最近よく考えることがある。

現代人は、不快をもたらす刺激には敏感になり、快を感じさせる刺激には鈍感になっているのではないか、ということだ。

小さな嫌なことにはすぐ腹を立てる。

一方で、身近にあるささやかな喜びには気づきにくい。

少しでも気に入らないことがあると感情を爆発させ、時には他人に攻撃的になる場面さえ珍しくなくなった。

なぜ、こうなってしまったのだろうか。

 

以前は、些細なことでも喜びを見いだせたように思う。

ありふれた食事でも「うまい」と感じ、日常の中に満足があった。

多少の不便や煩わしさについても、ある程度は受け入れ、やり過ごす習慣があった。

 

しかし今は、かなり質の高いものを求めなければ満足しにくくなっている。

食べ物も、娯楽も、サービスも、刺激の基準が上がり続けている。

その一方で、少しの待ち時間や小さな不都合には強い不満を覚える。

 

酒の世界にも似た変化を感じる。

ただ酔うために飲んでいた時代から、銘柄や製法、香りや産地を語る時代になった。

もちろん、それ自体が悪いわけではない。

ただ、楽しみ方が洗練されるほど、素朴な満足は遠ざかっていく面もあるのかもしれない。

 

便利さと豊かさを手に入れた現代社会で、なぜ人は以前より不機嫌になったのか。

明日からは、このことを少し考えてみたい。