おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
ターザンおじさんが困った遺産を残してくれました。
ターザンおじさんと呼んでいた母方の叔父が亡くなった。
叔父の職業は世界を股に掛けた探検家。
子供の頃、尾頭付きの魚の頭を必ず包丁で切り落としてから食べるのを見て理由を尋ねると、
「頭と言うのは切り落とすものなんだ。若い頃、首狩り族に教わった」
と答えるのを聞いてゾッとしたのを覚えている。
晩年は故郷に戻り大邸宅を構えての一人暮らしだったそうだ。
いや、正確に言うとアフリカから連れて来たハペペさんという召使の男性も一緒だった。
ターザンおじさんの唯一の身内がぼくだったので、おじさんの遺言通り、その邸宅をハペペさんごと譲り受けることになった。
「お待ちしてましたよ、お坊ちゃん」
門をくぐると、アロハシャツを着た長身の黒人男性が迎え入れてくれる。
ハペペさんだ。
家の中は吹き抜けになった大広間があり、見上げるばかりの大きな木が何本も鉢に植えられていた。
ギャー ギャー
いきなり甲高い鳴き声が響いたかと思うと、木々の間を原色の鳥が飛び交う。
「旦那様はアフリカを懐かしんで、向うの生き物を家で放し飼いにされておりました」
木に大きなツタが絡みついているのを何気なく触れてみた。
妙に冷たく柔らかい。
指でつまんでみると、急にツタが動き出した。
「あ、それはネイキーです」
「ネイキーって?」
「そのニシキヘビの名前です」
思わず手を引っ込める。
同時に、がさっと肩の上に重い物が落ちて来た。
「パニー! 坊ちゃんに乗っかってはいけません」
ハペペさんが声をかける。
「パニー……?」
恐る恐る見上げると、右肩の上にチンパンジーが座り込んでぼくの耳たぶを引っ張ったりしていた。
「ハペペさん、なんとかして」
「パニー、あっちで遊んで来なさい」
ハペペさんに叱られて、チンパンジーが走り去って行く。
「こちらが書斎でございます」
扉を開くと、薄暗く大きな本棚のある部屋に案内された。
奥にテーブルがあり、茶色い毛皮のソファが置いてある。
「コーヒーを入れて参ります」
ぼくはソファにどっかり腰を降ろす。
妙に暖かい。
グル~グル~と携帯のバイブが鳴る。
ポケットから取り出すが着信の形跡はない。
グル~グル~
鳴っているのは尻の下のあるソファだ。
ソファはゆっくりと高くなり、ぼくは転げ落ちる。
ソファの正体は、大きな雄ライオンだった。
「イオニー、坊ちゃんを驚かせてはいけません」
コーヒーを盆に乗せてハペペさんが入って来ると、ライオンは猫のようにうずくまる。
「イオニーは旦那様のお気に入りだったんですよ」
「放し飼いにしていたのか?」
「ええ」
「危ないじゃないか」
「いいえ、動物はお腹がいっぱいだと人を襲ったりはしません。決まった時間に餌をやっておけば安全です」
「さっきの蛇やこのライオンだけでも処分するわけにはいかないのか?」
「旦那様の遺言によると、この家の動物を一匹でも殺されたら、坊ちゃんはここを相続する権利をすべて失うことになっております」
その後、ハペペさんは広い食堂や温泉のような大きなバスルームなどを案内してくれた。
「坊ちゃん、申し訳ありませんが、私はこれから出かけなければなりません」
大きな白目をぎょろっとさせて、ハペペさんが済まなさそうに言う。
「どうしたんです?」
「ロッキーのエサを買い忘れていました。そろそろ食事の時間ですので、買いに行って参ります」
「ロッキーって?」
「旦那様が一番可愛がっていたペットです。お留守番お願いしてよろしいですか?」
「ああ、いいよ」
ぼくが許可すると、ハペペさんはほっとしたように出かけて行った。
しばらく食堂でひとりぼんやりとしていたが、気がつくと体中が汗でべたべたしている。
室温がアフリカの生き物に合わせて調節されているからだろう。
風呂場に行くと、広い湯船には入浴剤の入った緑色の湯が張られていた。
さっそく湯につかって体を伸ばす。
ぬるま湯が体中にしみ込んで来るうちに、なんとなくターザンおじさんを思い出した。
“頭と言うのは切り落とすものなんだ”
そんなことを言ってたな。
頭を切り落とす……
そうか、わかった!
蛇は英語でスネイク。頭のスを切り落として“ネイキー”と名付けたわけだ。
チンパンジーの頭のチンを取って“パニー”、ライオンのラを取って“イオニー”か。
“ロッキー”の頭には何が付いていたんだろうか。
さらに体の筋肉が弛緩してくると、さっきのハペペさんの言葉がよみがえる。
「動物はお腹がいっぱいだと人を襲ったりはしません」「決まった時間に餌をやっておけば安全」「ロッキーのエサを買い忘れていました」「そろそろ食事の時間で……」
英語でワニのことをクロコダイルと呼ぶことに気づくのと、湯船の中から大きな生き物の飢えた顔が出てくるのは同時だった。