」
後から声が響く。
ビュンと刀がうなる音がしたかと思うと、六さんの剣が振り下ろされた。
わずかの差で剣先はぼくの袴の紐を切り、ずり落ちた袴に足を取られてぼくは転倒した。
「覚悟!」
銀色に輝く刀身が真上からぼくの頭めがけて振り下ろされる。
「カット、カット!」
監督の声が響き渡り、恐る恐るぼくは立ち上がった。
「駄目じゃないか。藩士が浪人をやっつけちゃったら!」
監督がぼくにそう言う。
見るとぼくの手にある竹光は折れかけており、周囲には頭にたんこぶや手足に打ち身の跡をつけた三人の浪人が転がってウンウンとうなっている。
「ひどいよ、みぶちゃん、お手柔らかにって言ったのに……」
六さんが半べそをかきながら言った。
スタッフ一同、ぽかんとしてこちらを見ている。
どうやら、ぼくが実際の侍に成り代わっていた間、ホンモノの侍の魂もぼくの体に入り込んで本気の剣戟をして見せたらしい。
「でも、みぶくん、凄い迫力だったね。次は君を主役にして一本撮りたいな」
唖然と立ち尽くしているぼくの耳に監督の声が聞こえた。