おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
こんな素敵な福袋、何処かで売ってるかも知れません。
「人生の節目に福袋を!」
街を歩いているとペラペラの紙にそう書かれたのぼりが目に入った。
その下には“FUKUBUKURO”とだけ印刷された紙のバッグが木の台に並んでいる。
デパートや小売店の客寄せというのではなく、木製の台の後ろには手相見らしい道具を前に揃えたおばちゃんが腰かけているだけだった。
「どんな物がはいってるの?」
好奇心からぼくが話しかけると、
「それは言えませんけど、一つ如何ですか?」
「いくら?」
「五百円」
意外に安い。
話のタネに買ってみた。
歩きながら袋を開くと、中から何かかぐわしい香りが漂ってくる。
「お客さーん!」
さっきのおばちゃんが慌ててこちらへ駆けて来るのが目に入った。
袋の中を覗き込むと、香りだけで何も入っていない。
「あれっ?」
思わず声を上げたのと、猛スピードで走って来た乗用車がぼくの体を跳ね飛ばすのが同時だった。
「本当に何とお詫びしていいのか……」
のぞみというその女性は長い髪をかき上げながら病室で何度も頭を下げる。
ようやくぼくが意識を取り戻したのは今朝の事。
もう一週間も昏睡状態だったらしい。
車を運転していたこの若い女性は、毎日のように病室を訪ねて来てくれたという。
「いえ、ぼくも不注意だったものですから」
大きく澄んだ瞳で正面から見つめられ少しドギマギしながら答える。
「そんなことありませんわ。すべて私の責任です」
のぞみは涙で潤んだ目で訴えた。
交通事故の被害者と加害者が、事故を共有したという連帯感を持つことがあるのだろうか。
とにかくぼくとのぞみは二人だけの秘密を持っているかのような妙な親しみを感じ、退院してからもデートを繰り返すようになった。
彼女の父親はさる大企業の経営者で、のぞみにプロポーズをした日、それをきっかけにぼくはその会社の重役として迎え入れられることになった。
あれから三年。
すっかり逆玉の乗ったぼくは次期社長の椅子を約束され、バカンスでのぞみと南の島を訪れていた。
カクテルでほろ酔い機嫌になりテラスから夜の海を眺めていると、後ろからのぞみの声が聞こえた。
「あなた、もうそろそろいいかしら?」
「何が?」
「約束のものよ」
「約束って?」
「約束したもの、いただいてもいいかしら?」
何のことかわからず振り向く。
出会った時と少しも変わらぬ若々しい顔でのぞみは言い続けた。
「あの時、あなたが買った五百円の福袋には三年分の幸運が入っていたの。その代償はあなたの魂」
いつの間に手にしていたのか、のぞみの手には大きな牛刀があった。
「そ、そんなこと聞いてないぞ!」
「聞いていてもいなくても、あなたはもう幸運を受け取ったのよ」
美しい顔に笑みを浮かべながらのぞみが近づく。
「ちょっと待って!」
部屋のドアを開けて、あの手相見のおばちゃんが入って来た。
おばちゃんはぼくに向かって、
「ごめんなさい。普通の人間に売っちゃいけない福袋をうっかり売ってしまったみたい。あれからずっとあなたを探してたの。こういう時のために保険に入っているから、あなたに迷惑をかけることはないはずよ」
「そ、そうなんですか。助かりました。一時はどうなることかと……」
「ええ、もう大丈夫。きちんと返金いたします」
おばちゃんはぼくの手に五百円玉を握らせ、のぞみはぼくの向かって牛刀を振り下ろした。