おはようございます、大阪の俳優みぶ真也です。
古くから使っている家具や道具には魂が宿ると言われますね。
そんなお話です。
以前、よく使っていた芝居小屋が模様替えすることになった。
これからはフリースペースとして開放されるそうだ。
楽屋にあった大きな姿見の鏡も必要なくなったので処分するとのこと。
なんでも、明治時代から古い劇場で使われていた由緒あるものらしい。
「みぶさん、欲しかったら持ってってくれていいですよ」
支配人から言われたが、何しろ縦1.8m、幅90cm、所謂さぶろくパネルの大きさだ。
迷ったものの、ワンボックスのレンタカーを借りて引き取ることにした。
部屋の壁に立てかけてみたが、何しろ畳一枚分の大きさだ。
部屋の中をそのまま映し出し、隣にもう一部屋あるかのように見える。
増築して広い家に住んでる気分になった。
着替えて身だしなみを整えたりする時も、全身が映るので重宝だ。
一週間ほどして、妙なことに気が付いた。
深夜、鏡の向こうから何か音が聞こえてくるのだ。
人の話し声のようでもあり、物を引きずる音がする時もある。
かと思うと、金槌で釘を打つ音や、鋸を引くような音も響いてきたりする。
まるで、鏡の奥で家を建てているかのようだ。
鏡の向こうは隣の竹村さんの部屋だ。
確かめてみたが、別に竹村家で大工工事をしている様子もない。
気味が悪くて、鏡の前をシーツで覆ってみる。
不思議なことに、鏡を見えなくすると音もしなくなった。
ある夜、何気なくシーツをめくってみて、ぼくは思わず立ちすくんだ。
鏡の向こうには舞台があり、客席は満席になっている。
「みぶさん、何やってるんですか。出番ですよ」
声がして、何者かが鏡の向う側から手を引っ張ってぼくを中へ引き入れた。
舞台に放り出されると、満場の客が一斉に拍手をする。
しかたない。舞台の中央に立ち「みぶ真也です」というとまた拍手。
こうなったら、昨日ブログに書いたでやった食い倒れの道頓堀が芝居の街に変容した話でもやるか。
「えー、昔から京の着倒れ、大阪の食い倒れ、西成の行き倒れなどと申しまして」
というツカミだけで大爆笑。
なんだか気分がよくなり、立て続けに「世にもケッタイな物語」ネタを披露して退場する。
舞台袖の幕をめくって出ると、そこは鏡の外の自分の部屋になっていた。
どんな持ち物でも、九十九年使うと付喪(つくも)神という精霊が宿り超自然な力を持つと言われる。
明治時代から使用されていたこの鏡も、今年で九十九年経つのかも知れない。
今は、鏡にシーツを巻きつけ、その上から紐で縛り上げて中を見ることが出来ないようにしている。
時々、鏡の中の喝采をもう一度受けたくなるのだが、今度、あの舞台に立ったら戻って来れなくなる、いや戻りたくなくなるかも知れないと思うからだ。